表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ二 女王降臨
153/221

35.鋼鉄の蜂

「恐らくは、リリカを屈服させた事による、女王の代替わりが起きたのだろう」

 人前で。それもさっきまで戦闘を繰り広げていた者の眼前で少女に好き放題される。という酷い辱しめを受けた後、僕は洋平から簡単な説明を受けていた。

 蜂については蜂に聞くのが一番。そう思いダメ元で聞いてみた所、存外あっさりと答えが返ってきた。

 僕が少しだけ訝しげな表情になっているのを見て取ったのか、洋平は肩を竦めながら、警戒するな。と、口にした。

「……不本意ながら、俺はお前達に手が出せん。近くで新しい女王を確認してしまったからな。蜂の統制とはそういうものだ。女王が弱れば、新たな蜂が名乗りを上げ、女王を喰らう。俺もリリカも、あの女が弱るまではこの様だろう」

「……害意はあると?」

「むしろ、害意がないと思ったのか? 若者よ」

 確認するように僕が聞けば、洋平は目を細める。殺意はある。間違いなく。だが、うなじがざわつかない辺り、本当に彼女が止めているのだろう。

 静かに、怪物の方へ顔を向ける。怪物は僕の肩にもたれかかるようにして、ご満悦な様子で目を閉じていた。

 背中には蜘蛛の脚も、蜂の羽もない。いつもの怪物だった。そのすぐ傍に打ち捨てられているお人形……もといリリカは、今は眠っている。こうしてみれば、彼女も見た目通りの少女だった。

「……これから、お前はどうする?」

 何の気なしに、怪物の髪に指を触れようとした瞬間、洋平から質問が来る。どうしてそんな事を? と、聞こうとして、今は怪物が蜂の首領になってしまっていた事を思い出す。

 つまるところ、妙な形ながら運命共同体になってしまったのだ。

「どうって……。そうだね、地上に出るよ。叔父さんに汐里達。エディも心配だ」

 洋平とリリカがここにいる以上、何となく無事なんじゃないかな。と思うけど、ともかくすぐに戻って、無事な姿を見せたいのだ。

 僕がそう言えば、洋平は少しだけ渋い顔になり、静かに唸るような声を出す。僕が首を傾げると、洋平はため息をつきながら僕と怪物を交互に見る。

「……確認せねばならない事が多々あるな。まずは……。お嬢さん。少しいいかな?」

 洋平が怪物に呼び掛ける。だが、怪物は無反応のまま、今度は僕の腕に指を這わせ始めた。

「……おい、お嬢さん」

 怪物は無視している。指が腕を伝い、肩。鎖骨をなぞり、そのまま気がつけば、怪物は完全に僕の首に腕を回し、抱きついてくる。

「おい、嬢ちゃん。緊急なんだ。話を聞いてくれ」

 無視。カプカプと、首に歯が立てられる。その時僕は、洋平の額に青筋が走る錯覚を見た。

「女王。お話しをしてもよろしいかな?」

 無反応。

「クソ女王」

 しらんぷり。

「……時間がないのだ。本当に。下手すれば、お前も、お前の大好きなその男も死ぬぞ?」

 僅かに。怪物の身体が反応した。そっと怪物の頭が動く。漆黒の瞳が、ようやく洋平を捉えた。

「聞く体制が出来たか。その様子だと、確かめるまでも無さそうだが……。一応聞こう。君は、〝地上に出ていいと思っているか〟?」

 その質問に、怪物は答えない。ただ、僕の服の襟元を引っ張り、下から覗き込むように僕を見る。

 こいつ何言ってるの? そんな空気がありありと感じられた。

「地上に、戻るのかって聞いてるんだ。一応君を取り返したし」

「レイがいくなら、いく」

「……だ、そうだよ」

「……成る程ね」

 その返答に、洋平はやはりか……。と、いった顔でガクリと肩を落とした。

「思った通りだ。お嬢さんは……〝喰らい者〟になったらしい」

「……喰らい……者?」

 聞き慣れない単語に、僕が目を白黒させていると、洋平は小さく頷いた。

「俺達が、そう呼んでるだけだ。若者よ。君は他の怪物と戦った事は?」

 頭の中で、今までの出逢いを思い起こす。


 同じアモル・アラーネオーススに、ムロイやネギシのようなカオナシ。そして、洋平達のような蜂。後は京子……は、人間だ。……人間か。


「三種類だね」

「……なるほど、では見たことがないのも頷けるな。〝喰らい者〟とは、その名の示す通りだ。他の怪物を喰らい、その性質を自分に取り込めるようになった存在だ」

「喰って……取り込む?」

 それは、カオナシ達の力であり、僕らもとい、アモル・アラーネオーススの原種は、一度しか使えないのではなかったか。それを、彼女が?

「勿論、ただ食べれば取り込めるという訳ではない。その理屈なら、俺達は今頃とてつもなく強い蜂の集団になっている」

「主食が、他の怪物なんだっけ?」

「正確には、女王のな。俺達は栄養を取った女王が作り出す蜜と、おこぼれの肉片や血で、殆ど飢えは満たせるのだ」

 話を戻そうか。と、洋平は指を鳴らす。

「力を取り込む事自体は簡単だ。怪物の特定の部位を多少なり喰らえばいい。それで完了だ。だが、つきまとう問題がある。特定の部位は、その怪物の遺伝的。あるいは、生物的な情報が詰まっている部位だ。当然、それを取り込むにはリスクが伴う」

「……具体的には?」

「気狂いになるのさ」

 あっけらかんとした表情でそう答える洋平。対する僕は、ハンマーで頭を殴られたかのような気分になった。

 だって、その話が本当なら、彼女は。怪物は……!

「安心しろ。それが本来の。つまり、ありふれた存在がその部位……。俺達は、肉核(にっかく)と呼ぶが、それを喰ってしまった奴の末路だ。例外はある。それがお前のつがいのようなケースだ」

 僕の焦燥を読み取ったのか、洋平は遮るようにそう言って。改めて怪物を見る。怪物は、いつのまにか僕の膝に頭を乗せたまま、虚ろな眼差しを洋平に向けていた。一応、話は聞いてくれているらしい。

「他者を取り込んでも、正気を保っている存在がたまにいるのだ。そういうのを俺達は喰らい者と呼んでいる」

「雑種強勢。いや、もっと上かな」

 いつかに汐里が教えてくれた言葉を口にすれば、洋平は然りだ。と、頷いた。

「仲間を増やし、家族を慈しむ、蜂の本能。それがこの女王からは、そっくり抜け落ちている。その癖軍を操り、反逆を許さない蜂の本質はしっかり持っている。個としては間違いなく強くなっても、群体としての蜂からは、あまりに逸脱してしまったらしい」

 リリカや俺達にとって最悪の事態ってやつだな。と、洋平は力なく肩を落とす。

 確かに、怪物が他の蜂の面倒を見るなんて想像できない。死にたければ死ねばいい。そんな感じになる事は容易に想像出来た。

 洋平達蜂の一族の在り方を、怪物が有無を言わせずねじ曲げた。そうとも取れるだろう。

「……話はわかったよ。彼女が危ういながらも強くなって、その上で君らの脅威は削げた。……じゃあ、何故僕らが死ぬかもしれない。に、なる? 地上に出ても、敵は……」

「さっきも言ったが、強襲部隊も来ている。連中は一に駆逐。二に駆逐。三、四も駆逐で五辺りでようやく監禁で手を打つような連中だ。警察組織からはかけ離れた存在だから、お前があてにしているであろう、銃もちの後ろ楯も得られん。寧ろ……敵に回る可能性が高い」

「叔父さんがそんなことは……」

「個々として敵に回らなくても、奴等が来ている時点で、モラルなど役に立たん。下手に反発すれば、容赦なく消されるぞ。あの銃もち共は」

 ……そんなに過激な連中なのか。

 洋平が語る〝強襲部隊〟の存在に戦慄しながらも、僕は今後の動きをない頭で考える。

 蜂は、たぶん問題ない。情けないが、怪物の力を借りれば、殆ど無力化出来るだろう。エディと、そのつがいの女の子が無事ならば、そのまま助けられる。その後で、大輔叔父さんと合流する。いや、地上に出たらまず連絡。つまるところ……。


「……方針は変わらない。地上に出る。叔父さんに蜂は大丈夫と伝えて、強襲部隊が及ばないであろう場所に逃げる。僕らはね」

「……リリカや、俺達はどうなる? 女王がお嬢さんになった以上、俺達は、お前の傍でなければ生きられん」

「リリーは、わたしのお人形。持ってく。後はいらない」

「……貴様っ!」


 僕がそう言えば、間髪いれず洋平はリリカの運命を問う。すると、まるで当然のごとく怪物は所有権を主張した。

 こんなに我を出すのは珍しい。蜂を取り込んだ影響だろうか? いいことか悪いことかは、何とも言えなかった。

「俺達に、死ねと?」

(ワタシ)達を殺そうとしたの、貴方達。だから、知らない。どうでもいい」

「……若者よ君は」

「……悪いけど、君らを助ける義理はない。正直な話、叔父さん達やエディの方が、僕らには優先だ。ついてくるなら止めはしないけど」

 一応の立ち位置だけは示しておく。ついさっきまで敵同士。今だって、立場が入れかわった侵略者と捕虜だ。だから、勝手についてくる分には咎めない。そう言い放った。

 冷たいけど、そうするしかない。成人君主になったつもりはないし、守れるものにも限界がある。僕もいざとなれば、彼らを平気で盾にするだろう。

 その言葉にギリギリと、不服そうに歯軋りする洋平は、リリカが行くなら俺も行こう。とだけ呟き、その後、僕の方へ視線を向ける。

「俺達の仲間が、地上にいる。どのみちあの犬も助けるのだろう?」

「そうだね。強襲部隊は……どれくらい人数がいるんだい?」

「情報が欲しいなら……仲間を……」

「話しなさい。聞きたいの」

「…………っ!」

 会話に割って入り交渉の余地すら与えぬ怪物に、洋平の顔に今度こそ、明らかな諦感と、絶望が浮かび上がる。

「……人数は、未知数だ。怪物と戦う以上、入れ替わりもあるからな。だが、精鋭は大体四~五人で一つの小隊。他の雑兵はいずれも飛び道具で武装し、包囲網を敷くのが大半の仕事だ」

「精鋭と雑兵の違いは?」

「錬度。怪物との戦い方を心得ている。あるいは、戦えるだけの力があるやつが精鋭だ。お前の叔父が率いていた銃もち。あの中にも精鋭が紛れ込んでいた。あのサングラスの男だよ」

「……あの人が?」

 確か、桜塚とかいう名前だった筈だ。

「雑兵は、銃器の扱いが出来るだけ、ごく普通の対人部隊と遜色ない」

「飛び道具は……」

「勿論、俺達に効くやつだ」

 そんなの雑兵とは言わない。なんて、口にするだけ野暮だろうか。

「後は、そうだな。自立起動か、あるいは遠隔操作の、武装ドローン。そういった最新兵器も投入してくる」

「……ドローンって、あのラジコンみたいな?」

「機械とバカにするなよ? なまじ小さい分、人より警戒しずらく、人が入れぬ場所にも平気で入り込んでくる。搭載しているのも、対怪物用の武器だ。君の野性的な勘。あれは恐らく、生物限定だろう? 君にとっては天敵になりうるぞ」

 俺が知るのは、これくらいだな。

 そう言って、洋平は立ち上がる。僕もまた立てば、怪物もまた、リリカを伴い立ち上がる。

「お外いくの?」

「ああ、帰ろう。とんでもないのもいるらしいから、速くエディと合流して……」

 走り出そうとしたその時だ。

 不意に、ブーン。という、機械的な音が耳に届いた。

 既視感があるそれは……そう、小さい頃。小学校か、幼稚園だかの行事で見た、ヘリコプターのプロペラのような……。

 その瞬間、洋平は弾かれたかのように素早く。エントランスの窓へ駆け寄った。僕が蜘蛛糸で塞いだ部分を指で抉じ開け、油断ない顔つきで外の様子を窺い、小さく舌打ちする。


「若者よ……どうやらお出ましだ」


 低い声が、屋敷のエントランスに響く。

 同時に、外からするブーンという音が、数を増していく。


「偵察用だが、強襲部隊のドローンが十機以上。外からこっちに狙いをつけているよ」


 悪い報せと共に訪れた無機質な起動音は、僕らが包囲されている事を明確に示していた。

お待たせして申し訳ありません。

更新頻度上げていきますので、今後もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他の物語も、覗いてみませんか?
実は世界観を……共有してます
[渡リ烏のオカルト日誌]
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ