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名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ二 女王降臨
154/221

36.宙を翔る

 ドローンという存在を僕が認識したのは、実を言うと結構最近である。

 語源は確か英語で雄の蜂を指す語句だったか。意味するものは多々あれど、近年ではマルチコプターといった、自律で起動できる、無人航空機を指す。

 皇居に放射能物質を搭載して墜落した。

 祭りの最中に空から落ちてきた。など、一時期マイナスなイメージのニュースが連続していた記憶がある。


 一応、災害時の生存者の捜索や、宅配サービスに利用するなど、使い方さえ誤らなければ、実に便利かつ画期的な技術だと個人的には思っていたりした。のだが……。

「……使い方しだいで、こんなにも厄介なんてね」

「軍事利用も考えられていた代物だ。人間側からしたら、正しい運用法なんだろうさ」

 エントランスの窓に張り付くようにして、僕は洋平と一緒に外の様子を伺う。

 黒いカラーリングを施されたドローンが数十機、隊列を組むようにして館の前を旋回していた。

「……武器は?」

「搭載されている。基本的には麻酔銃だ。恐らくは人間に誤射した時のリスクを考えているのだろうが……」

「地下空間にそんなリスクはないよ?」

「そう。それだ。悲しいことに、そう考えると怪物殺しの実弾を撃ってくるかもな」

 疲れたように溜め息をつく洋平。だが、目だけは鋭い光を放っていた。

「隠れた抜け道は?」

「宮殿内にはない。後ろが岩壁だからな。出た後ならば、地上に繋がる道は何ルートもある」

「つまりどうやっても、ドローンの前に出ろと。……小さな蜂と蜘蛛に変身して脱出するのは?」

「名案だ。が……残念ながら向こうもそれは把握している。以前その方法で逃げた時は、普通に追尾されて、部隊の待ち伏せにあった。小さくなれば、当然機動力は向こうが上だ」

 要するに真っ向から突破しろ。そういう話らしい。

 後ろを見れば、目を覚ましたリリカを膝に乗せ、怪物が彼女の髪を弄んでいた。ショートボブのストロベリーブロンドに怪物の指が触れる度に、リリカは引きつったような表情を張り付けたまま、洋平と僕に助けを求める視線を寄越す。

 ……無理だから諦めた方が懸命だ。とは、口に出せなかった。

「一応、突破の手はある。戦力が俺達、蜂だけならば、何人かを犠牲にしなければ逃げられなかっただろう。だが、今この場には、蜘蛛である君がいる」

「……どう違うの?」

「大違いだ。君には飛び道具がある。蜘蛛糸は、滞空する奴等には効果覿面だ。ばら蒔くだけで奴等を墜落させられるだろう」

「……そんな簡単にいくかな?」

「勿論、苦し紛れに撃ち込んでは来るだろうな。だが、追われないだけましだ」

 洋平は立ち上がり、少し待て。とだけ言い残し、館の奥へ引っ込んだ。手持ちぶさたになった僕は、どうしようか迷いつつも、背後から来る視線に従うことにした。

 小さな野生の蜘蛛を窓際に張り付かせ、警戒をお願いし、僕はさっきから物欲しげな目をした怪物の傍へ歩み寄った。

「……お出かけ?」

「うん。さっさとこの村から出た方がよさそうだ」

 そう言って、怪物の頭を優しく撫でる。気持ちよさげに目を細める彼女。

 囚われている間に酷い扱いを受けていた事を断片的に聞いていた。彼女の口から語られない以上、僕も掘り返すべきではないと思う。けど、あらぬ想像が頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えるのは止められず。僕は胸が締め付けられるような痛みに晒された。

「……レイ?」

 首を傾げる怪物に、僕はなんでもない。と、頷く。だが、漆黒の瞳は僕の目を下から覗き込み――。その刹那。何処と無く悪戯っぽい笑みを浮かべてて、怪物は膝のリリカをポイと横に捨て、僕に正面から絡み付くように抱きついた。


「大丈夫ですよ。私も、ワタシも……痛いのは一杯受けましたけど、女として辱しめられた訳じゃありません」


 不意に耳元で、いつものたどたどしい口調ではない、理知的な声がして。僕は思わず目を見開いた。

 視界の端であわれにも床に顔面から落ちたリリカが、「ふきゃ!」と、小さな悲鳴を上げたのが見えたが、もうそんなのはどうでもよかった。

 どういう事か僕が確認するより早く、怪物は小さく。クスクス笑いながら、甘やかな声で囁いた。


「でも、私もワタシも……いっそうレイが恋しくなっちゃいました。どうしようもなく。だから……」


 暖かく、柔らかい感触が僕の唇に触れる。

 はむはむ。と、味わうようなキス。

 慣れたようで未だに慣れないそれは、何だかいつもと違うような気がした。何というか……まるで別人……。

「んもぐぅ!?」

「あ……ん……みゅぅ……」

 気のせいだ。怪物は怪物だった。

 突如歯を抉じ開けるようにして、僕の口内に舌が差し入れられ、情熱的な口付けが開始される。

 互いの舌が、唾液が絡まり合う。痺れるような快楽の合間に、怪物は優しく、僕の背中に爪を立てた。

 どれくらいそうしていただろうか。

 クラクラするような時間は終わりを告げ、僕はようやく怪物から解放された。蜘蛛糸を思わせる銀色の橋が僕らの唇を繋げていて。怪物はそれを指ですくいとり、チロリと、妖艶に舌で指ごとねぶり、コクリと白い喉を鳴らした。

 息を乱しながらも、熱情を込めた目が再び僕を見詰めて。そこで僕はようやく、怪物の雰囲気がいつものに戻っているのに気がついた。


「お家もどったら……かくごして」


 あまりにも不穏なその単語に、僕はひきつりながらもコクコクと頷くしかなかった。

 これはダメだ。そう思う。

 洋平やリリカのように、逆らうことが出来ない弱味を握られてる。そんなレベルじゃない。

 執着の粘りが、天と地ほどに差があることくらい、僕も知っていた筈だった。


(ワタシ)を……愛して。今より……深く」


 もう絶対に離さないから。そんな無言の圧力が、僕にのし掛かってきた。

 再び迫る彼女の唇。だがその時、遠くからカツカツカツと、床を叩く足音が響いてきた。洋平だ。

「…………っ」

 僕がそっと怪物を手で制する。口元がヘの字に。眉毛がハの字になるのが不覚にも可愛らしく思えて、僕は後で。の意味も込めて、ポンポンと、怪物の頭を軽く叩いた。

「……かくごして」

「……うん、あの。頑張る。帰ったら」

「か・く・ご」

「……ハイ」

 尻に敷かれるって、こんな状況なのかな。なんて場違いな事を考えていたら、心中を察せられたのか、床にちょこんと座ったリリカから、同情するような視線が向けられる。焚き付けた遠い要因は彼女にあることを、この元蜂の女王は理解しているのだろうか。

「待たせたな。探すのに手間取った」

 そんな中、足早に戻ってきた洋平が僕らの前に現れた。彼の手には……。

「洋平? それは……」

「出来るなら人数分持ち出したいが、思い描く作戦では、一つで充分だろう」

 リリカが少しだけ不安げな声を上げれば、洋平が安心させるように笑みを浮かべる。その手には、いつかの斎藤とかいう燕尾服の男が持っていた、機動隊の盾が握られていた。

「まさか、それを持って?」

「ああ。君はこれをもち、ここから出てもらう。身を守りつつ、糸をばら蒔いてくれ。リリカと女王は、小さくなってもらい、君にはりついてもらう。そうすれば、守りながら移動できるだろう」

 説明しながら、洋平は扉の前に立ち、何やら手を動かしている。ちらりと見えるのは、車のモーターを思わせる奇妙な機械だった。

「でも、出た後は? ドローンは何機いるかわからないし、ついでに僕、道もわからないよ?」

「それも問題ない。青年、君は盾で二人と己の身を守る事。ドローンを打ち落とす事。この二つに集中してくれ」

 よし。と、洋平は頷いて扉から離れ、その後にゆっくりと僕の方へ向き直った。

「俺が脚がわりになる。振り落とされてくれるなよ?」

 言わんとしている意図がようやくわかり、僕は息を飲む。つまり、洋平がやろうとしていることは……。


 ※


 静寂に満ちた地下空間が、突如、轟音と共に振動する。

 起動された爆弾が、館の扉を吹き飛ばし、黒煙を上げる。直後、僕らはそれに紛れて、舘から躍り出た。

「今だ!」

 洋平の合図に僕は手を横凪ぎに振るう。銀色の嵐が吹き荒れて、辛めとられたドローンが、強風に煽られたかのように墜落する。

 開いた包囲の穴。そこへすかさず僕の身体は飛び去っていく。

 背後から、ブーン。と、機械じかけのプロペラの音がする。咄嗟に盾を構えれば、パキパキパキ。と、弾けるような音と共に、手元に衝撃が伝わった。右後方三機。開いた手をふるい、糸の弾幕を張れば、それらはプロペラを囚われて、ふらふらと地に墜ちた。

「糸を、もっとだ! デタラメに張るだけでいい! スピード上げるぞ!」

「了解!」


 プロペラとは比較にならない爆音を伴いそれは、目にも止まらぬ早さで振動し、戦闘機のような速さで宙を翔る。

 ドローンの弾幕を掻い潜り、大きな蜂の姿になった洋平の後へ、まるで飛行機雲のように僕の糸が追尾した。


 彼が立てた策とは、いたってシンプル。道を知る洋平。攻撃できる僕。それらが一体となればいい。


 空飛ぶ騎馬となった洋平の背に僕はまたがり、暗い地下空間を飛び回る。頬を風が撫でていた。

「乗り心地はどうだ?」

 何処と無くふざけたような口調で問う洋平。それに答える前に、僕は片手を振るい、ドローンを打ち落とす。

 見据える先にはまだまだ多数の機械蜂。一方こちらは、怪物蜂と、それに乗る怪物男が単騎。戦力差は絶望的。だが……。


「……わりと、悪くないよ」


 旋回し、急降下。ドローンのカメラで追えぬ程速く。

 やみくもに撃たれた怪物殺しの銃弾を、盾と糸で弾きながら、僕は逃走の最中だというのに、口元が綻ぶのが分かった。

 糸によるジャンプとは違う、重力の壁を破るというより、逆らい縫うかような浮遊感。疾走感。

 初めて味わう、空を飛ぶという現実は、少なくない高揚を僕にもたらしていた。

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