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名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ二 女王降臨
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28.真実への到達

 最初におかしいと思ったのは、纏う雰囲気だった。

 韜晦(とうかい)しているとは、前々から思っていた。叔父さんは彼女を部下として引き連れながらも、常に後ろを警戒していた。油断ならない奴だと。実際短期間ながら接してみて、その通りだと思った。本心を包み隠し、飄々と笑う。叔父さんがいないから、あからさまに本性に近い形でふるまっていたのか。

 いや、それは違う。彼女、雪代さんは馬鹿ではない。花のような香りの中に死臭を微かに漂わせながらも、あの叔父さんがついにはその尻尾を掴めなかった人だ。そんな人が、叔父さんと関わりが深い僕の前で、自身の本質をさらけ出すだろうか?


 疑惑は膨らんでいく。


 次におかしいと思ったのは、洞窟に入った時。

 視界は、一寸先も分からぬ程に真っ暗だった。勿論それは、怪物たる僕らには関係ない話。光源など無くともどうとでもなる。だが……彼女は。人間である筈の雪代さんは平然と僕らについてきたばかりか、中の様子を把握すらしていた。

 目が特別いい? いいや、そんな生易しい話ではない。思えばその時点で彼女に問うべきだったか。だが、僕は時間の無駄を極力省きたく、それを放棄した。

 少なからず彼女は今、僕らに害意はない。僕にとってはそれで充分だった。


 そして、疑惑が曖昧ながら確信に迫ったのは、あの蜂の男を倒してからだ。

 ムロイやネギシにタナカ。顔無し達の火炎放射の正体を知った時。顔無し達は汐里達と共に、対策課の研究室に侵入したと言っていた。そこに保管された怪物の肉を、顔無し達が喰らったと。

 つまり少なくとも火炎放射をする怪物のオリジナルと、雪代さんは交戦経験がある筈なのである。

 だが、彼女は何の反応も示さなかった。興味がない。知らない。そんな反応だ。少なからず顔色に変化があってもいいだろうに、それもなし。やはり何かおかしくて……。


「あ……」


 そこでふと、僕は肝心な事に気がついて、小さく声を漏らした。

 隣を走るエディが、どうした? といった顔をしている。それになんでもないよと伝えて、僕は内心で貼りつくような焦燥を感じた。


 直感は正しかった。

 やはりあの雪代さんは、人間ではない。いや、それどころか、穿ち過ぎな考えだが、本人かすら危うくなってきた。

 叔父さんの話では、行方不明になっていたと聞く。恐らくその間に、何かがあったのだ。

 怪物化か。成り代わりあるいは、本人の性格などが大きく変わるような何かが。

 でなければおかしいではないか。あの雪代さんが、叔父さんを、『大輔叔父さん』と呼ぶなんて。あの人はいつだって、僕の前ですら叔父さんを『警部』と呼んでいたのに。


「誰だ……誰なんだ。貴女は」


 無意識に呟きながら、僕らは先へ進む。曲がりくねった洞窟の通路が終わり、再び開けた場所に辿り着いた。

 今までにない広さだった。ただ、視認できる限りではそこは平面ではない。そこは、大きく深く陥没していた。

 切り立った崖の上。僕らが立つその場所は、まさしくその表現がぴったりだった。

 天井もそれなりに高く、まるで剣山を逆さにしたかのような鍾乳石がずらりと並んでいる。その壮大さに思わず目を見開いていると、不意に下から吹きすさむ風が頬を撫でて……。


「……アレだな。間違いない」


 唸るような声をエディが出す。

 ブルーの目が見つめる先を僕も眺める。

 崖からの俯瞰的風景。そこに……宮殿。そう言わざるを得ない建物が鎮座していたのだ。

「あれが……奴等の根城? 想像していたのと大分違うな」

 もっとこう、蟻塚を物凄く大きくしたコロニーを想像していたのだ。その辺はエディも同感だったようで、鼻をならしながら、犬特有の頭を振り、身体をブルブルと震わせる仕草をした。

「失敬。短いようで長い道のりだったものでね。さて、奴等の根城な。私も初めて見るが……。フム、見事なものだ。蜂と蟻は優れた建築家と聞くが、あながち間違いではないらしい」

「僕ら蜘蛛が服を作れるように、彼らは建物を作れると? 凄いスケールの違いだね」

「何っ? 服だと? レイ。君はそんな器用な事が出来るのかね?」

 僕が何の気なしに漏らした言葉に、エディが驚愕したかのように此方を見る。面食らったのは僕の方だ。だって今では余りに当たり前のようにやっていたからだ。

「器用っていうか、服が一番簡単らしいよ。人間社会に溶け込む為の、アモル・アラーネオーススの本能に近いものなのかも。衣服は、毛皮という鎧を持たない人間が辿り着いた、ある意味で進化の形で、僕ら蜘蛛は、その進化をも取り込んでいる……。師匠の受け売りだけど」

 いつかに汐里が話していた事を僕が講釈する事に不思議な感覚を覚えながら、僕は語る。エディは「ほーっ」と、感心したように、舌を出しながら、ヘッヘッヘ……。と、楽しげに笑った。

「随分と理屈っぽいというか、学徒のような事を話す師だな。私の師と会話させれば、互いに盛り上がっただろう事が想像できるよ」

 エディにも師がいたという事実にビックリしながらも、僕はそれもそうか。何て事を考える。

 僕だって、ルイや汐里がいたから真実に辿り着けたのだ。エディにもそんな存在がいても不思議では……。


「あれ? ちょっと待って」


 グリン。と、胃が捻れたような。何かがつっかえるような疑問が僕を襲う。

 騒動の連続で忘れていた事がある。今更だが、エディとあの優香という少女は、アモル・アラーネオーススだ。その師となった人もそうだろう。でも、ちょっと待ってくれ。ルイや汐里の話では、生き残りはいなかった。そういう話ではなかったか。

 偶然、ルイ達が把握しようもない他の個体がいて、それがエディ達に辿り着いた。僕は最初、そう考えていた。だが、エディ曰く。彼にもまた、師匠と言うべき人がいたという。

 偶然アモル・アラーネオーススにかち合い、偶然それについて熟知した人と出会う? 話が出来すぎている。

 僕と怪物。そしてルイや汐里との出会いは、様々な人の思惑や愛憎が絡み合い、生まれた。それがほぼ同時期に起きていた? 有り得ない。誰かが一枚噛まない限り、それは有り得ない。

「旦那ァ! コッチコッチ!」

「緩ヤカナ下リ坂見ツケヤシタ! ココカラ降リヤショウ!」

 少し離れた場所で、ピョンピョン跳ねるムロイとネギシ。それに手を振りながらお礼を言い、僕はエディと連れだって、坂道をかけ降りていく。この距離なら、宮殿まで走って十分かかるかかからないかだろう。

「エディ。確認したい事が少しある」

「……何だね?」

 僕の疑問にエディは前を見据えたまま返事をする。


「ねぇ、エディ。君はどうして……。何のために、あの屋敷へ僕を誘拐したんだ? 話せるなら最初から話せば良かったんだ。なのに、どうしてそれをしなかった?」


 兼ねてからの疑問を口にする。するとエディは暫く沈黙しつつも、「もう話すべきか」と、呟いた。


「レイ。私はね。君と君のつがいの顔は知らなくとも、存在は知っていたんだよ」

「……は?」


 帰って来たのは、思わぬ答えだった。訳がわからない。僕が目を白黒させている中でエディは話を続ける。


「私の師も、君達の顔は知らなくとも、存在を知っていたよ。それもそうか。私の師、楠木正剛は、君のつがいと、優香の……祖父に当たるからね」


 ……ちょっと待て。ちょっと待ってくれ。じゃあ、怪物と、あの優香という少女は……。僕とエディは……。


「ああ、優香と君のつがいは、同じ個体から生まれた姉妹だそうだ。孵化した順からして、優香が姉。君のつがいは妹にあたる。つまり……」


「ケヘヘ……」と、笑い声を漏らしながら、エディは僕が到達していた真実の解答を述べた。


「私は君の、お義兄さんという事になるね」


 敵の本拠地は……すぐそばまで迫ってきていた。



 ※


 香山梨花は、森島の屋敷の屋根の上で、のんびりと空を見上げていた。もうそろそろ。レイ達は本拠地に辿り着いただろうか。

 そんな事を思いながら。

 ふと、そこで背後から気配を感じて、後ろを振り返る。月明かりを反射する、金色にも銀色にも見える髪。血色の真紅な瞳。そこにいたのは美しい青年だった。「こんばんは。ルイ」と、挨拶するも、青年――ルイは無視。ただ此方を無言のまま見つめていた。

「……色々と、後悔してるのね。確認しなかったことを」

「……君が僕らにした種明かしは、敵が蜂だという事。この地にいるアモル・アラーネオーススが、僕とアリサの子だという事だ。教授の事までは……言わなかった」

「そりゃあね。言ったら貴方達混乱したでしょう? あの人は確かに自分の前で死んだ筈だ。……と。あら図星」

 目を細めながら語る梨香に、ルイはアルカイックスマイルを浮かべながら「本当に嫌な能力だ」と、呟いた。


「君が汐里の内的世界に侵入し、僕の記憶を再生した。それで真実は分かったよ。でも、やっぱり疑問は残るんだ」


 心を覗き、心を渡る能力。生き物には到底備わる筈のない過ぎた力。それが、梨香の能力の一つだった。その使い方として、記憶の再生そして、誰も入れない筈の内的世界への侵入という手段がある。これにより、梨香はルイと汐里にあの日の。教授が死んだと思われていた瞬間を、再びルイと汐里に見せた。


『一匹は、唐沢に殺された。個体Bの、子どもの一匹だ。もう一匹は、私の隠し子だが……肉体共有者を見つけた瞬間、また唐沢に殺されてしまった。あいつはアモル・アラーネオーススの、皆殺しを目論んでいるようだな』

「疲弊していた所へのこの言葉。一気に情報を被せて来たのと、汐里の真意を初めて知った時の僕の混乱。これにつけ込んで、教授は僕を謀った。間が悪いことに汐里が到着したのは、その言葉の後。汐里にも警戒していた僕は……そのまま、誘導された」


 淡々と、己の失態をルイは語る。

 生まれた蜘蛛の子は、六匹。

 うち一体は桐原で。最後の二体がルイとアリサの子。

 後々に殺されたのは五体。だがここで、教授が密かに残した隠し子。七体目の存在が浮き彫りになる。

『探すならば、急ぐがいい。個体Bの最後の幼生は、肉体共有者を得た。既に欲求対象者に接触している頃だろう。お前と個体Aの間に生まれた幼生達は、まだ生まれて間もないのでな。肉体共有者を捕捉は出来ても、成り変わるには、まだ時間を有するだろう。それまでは、肉体共有者候補の部屋で大人しくしているだろうなぁ……』

 教授はここへ一体を滑り込ませたのだ。あたかも桐原と血が繋がる蜘蛛の子が、もう最後の一匹しかいないと思わせる為に。

 ここで重要なのは、教授が密かに残した隠し子が殺されている事。

 その順番でいけば、桐原の血縁最後の一体と思われた蜘蛛の子は、実はそうではなく。

 ルイの子どもの一体として殺された子で初めて、桐原の血縁達は絶えた事になる。

 これにより、数は合わなくなり、蜘蛛の子が二体生き延びた。

 ルイや汐里は、レイの元へ。

 何らかの手段で生きていた教授は、エディと優香の元へ。

 そして……二組のつがいは何の因果か、この地で再会した。


「そう。それが真実よ」


 語るルイに、梨花は拍手を贈る。だが、ルイの顔は疑いを含んだままだ。

「僕は……この出会いを、君が仕組んだようにしか思えない。何を……企んでいるんだ?」

 低い声で、ルイは問う。その様子を梨花はいっそ愛しむかのように見ていた。鉤爪を。蜘蛛糸を、いつでも出せるようにしている。心が読める梨花には、そんな思惑など見え見えとルイは分かっているのだろう。それでもルイは対峙を選んだ。

 それは、己の友人や娘達を弄ぶ梨花に、思うところがある故か。

 だから梨花は、妖艶に笑いながら、真意の断片を告げる。


「実験なのよ」


 梨花は答えた。


「蜘蛛、蜂、顔無し、蟷螂、人間、狼、そして……。フフッまるで蟲毒ね。この大神村という箱庭で行われる、蟲毒。最後にどんな怪物が生まれるのかしら?」

「……梨花、僕が言うのもあれだけど、真面目に……」


 ルイが口を挟もうとするも、梨花は「あら、私はいたって真面目よ?」と、胡散臭く笑うのみ。そして……。


「レイ達。地球外対策課。その技術課。強襲部隊。楠木正剛。蜂の女王様すら、私は関わっている。それぞれが思い。考え、どんな結末に至るのか。蜘蛛神が勝つか。神殺しの蜂が勝つか。それか案外……策謀を巡らす人が勝つか」

「策謀……?」


 怪訝な顔をするルイに、梨花は唇に指を当て、静かに。と、ジェスチャーを送る。


「人間側の計画は、すでに動いている。さて。どうなるかしらねぇ~」


 その瞳は、溢れんばかりの愉悦で、妖しく輝いていた。


 ※


 少女の怪物は、ただ涙し、息も絶え絶えにうつ向いていた。

 身体を何度切り裂かれ、食い千切られた事だろう。

 再生が阻害された手足に生える予兆があれば、リリカは容赦なく、それを切り落とした。

 永遠と続く、凌辱。そんな中でも彼女はただ。健気にレイの幻影を求め続けた。


「レイ……。レイ…。…レイ……。今日は一緒。明日も。明後日も。……抱き締めて。一緒に、いたいの……はなれたく、ない。はなれ……ないで」


 虚ろな目で、彼女は何もない所へ語り続ける。蜂の女王は、少し席を外し、戻って彼女をいたぶった後、男を伴い、また何処かへ去っていってしまった。

 だから今は、彼女にとっては唯一心が休まる時だった。


「貴方に……ふれていたい……貴方に、触れてほしい……貴方を、愛して、いたい。(ワタシ)を……〝私達〟を、あいして、ほしい……」


 それは、心を学んだがゆえに、たどたどしさは抜けてはいるが。紛れもなく、愛した青年を怪物にした時の言葉。

 少女が憧れの先輩に想いを告げるかのように。それは熱く。幸せそうな響きをもって、血の匂いが充満した寝室のなかに木霊して……。


『……ふーん。何て言うか。無様? ざまぁみろ? てか、今の台詞くっさ! くっさい言葉……。それをアンタはあたしのレイ君に言ったのね。……ムカつくぅ』


 直後、血の凍るようなソプラノボイスが、少女の怪物の耳を侵して。


「なん……で……!」


 その存在は、驚愕に目を見開く少女の怪物の視線を、釘付けにした。

 余りにも見覚えのある、忘れもしない顔がそこにあった。

 茶髪のショートヘア。白いワンピース。歪な三日月のように、裂けるような笑みを浮かべて。


『まぁ、これやった奴センスはあるわね。でも四肢切断ときたら、あたしなら妊婦を使うわ。悲劇的で。エロティックで。残酷で、冒涜的。産まれてきた子は地面に叩きつけられ、母はそれを抱き締められず、涙する……ああっ! 素敵っ! 濡れちゃうっ! まさに非日常だわ!』


 それは、少女の怪物が肉体、精神共に死の淵をさ迷っているからこそ見えた幻なのか。

 いる筈のない女は楽しげにつま先立ちで、バレェでもするかのように踊り出す。


 真の名の宿敵。山城京子がそこにいた。





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