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名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ一 背徳の牙
120/221

2.地球外生命体対策課

 地球外生命体。

 読んで字のごとく、地球の外から来た生き物達の事である。宇宙人。異星人。なんて言い方をしてもいいのかもしれないが、僕はこの呼び方をよしとはしていない。

 〝人〟というには、余りにも精神構造が逸脱しすぎているのだ。アモル・アラーネオースス。顔なしの怪物。皆異なる理由で、それぞれが抱える謎のもとに地球へ訪れている。

 それらの精神構造は、未だに僕は理解しきれていないというのが現状だ。

 そんな理解の及ばない存在に、真っ向から立ち向かう存在。それが『地球外生命体対策課』叔父さんが所属する部署だ。

 叔父さん曰く警察という組織の中でも異端中の異端。

 尚且つ、一部の人間にはトップシークレット。

 そんな胡散臭い事この上ない部署に叔父さんが選ばれたかと言うと、話は簡単だ。

 地球外生命体との、交戦経験あり。それ以前に、単純に戦闘能力が高い。叔父さん曰く頭を使うのが苦手らしいが、甥っ子の贔屓目抜きでも、叔父さんのとっさの判断力等は迅速かつ正確だ。優秀な刑事だから。それが理由なのだろう。


「いや、それはないな。腕っぷしには自信があるが、優秀ではないよ……俺は」


 ジャズミュージックが流れる車内に、僕達はいた。叔父さんが駆る愛車の名前は、車とかに疎い僕には分からない。ただ、それは極々一般的な車両で、テレビのCMとかでも見たことのある、ありふれた普通の車だったという事だけ述べておく。

 普通の車による移動はこう在るべきだ。

 ランボルギーニやらフェラーリを引っ張り出して、走り屋も真っ青な追いかけっこをやってのける方がおかしいのだ。某お義父さんやお師匠様みたいに。

 島根へ向かう道すがら、「地球外生命体対策課……お前はこれをどう思う?」そんな問いが投げ掛けられた。

 車のハンドルを切る叔父さんを横目に見ながら、僕は助手席の背もたれに身を預け、思った事を話す。取り敢えずは、叔父さんが選ばれた理由を。だが、その答えは叔父さんの中では否定すべき内容らしい。

「これから向こうで合流するのは、俺と同じ部署に所属する面々だ。雪代は……会った事あるな? 他に三名いる訳だが……先に言っておく。雪代を含め、こいつらに油断はするな」

 固い声で、叔父さんは告げる。対策課の面々というならば、叔父さんの部下に当たる人達の筈だ。何故そんなことを言うのだろうか?

 僕の不思議そうな表情を見て取ったのか、叔父さんは少しだけ苦々しげな表情になる。

「あいつらは、警察という組織に身を置いてはいるが、どいつもこいつも腹に一物を抱えた、人格破綻者共だ。臭い奴らばかりなんだよ。いや、俺を含めて、恐らく上にあまり信用されていない奴らなんだろうよ」

 何でそんな人選を? という言葉が出掛けて、僕は思わず叔父さんの問いを思い出す。対策課をどう思う?

 日夜、得体の知れない物を追い続ける日々。

 殉職者すら出る環境。

 〝普通〟なら、配属なんてされたくもない。

「お、叔父さん。人選は……」

「おう。俺じゃない。上の連中がやってる」

 疲れたような叔父さんの言葉に、僕は思わず身の毛がよだつ。

 そんなのまるで……。

「鉄砲玉なのさ。俺達は。面子は意図的に集められた、訳ありの奴ら。データがなきゃどうにもならんから、俺達みたいな探検隊が揃えられ、情報を集める。多分公開されていないだけで、俺達みたいな役回りを押し付けられた人間は、警察組織以外にもごまんといるだろうさ」

 自衛隊やら、大手企業とか怪しいな。と、叔父さんは笑う。

 僕はただ、開いた口が塞がらなかった。

 そんな僕の複雑な内心を読み取ったのか、「ま、俺はただの鉄砲玉に成り下がるつもりはないがな」と、叔父さんは付け加えた。


「というか、レイ。お前はあの時点で帰ってもよかったんだぞ? 無理に付き合う必要はない。」

「うん……まぁ、そうかもしれないけどさ」


 それでも、叔父さんの仕事と僕は、無関係という訳ではない。

 甘いと言われればそれまでだが、近くでこんな事件が起きて、そのまま叔父さんだけを送り出すなんて事は僕には出来なかった。

 何より……。


「お、返事来た」


 鳴動するスマートフォンを操作する。ラインの返信は、お師匠様たる汐里からだ。


「大輔についていく件。了解しました。いい機会ですので情報と、出来るならば怪物の生け捕りを希望します。努々、油断なさらぬように」


 刺々しい文脈だが、ようは気を付けて。お土産よろしくね。といった所だろう。

 お母さんみたいな事を言う。と思った所で、そういえばお義父さんが混じっていた事に気づき、苦笑いが漏れる。

 そう、何よりも僕自身、そろそろ真新しい情報が欲しかったのと、もしかしたら僕が行けば向こうは引いてくれるかもしれない。変な争いは起きないかもしれない……そんな希望的観測もあった。だから僕は叔父さんに同行する。


「汐里からもゴーサインでたから。今回は僕も付き合うよ。改めてよろしく」

「おう。まぁお前なら心配要らないだろうが、ヤバイと思ったらその娘連れて逃げろよ」


 僕の肩に蜘蛛の姿で張り付いている怪物を横目に、叔父さんは静かに頷いた。

 そこで再び、スマートフォンが鳴動する。

「あ、それと、私は今四国にいますので、合流しようと思えば合流可能です。もし手に余る事態になりましたら、連絡下さい」

 そんなメッセージを叔父さんに見せると、「丸くなったよなぁ、アイツ」なんてどことなく嬉しそうな台詞が帰ってくる。

 コメントは控えておいた。丸い? そんな馬鹿な。夜な夜な顔無し達を嬉々として拷問したり(本人曰く実験だそうだ)補食したり。時たま僕の訓練中に色々としてきたり。正直、人として丸くなるどころか、順調に尖りまくってきているという僕の意見は、間違ってはいないと思う。

 全ては身体の維持と、ルイと少しでも共にある為に。もはや僕以上に怪物としての生をある意味でエンジョイしているのは彼女だ。それでも、頼れる師匠であり、姉のような存在であることにはかわりないけど。


 会話が途切れ、車はただひたすら、高速道路を走る。ガタガタという音が、後部座席からしていた。何やら大きなアタッシュケースが三個も乗せられている。


「叔父さん、後ろにあるアレ、何?」


 僕の問いに、叔父さんはニヒルな笑みを浮かべながら、指でピストルを作り、バン。といった仕草をする。


「アレは秘密兵器だ。対地球外生命体用のな。お前が銃弾の一撃で昏倒したって言ってたよな。多分、それは、こいつのプロトタイプによるものだろう」

 銃弾による傷って言ってたしな。と、付け加える叔父さん。一方の僕はというと、背中を伝う冷や汗をありありと感じていた。

「……そんなものが出来てるの?」

 いつぞやの臨死体験は、本当に洒落にならないものだったらしい。

「こいつもまた、何度か改良を加えた試作段階と聞く。プロトタイプⅣといったところか。カセットの切り替えで地球外生命体を記録。制圧。殺害する、三つのモードがある。将来的には更に幾つかカテゴリーを追加して、地球外生命体に対するマルチウエポンにするんだとよ」

 松井さんも楽しそうだよ。何てコメントを漏らしながら、叔父さんは苦笑いする。

 松井英明。怪物に、地球外生命体に魅入られた、叔父さんの友人だ。確か今は、胡散臭い研究機関にいると聞く。京子の墓を暴き、遺骸を持ち去った張本人。

 こうして考えてみると、松井さんは勿論のこと、怪物によって人生を変えられた人物は、驚くほど多い事に気がつく。

 楠木教授に始まり、その奥さん、ルイとアリサさん。その友人となった人達。汐里と桐原、その同僚。僕と米原侑子。大輔叔父さんや、その部下の人達。そして、京子。


「怪物は……地球外生命体って、どうして地球に来るんだろう?」


 僕が何気なく漏らした一言に、何だその言い草は。と言わんばかりに肩の怪物が僕の肉に噛みついた。結構痛い。

「さぁな。来ちまったもんは仕方ない。目的は何であれ、俺達人間は、食い物にされないように抗うだけさ」

 バックミラー越しにアタッシュケースを見つめながら、叔父さんは胸ポケットから煙草を取り出す。火がつけられ、紫煙を燻らせる叔父さんの横で、僕はいつぞやの汐里の論説を想起(そうき)していた。


「知識とは、恐怖の積み重ねです。分からないから怖くて。故に理解しようと躍起になる。種に刻まれた本能も。下手したら進化すらも、全ては恐怖が根源です。食べられる恐怖。生き残れるかという恐怖……人に限らず、生き物は、恐怖無しには生きられませんし、成長もしない。何も怖くない何て者は、本気でそうなのだとしたら、それは機械と同義ですよ」

 だから、地球外生命体が忍び寄って来ている今こそ、人類が進化する好機なのかもしれません。

 そう、汐里は結んでいた。あれは確か、何気なくアフターヌーンティーを楽しんでいた時だったろうか?


「一応、教えとく。対地球外生命体汎用兵器――。『パイオニア』それが、そいつの名前だ」


 荒事用だから、使われないことを祈ろう。

 そう叔父さんは呟いた。

 それに静かに頷きながらも、僕はパイオニアが入れられて入るのであろうアタッシュケースをただ見つめていた。

 地球外生命体への対抗と調査。その一端を担うかもしれない存在、開拓者(パイオニア)。生き残るための手段として武器の開発。成る程。確かにこれは、進化と言うに相応しいのかもしれない。

 群の怪物たる人類。集まりさえすれば、この星では最凶なのだ。


 ※


 島根にもうすぐ差し掛かろうという所で、「少し休憩するか」という叔父さんの提案で、僕達は高速道路のサービスエリアへ降り立った。

 トイレへ行った叔父さんを見送りながら、僕は夜風に揺られるように、駐車場をぐるりと一望する。夜通し走り続け、今や深夜二時を過ぎたころ。当然ながら、辺りには誰もいない。街灯も弱々しく、人間の基準では一面真っ暗だったが、怪物たる僕にはさしたる問題ではない。

「島根……か」

 何となく、口から出た言葉。思い浮かぶのは、いつかの苦く忌まわしい記憶。京子の狂気に殺された、親友たる純也の変わり果てた姿だ。

 事件が一応の形で決着を迎え、泣くのを堪えながら参加した友人の葬儀は、彼の実家である島根で執り行われた。……妙な因果だと思うのは、考えすぎだろうか。

「そうだ。せっかくだし、お墓参り行こうか。君も……紹介したいし」

「……おはか……参り?」

 肩口に乗った蜘蛛が、か細い声で答える。人間の姿だったならば、首を傾げているところだろうか? 多分。

「ああそうか、君は知らないか。お墓参りってのは……――っ!?」


 説明は、そこで途切れた。うなじがざわつくような感覚が、唐突にせり上がって来たのだ。

 身を強ばらせ、周囲を警戒する。

 叔父さん……ではない。気配が違うし、こんなねっとりと絡み付くような感じは似合わない。いや、そもそも持ち合わせていない筈。

 刑事である叔父さんが持ち得ない感情。分かりやすい言葉で表すなら、そう――。〝悪意〟だ。


「……誰だ」

 

 僕の問いかけに返事はない。ただ、その代わりに僕のすぐ後ろで、トン。と、何かが地面に降り立ったような音がした。

「――っ!」

 振り返る。鉤爪をいつでも出せるよう身構えた僕は、そこで電撃を受けたかのように硬直した。


 そこに立っていたのは、長身の女だった。腰を越え、地面にすら届きそうなほどに長い、ブロンドヘア。よくよく見ると、側面にあたる髪の一房だけ、三つ編みにして垂らしていた。

 ゆったりとしたワインレッドのチュニックワンピース。その上からでも分かる、艶かしい肢体。女もそれを分かっているのだろう。腕を組む仕草、浮かべる微笑。吸い込まれるような青い眼差し。そして――。


「こんばんは。ここは、いい星ね」


 甘やかな、少女のような声で、女は囁いた。アクアブルーの瞳が、僕と、僕の肩に乗る怪物を捉え、楽しげに細められる。


「こんな所でアモル・アラーネオースス。蜘蛛の神性にまた出会えるなんて。旅はしてみるものねぇ」


 唄うように紡がれる言葉に、僕の身体の次は、思考が停止した。

 今、この女の口から、有り得ない言葉が出なかったか?


「アモル・アラーネオースス……何であんたは、この言葉を知っている?」


 僕の問いに、女はただ、微笑で応える。

 妖艶なそれは、怪物の血を凍らせるかのようなものとは似て非なるもの。

 男を。下手すれば女すら蕩けさせ、手玉に取る。そんな雰囲気を纏う、不吉な笑みだった。


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