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名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ三 強襲する悪夢
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46.蛇の追跡

 一瞬の判断が、命運を分けた。

 迫り来る赤が、大口をあけたカイナだと気づいた瞬間、僕は身体を捻り、真横へ飛び退いた。

 すぐ横を熱い吐息が通り抜け。バクン! と、顎が空を切る音がした。

「――っ!」

 うなじのざわめきは収まらない。とっさに蜘蛛糸を伸ばし、近くの木に吸着させると、僕はそのまま糸を引き戻し、擬似的に空を飛ぶ。

 破裂するような銃声が轟いたのは、その直後だった。

 桜塚さんが、開拓者(パイオニア)を発砲したのだ。モードは今更確認するまでもない。殺意に溢れた銃口が再び僕らの方へ向けられる前に、僕は急いで木をよじ登り、枝葉の中へ身を隠す。

 いつかの叔父さんが披露した弾除けだ。勿論、細いここではあまり防護効果は望めないけど、隠れ潜むのが本領でもある蜘蛛にとって、この隙は充分だ。

 身体を変化させる。変則的に動く為、大蜘蛛の姿を取る。弱った洋平は糸で身体にくっつけて。怪物とリリカがしっかり身体に張り付いているのを確認し、僕は跳躍を繰り返す。

「逃げるの!?」

「勿論だ! いちいち全員の相手なんかしてられるもんか!」

「……それもそうね」

 僕に向けて「さっき僕が頑張るって言ってたじゃない!」と言わんばかりだったリリカの気配は一瞬で霧散した。

 そうとも、頑張るのだ。だからこそ、全力で逃げる。

 何より今恐れるは、強襲部隊の戦力と……。それに対して怪物がどうでるか。

 下手したらこの子は傷付いた身体を引きずって戦うだろうし、勝ったら勝ったで、また食べようとするだろう。何が危険って、僕のつがいが一番ヤバイ。勝つも地雷。負けるも地雷。そんなのを抱えたままなのだ。必然的に、戦いへの優先度は低いに決まってる。

「飛んで逃げるよ! 相手は蛇だろう? 流石に空までは……っ!?」

 思考はそこまでだった。着地しようとしている数メートル先の木に……良からぬ気配を感じて、僕は急遽人間の姿に戻り、逆水平に手を振り抜く。噴出した糸が鞭のようにしなり、僕はその場から弧を描くように旋回する。その後ろに……。

「残念……です」

 追従するように、カイナの上半身が現れた。一糸纏わぬ裸身。肋骨が浮き出んばかりの腹の下は、おぞましいことに蛇の身体だった。うねるように身体をくねらせ、カイナは口裂け女もかくなに大口を開けながら前進する。

 おぞましいほどのスピードだった。

「……ああ、もう」

 仕方がない。移動用の糸を出していない方の手を、カイナに向ける。銀色の散弾が弾けて、そのままアイマスクでも被せたかのように、カイナの目が糸で覆われる。

 口を糸で開きにくくするつもりだったが、結果オーライだ。視界を奪った以上、これで奴も……。

「――っとぉ!」

 僕の超感覚が、緩みかけた気持ちを引き締める。漠然とながらカイナはまだ無力化できていない。そんな答えが弾き出される。

 予想は正しかった。

 目を塞がれたカイナは一瞬怯んだものの、そのまま迷わず首を伸ばし、僕の方へ迫ってきたのだ。

 限界まで引き伸ばされた顎の奥に、サーベルのような牙が見える。見た目麗しい美少女の顔が歪みに歪みきり、目隠し状態なのも相俟って酷い絵は面と化していた。

「は……ぐっ……」

 間一髪。両腕を上下にひろげ、カイナの顎を受け止める。くぐもった艶かしい吐息が僕に当てられて、視界に広がった赤の中心にて、鞭のような舌が僕を探り当てんとチロチロと閃いた。

「……蛇、そういう事か……!」

 特殊な気管が備わっており、それによって獲物の位置を把握する。そんな事を汐里から聞いたのを思い出す。

 一度補足されたら、視界が及ぶ範囲ならば、どこに隠れようとも無駄。殊更、追い詰めるような狩りにおいて、蛇の右に出るものはいないのである。

「ぐっ……」

「あん。……逃げないでくださいよぉ……」

 空中で圧力がかかり、身体は自由落下を開始する。

 このまま行けば、地面に叩きつけられるのは必至だ。

 迫り来る顎を何とか逸らしながら、僕は頭を回す。それなりに距離は離したが、まだ後ろに控える桜塚さんが追い付ける距離だ。怪物殺しの銃を持った人間が後衛にいる状態で、この蛇とはやり合いたくない。逃げるのがダメなら、せめて相方と引き離して、一対一が理想的。ならば……。

 両足を駆使し、カイナの腹部を挟み込む。そのまま顎の下に当てた手を外し、入れ換えるように頭で抑えれば、カイナは再び抜けるように息を吐き出した。あえて身体全体を密着させる事で、手を出しにくい状態に持ち込んだのだ。何故か肩に張り付いた怪物が僕の剥き出しの肌を食い千切らんばかりに噛みついてくるが、今はそっちに思考を裂く余裕はない。そのまま自由になった両手から、伸縮性と強度が高めの糸を精製する。

 空中に出来たのは、巨大な網。原生林と言うべく強靭な大木を支点に作られたそれは、僕の背中を空中で受け止めて、そのまま押し込んでくるカイナの力を利用して、大きくしなる。

「んっ……むっ!?」

 突然減速したのを不審に思ったのか、カイナが少しだけ戸惑ったような声を上げる。

 だが、違和感に気づいた時にはもう遅かった。

「……空を飛んだ経験はあるかい?」

 弾力性を高めた糸が限界まで引き絞られ、網は元に戻ろうという力を発生させる。

 僕が作ったのはそう。トランポリンだ。

「……あ、え?」

 その瞬間、世界が加速した。

 バチンという音を立てて、僕ら全員が、夜空へ狼煙の如く打ち上げられる。

 耳が風を切る音で満たされて、僕はその勢いに乗ったまま身体を入れ替えて、カイナの背に脚をつけた。

 突然の環境変化に、カイナはまだついてこれていない。

 その間に、僕は素早く上空から辺りを見渡した。

 山の頂上にぼんやりとした明かりが見える。――彼処だ。

「ごめんね。女の子を足蹴にするのは、忍びないけど」

 そうも言ってられないのだ。

 糸を最大出力で射出する。本来ならば途中で糸を切り、飛び道具に使うのだが、今は切らず、ただひたすらに遠くへ伸ばす。

 糸は明かりには届かなくとも、かなりの距離を稼いでくれた。後は……。


「――戻れっ!」


 射出と同じくらいの勢いで、糸を一気に巻き取る。

 更なる急加速で空を飛ぶ僕は、然り気無くカイナを蹴り落とすことも忘れない。女の子故か羽のように軽い手応えだったけど、良心が痛まないあたり、僕も大概だ。


「みんないる!?」

「いるよ。レイ」

「ディズニーシーを思い出すわ。好きなのよ。タワーオブテラー」


 行ったことあるのか。という突っ込みは飲み込んで。

 二人の怪物娘が無事なのを確認し、僕は胸を撫で下ろす。

 背中に張り付けた糸の中で洋平がモゾモゾしていたから、彼も無事だろう。

 ともかく距離は稼いだ。後は一気に森島の屋敷へ。

「っ、と。蜘蛛から人間になったから、服がない」

 さっさと作らないと、これでは空飛ぶ変態だ。

 二十歳の男が蜂と蜘蛛を身体につけて裸で夜間飛行だなんて、シュールにも程がある……。

「…………え?」

 その時だ。僕はそこで、うなじのざわめきがまだ止んでいない事に気がついた。

「――っ」

「点呼ですかぁ? カイナもいますよぉ?」

 慌てて周囲を確認しようとした所で、ヌルリとした声がする。脚に違和感を感じて僕がそっちに目を向けると、そこに小さな蛇が引っ掛かるように巻き付いていて……。刹那、一瞬で、裸身の女性に早変わりした。

「脱皮は、ちょっとだけ疲れます」

 でも、多くの敵には見破られないんです。と、付け足しながら、再び僕にまとわりついたカイナは、キュッと、口内から二本の牙を見せて……。

「四対一は、嫌なので」

 ペチンと、空気の抜けるような音がした。

 次に僕が見たのは、空中に投げ出された、小さな蜘蛛と蜂の姿だった。

「なっ……!」

 どうすることも出来ず、僕は空気抵抗に従うまま、二人を後方に置き去りにしてしまう。

 慌てて手を伸ばそうとするが、そこに白いカイナの腕が、まさしく蛇のように巻き付いた。

「あはっ……。お互い裸んぼですね」

 背中から洋平が払い落とされる。

 彼は重傷だ。怪物娘二人は多分自力で追いかけてこれるだろうが、洋平は……。

「構う……な! そっちの方が戦いやすいだろう! ソイツは蛇だが毒はないっ! ねじ伏せてしまえ!」

 徐々に離れていく洋平の声。それを耳にしながら、僕はもう一度、後方を見る。

 怪物とリリカが、オレンジ色の羽を展開しているのが見えた。彼女達は、大丈夫だ。なら、僕は……。

 緩みかけた糸の力を再び込める。さっき以上に唸りを込めて戻る糸に身を任せ、僕はまとわりつくカイナを睨む。羽のような手応えだった所で、気づくべきだった。こうして触れ合えば、明らかに質量が違いすぎる。

「二人っきりですね。ご主人様とは違う、男の人……」

 カイナは、熱っぽい視線を僕に向けながら、チロリと裂けた舌で僕の頬を舐めた。

「……お嫁さんが怒るから、離れてくれないかい?」

「それはダメです。殺せとのご命令です」

 忠実な事だ。そう思いながら僕は身体を捻るが、ピクリとも動けない。両手両足。さらに、背中に展開できる筈の蜘蛛脚も動かせない。

 まとわりついていると思っていたが、これは……。

「蛇の締め付け……か」

「はい。もう貴方は逃げられません。このまま地面に叩きつけられようが、離しませんよ。地上に降りたらそのまま……」

 バキバキと、骨が軋む音がして、カイナの首がろくろ首のように伸びる。キスできそうな位顔が近づいて、やがて目の前で、ピンクの唇がパコンと音を立てて開かれて。


「ゴックンして……あげますね」

 

 気持ちいいですよ?

 そうカイナは囁いた。

 


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