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名前のない怪物  作者: 黒木京也
第二章 内臓実食
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14.脱出

「さて……」

 僕は指の骨を鳴らしながら、深呼吸をし、ベッドにちょこんと座っている怪物と向き合う。目的はそう、部屋からの脱出と、食料の確保。

 ひきこもり宜しくなこの現状を打破するため、僕はまず、極力怪物に身体所有権の剥奪をやられにくそうな作戦を立ててみた。

「なぁ、僕はね。ご飯を食べなきゃ死んじゃうんだよ」

 言い聞かせるように話す僕を怪物はまっすぐ見つめてくる。漆黒の瞳に危うく引き込まれかけるが、何とか持ち直し、僕は話を続ける。

「そもそもさ。ここは僕の部屋なのに君が我が物顔で居着いているのは……まぁ、問題な訳だけど、今は置いておこう。僕が言いたい事はただ一つだよ。」

 ゆっくり深呼吸をした後に、僕はパン! と顔の前で手を合わせる。

「部屋から逃げも隠れもしない。そもそも僕が帰る場所なんてここだけなんだ! だから頼む。外を出歩かせてくれ!」

 作戦その一。真面目に話してみる。

 話が通じないのはわかっている。でも、ニュアンスや、必死さ位はわかって貰えないだろうか?

 僕はおずおずと怪物の反応を観察してみる。

 怪物は、相変わらずキョトンとした顔で此方を見ていた。ダメか……ならば……。

「いいかい? この地図の通りに歩いて着いた先で、これを買ってくるんだ。いいね?」

 玄関まで怪物を引っ張っていき、そっとメモを渡す。

 そうして怪物をドアの外に出し、僕はリビングへ戻る。作戦その二。僕が出れないなら、怪物に買ってきて貰おう。

 当然ながら、失敗した。僕がリビングに戻ると、怪物はベッドに腰掛け、僕から受け取ったメモと地図を弄くって遊んでいた。

 そもそも似たような事を前に試したではないか。と、僕は己の迂闊さを呪う。いや、それ以前に言葉が話せないコイツにお使いを頼む時点で何かが間違っていた。

 僕は猛省し、次なる作戦を考える。

 次は玄関ではなく、ベランダから逃走を試みてみた。しかし……。

 バキン! という音が脳髄に響き、僕の身体が操られる。

 ベランダの縁にかけられていた僕の足が後退し、部屋へ戻っていく。わざわざ窓とカーテンもきっちり閉めてくれた事には感謝するべきだが、これでまた振り出しだ。

 怪物に抱きしめられながら、僕は思考を巡らせる。

 ダメだ。部屋を少しだけ出ること自体は、たまに成功するのだ。そこから先に進めない。酷い時は玄関まで行けない時もあるくらいだ。

 ともかく、今までの情報を整理してみようか。怪物が僕の髪を弄くり回すのを感じながら、僕は熟慮する。

 この身体所有権の剥奪は、回数制限が無いことはわかっているが、効果の範囲までは分からない。僕がどんなに離れても操ることが出来るのか、はたまた一定距離まで離れると、自動で発動するのか……一番最悪のパターンは、上二つが複合していた場合なのだが、現状しっかり測定することは難しそうだ。

「ん……待てよ?」

 そこまで考えた所で、僕の頭をある考えが過る。過去二回、怪物を外に出すことには成功している。が、どちらもドアを閉めて、僕が部屋に戻ってみると、アイツも戻って来ていた。では、例えば、僕が部屋を一緒に出てみたら?

 バキン! という音と共に僕の身体が自由になる。

 その瞬間、僕は素早く怪物の腕から抜け出し、さっきのお使い作戦の時のように怪物の手を引き、立ち上がる。

 試してみる価値はある筈だ。玄関に移動した僕は、怪物の手を握っている事を確認すると、意を決してドアノブに手を掛けた。


 ※


 結論を言わせて頂くと、何とかなってしまった。現在僕は久しぶりの外の空気に酔いしれながら、ぐっと伸びをする。

 ああ、太陽が眩しい……だなんてお決まりの台詞を吐きながら、僕は自分の隣を眺める。

 つい先程まで傍にいた怪物の姿は、今は影も形もない。

「やっぱり、そうなのか……?」

 人知れず呟きながら、辺りを見回す僕。現在僕が歩いているのは人通りの多い商店街。ここに差し掛かるまでは怪物は黙って僕に手を引かれながら歩いていた。

 が、僕が他の人を認識した瞬間、なんの前触れもなく怪物はまるで煙のように消えてしまったのだ。これはどういうことなのか?

 ここからはあくまで推測だが、警察や京子が家に訪ねて来た時の事を考えると、怪物は僕以外の人間の存在が近くに来た事を察知した場合、姿を隠す習性がある。これはまず間違いないようだ。

 姿を消す原理までは分からないが、恐らくこの姿を消す行為は、以前推測した通り、警戒、あるいは自分とは違う存在に姿を気取られない為に起こした行動だという事はなんとなく分かる。

 もしかしたら、僕がアイツを恐怖するように、アイツからしたら僕達人間は、恐怖……とまではいかなくとも、油断のならない存在という事になっているのかもしれない。

 あれこれ考えている内に、僕は目的の場所に到着する。自動ドアが開く音と共に、僕はいつも通っているスーパーマーケットに入った。

 おお……! 食料がいっぱいだ!

 感動にうち震えながら僕は籠を持ち、食材の吟味を始めながら、怪物の事で分かってきた事を整理していく。

 外に出てみて分かってきた事というか、推測出来る事があと一つある。

 あの怪物は……。

「アレッ? レイ!? レイだよな?」

 突如、背後から響く驚いたような声に僕の思考は中断する。

 振り返ってみると、約二週間ぶりになるが、忘れもしない見慣れた顔がそこにあった。

 ブラウン色に染めた髪。薄手のスポーツウェアに下はジーンズというシンプルな格好。がっしりとした体格と整った精悍な顔立ちは、そこにいるだけで確りとした存在感を発揮している。

 大学に来て以来の友人、阿久津純也がそこに立っていた。

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