表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ一 背徳の牙
127/221

9.汐里、合流

 大輔が語る壮大な物語の後に残ったのは、沈黙だった。

 語ったのは、全てではない。主にレイとの関係は伏せ、定期的に情報交換をしている。とだけ伝えた。自分はあくまで、山城京子と唐沢汐里の両名と偶然遭遇し、巻き込まれてしまった。そういう体で通した。

 大輔自身、対策課の面々は信用はしているが、信頼はしていない。その現状で全てを語るのは躊躇われた。勿論、信用信頼に関しては、向こうから見た自分もどっこいどっこいだろうが。

「……話は以上だ。今回あいつらがついてきたのも、自分達以外の怪物の情報を得るためといっていい。こっちはこっちで戦力として利用している。そんなとこだ」

 話終えた大輔は、探るように全員を見渡す。

 源治は腕組みしながらもフム……。と、興味深そうな顔をし、佑樹はヒュー。と、下手くそな口笛を吹いていた。

 この二人の反応を大輔は半ば程は予想できている。だが、問題はもう一人。


「……警部。質問を宜しいでしょうか」


 サングラス越しにこちらを睨む鋭い視線に、大輔は静かに頷いた。最近対策課に配属された、恐らくはだが怪物退治に並々ならぬ執着心を持つ男――龍馬だ。


「怪物を殺す対策課が、怪物ともちつもたれつつ。これは目的を履き違えているものかと思うのですが、その辺はどうお考えでしょう?」


 歯に衣も着せず、真っ向から問いかける龍馬に、佑樹がまたしてもヒュー。と、口笛もどきをする。

 それを手で制止しながら、大輔もまた、真剣な面持ちで龍馬と対峙する。

「履き違えているのはお前だ桜塚。対策=殺すってのが、そもそもの間違いだ。相手は未知の生物で、常識が通用しない。そもそも人類側がちゃんと結束していない上に、情報が少なすぎる。殺してみたら疫病をばらまかれた。何て事もあり得るんだ。対策ってのは、ありとあらゆるものを試し、最善の方法を模索する事で、初めて成立する」

 細菌やウイルスを殺す薬も、使い方を誤れば毒になる。逆にその細菌やウイルスも、うまく利用すればワクチンになりうる。

 排除するだけが対策ではない。只でさえ色々とおかしな連中を相手取っているのである。そんなリスキーな事をせずにすむならば、それに越したことはない。だからこそ、大輔はレイ達と協力するし、技術課や上の人間達も捕獲と研究を望む。


 開拓者(バイオニア)に搭載されたモードの一つ、収穫者(リーパー)。対地球外生命体の強力な麻酔銃。

 対策課が排除を最優先に掲げていない事を象徴する、その最たる例と言えるだろう。

 研究や試行錯誤の末に明らかになった、地球外生命体の弱点。アモル・アラーネオーススに限らず地球で確認された全ての怪物達に有効打になりうるもの――。オリーブオイル。

 これを打ち込んだ後に、速やかに排除する抹殺者(ニゲイター)に対して、即効性のある麻酔薬の搭載されたアンプルを射出するのが収穫者(リーパー)である。


「必要ならば捕獲。無理ならば排除。かつ、市民の安全が最優先。この方針が、俺達『地球外生命体対策課』だ。断じて、地球外生命体駆除班ではない」


 話終えた大輔。場に再び沈黙が流れる。源治は納得したように目を閉じて静かに頷き、佑樹は楽しげに舌なめずりする。

 片や職務中すら酒を手放さない大酒飲み。もう片方は職務中でも女の尻を追い回す女好き。

 一般市民に見せる警察官としては問題あり過ぎるが、こと、対策課においては、彼らは欠かせない人材だ。それは、今まで幾多の怪物達との対峙の末、こうして生き残っている事が何よりの証拠である。

 戦闘力の高さ。それだけではない。ある意味で市民の盾として、得体の知れないものとの接触を強要されて尚、彼らは彼ら自身を保ち続けている。それは正義感か図太い神経なのかは大輔には知るよしもないが、怪物と渡り合うことにおいて、これ程心強いものはない。

 得体の知れない女である弥生もその一人であるし、勿論……。


「……理解はしました。ですが、すぐに納得は出来かねます」


 サングラスをずりあげながら、龍馬はそう答えた。

 桜塚龍馬。対策課に配属されて間もない男だが、その在り方は、今までにないものだった。


 曰く、怪物の存在を最初から知っている。

 曰く、対策課(ここ)へは、来るべくして来た。

 曰く、怪物を殺すならば、自分を躊躇せずに使い潰してくれて構わない。


 不思議な男だ。

 最初に会った時、大輔はそう思ったものだ。自分自身を使い潰せという言動もさることながら、表情を隠すサングラス越しでも分かる、鋭い眼光。

 道具のようにしろと言いながら、道具では終わらない。終われない。そんな執念がありありと感じ取れた。

 難儀なものを背負っている。甥であるレイとはまた違う闇を、大輔は龍馬の中に見た。故に――。


「それでもいいさ。今はな」


 そう言って、大輔は肩を竦める。対策課の一人は怪物に執着し、怪物を殺したがる者。本当に、何とも個性的な人材が揃ったものだと思う。

 それでも、今はこの面々で動くしかない。

 信用はできるが、信頼はそうそうできぬ、一癖も二癖もある関係の中で。

 しかし、怪物の駆逐とは……そういえば以前に、似たような信念を掲げていた人物の事を思い出し、大輔は苦笑い混じりに首を振る。今はそんな回想に浸る時ではない。考えるべくは……


「さて、問題はあの犬コロ共とレイの奴だな。雪代が戻り次第、また作戦を立てるか」

「そうですね。全くレイ君と来たら……。力の出し惜しみはするなとあれほど忠告しましたのに。これはお仕置き確定ですね」

「おいおい唐沢。レイを苛めるのもほどほどに……し、ろ……?」


 たっぷり数十秒身体を硬直させてから、大輔はそのまま、弾かれたように横を向く。真横からの聞き覚えのある、鈴を鳴らしたかのような女の声。

 常に神出鬼没ではあるが、少なくともここにはいない筈の人物のものだった。


「んお?」

「……へぇ」


 面食らったかのような源治。佑樹は上から下までその人物見て、またしても下手くそな口笛を吹く。龍馬は剣呑な表情のまま変わりはなかった。素早く懐に延びた手を除いては。

 そこにいた女は、対策課の反応をそれぞれ伺いながら、芝居がかった動作で優雅に一礼した。

 パンツスーツの上に白衣を羽織るその姿は、初見では理科か化学の先生に見えることだろう。もっとも、それは首から下の評価である。首から上……。女の顔立ちは、そんな先生といった聖職者が似合うものではなかった。

 ウェーブのかかった、肩まで届く位の茶髪。そこまではいい。ただ、時折漏れるヒューヒュー。という喘息じみた呼吸と、目元の隈。虚ろな眼窩と、張り付いたかのような歪な笑みが、女を不気味な存在として際立てていた。


「どうもはじめまして、対策課の皆さん。大輔から話は聞いております。私の名は……」


 一人一人を検分するかのような眼差しに、大輔は呆れたような顔になる。どうしてここにいるのかはさっぱり分からないが、十中八九厄介ごとになりそうだ。そんな直感が働いた。


「唐沢汐里。元人間な、地球外生命体です」


 挑発的な物言いで、怪物――、唐沢汐里は自己紹介した。



 ※



 事実は小説より奇なり。という言葉を、ここ最近の僕は心の中で呟く事が多い気がする。いや、正確には、あいつと――怪物と出会ってからだろうか。非日常の連続で感覚が麻痺しかけてきた今日この頃。僕はまさに、奇妙な遭遇というべきか、仕組まれたかのような偶然に首を傾げるばかりだった。


「……どうしよう」


 わりと本気で、僕は途方に暮れていた。勿論、僕が受けた手傷等ではない。そう言うにはいささか重症だったが、最早怪物の再生力により、完治している。傷の規模に対して、再生が早すぎる気もしたが、今は気にしない。問題は……。



「…………」

「…………」


 その一つは、目の前の光景だ。武家屋敷の縁側に、女の子が二人いた。怪物と、あの見知らぬ少女だ。

 怪物は正座したまま、鞠をついている。凄く絵になるし、実際に見とれてしまう美しさなのだが、いかんせん無言かつ無表情だ。それは夢にでも出てきそうな妖しい雰囲気を醸し出していた。

 その横には見知らぬ少女。同じく正座したまま、彼女は御手玉を三つ。虚空に放り、弄んでいる。謀ったかのように、無口無表情で。

 そして…………。


「君ら…………何が目的なんだ?」

「…………クーン」


 それを座敷にて眺める僕の横には、武家屋敷にはミスマッチな犬がいた。僕を監視するような、観察するような青い瞳。時折犬の癖にニヒルに笑うものだから、尚更不気味だ。

 これはもしかしなくても軟禁に入るのだろうか? 怪物に相談したくても、あいつはここに来た途端に黙りかつ、動こうとしない。昔のあいつに戻ったような気もしてどうにも落ち着かない。僕が眠っている間に、何が起きたのか。

 戸惑っているように見えたのは気のせいだろうか。

 全力で逃げるべきか? でも叔父さんの目的はここの人達の救助……。なのだが、どうにもこの屋敷。人がいる様子がない。蜘蛛の操りによる探査が訳あって不可能だったので、確証はない。このダルメシアンが許してくれるならば、自分の足で探索してみようか……。


「いや、そんなことより……もっと凄いことがあるよな」


 戦闘の最中、何処かに落としてしまったらしいスマートフォンが、今ほど恋しいことはなかった。この事は汐里にすぐ伝えねばならないのに。


「……どういう事だ? 僕ら以外の個体は、皆汐里が殺したんじゃなかったのか? じゃあ、あの女の言ってた天敵って……何だ?」


 僕の疑問に答えるものは誰もいない。ただ鞠をつく音と、御手玉の乾いた音が響くのみだった。



 ※



 その瞬間、銃声が響く。龍馬が間髪いれず、開拓者(パイオニア)の引き金を引いたのだ。

 だが、その時既に、唐沢汐里は大輔達の視界から消えていた。直後、重いものが倒れるような音と共に、男の呻き声が大輔の耳に届いた。


「…………なっ」

「部下の躾がなってませんね。いきなりレディに拳銃を向けるだなんて」


 うつ伏せに倒れた龍馬に腰掛けながら、汐里は龍馬の開拓者(パイオニア)が握られていない方の腕を捻り上げた。非難めいた視線だけ、大輔に向けられる。大輔は罰が悪そうに項垂れながらも、「条件反射みたいなもんだ。容赦してくれ」とだけ答えつつ、そのまま真面目な表情に戻る。


「お前……四国に行ってたんじゃないのか?」

「正確には、小豆(しょうど)(しま)という島です。ほら、その辺に植えてあるあの木。あれの果樹園がありまして。温泉とかもあるんで、研究半分、観光半分です」

「……なんだ? あれそんなに有名な木だったのか?」


 分校の周りの木を見ながら大輔がそう言うと、汐里は少しだけ驚いたように目を丸くする。


「おや、ご存じなかったので? 結構慣れ親しんだものですよ? 特に今の貴方には」

「……そうなのか? まぁ、あの変な木はどうでもいい。状況をお前にも説明しよう。話せば長くなるが……」

「あ、いえ、その前にね。ちょっと私から先に言わせてください。怪物は〝何体〟いましたか?」

「……は?」


 今度は大輔が目を丸くする番だった。数。それは、元飼い犬の連中や野良犬達全員を示すのか? そんな大輔の表情を読み取ったのか、汐里は静かに首を振りながら、「明らかに人外の力を発揮したものです」と告げる。


「ここに足を踏み入れた時、驚きました。野生の蜘蛛達が、既に何者かによって拳属にされていたので。はぐれものを見つけるのに苦労しました」


 汐里の呟きに、大輔の緊張が高まる。蜘蛛を手先に。それは、以前レイから教わった事の中に入っていた筈だ。

 かつての明星ルイも、レイ達を探す為に蜘蛛を追ったという。

 曰く、彼ら彼女らが住む地域では、多くの蜘蛛が不可解な動きをする……と。

「……おい、まさか」

 掠れた声を絞り出す大輔に、汐里もまた、困ったように頷く。


「ええ、恐らく。いいえ、確実にこの地には二種類ないし、複数の怪物がいます。あまり考えたくはありませんが、もしかしたら共生しているのかも。その一つは……『アモル・アラーネオースス』あの少女の怪物と同属です」


 それは、あまりにも奇妙な偶然だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他の物語も、覗いてみませんか?
実は世界観を……共有してます
[渡リ烏のオカルト日誌]
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ