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名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ一 背徳の牙
119/221

1.舞い込んだ厄介事

 月日は変わらず流れていた。

 彗星が空を翔け、妙な顔無しの怪物や怪物としての力を狙う連中を退けながら、僕は何とか今日も生きていた。

 小さな厄介事はある。それでも、細やかながら幸せな日々に、僕は少なからず満足していて……。


 ――だから、あんな事が起こるだなんて、僕は予想すらしていなかった。


 十月九日。その日は、何の変鉄もない日だったと記憶している。

 不期的に行う状況報告会という事で、僕と怪物は大輔叔父さんの部屋を訪れていた。

 極々一般的な独り暮らしの部屋。煙草とコーヒーの匂いだけが、叔父さんらしさを主張しているここに、小さな蜘蛛になって侵入するのも、もう慣れたものだ。

「まぁ、座れ。今夜は鍋だ」

「今夜も。じゃなくて?」

 蜘蛛から人の姿に戻る僕達。ふざけた代償に脳天へ下されたチョップに頭を押さえながら、部屋の真ん中に置かれた炬燵の前に腰かける。

 グツグツ煮える土鍋から、食欲をそそる香りがする。椎茸、シメジ、ネギ、人参、玉ねぎ、豚肉、白菜。そしてきりたんぽ。他色々。

 何でも、先日秋田へ出張だったらしい。理由は言わずもがな。地球外生命体がらみだ。叔父さんの耳と手の甲に貼られた絆創膏。地球外生命体と攻防してこの程度で済む叔父さんが凄いのか。はたまた地球外生命体が弱かったのか。僕が現場を見た訳ではないので、よく分からない。


「さて、では第……何回目だ? まぁいい。報告回といこう。レイ。お前の方で、何か変わったことは?」

「襲撃が二回。お盆と、つい先日。お盆の時は僕が負傷したけど退けて、先日は普通に逃げきったよ」

 負傷という言葉に叔父さんは眉を潜める。放っておけば身体が再生するというのに、こうして変わらず心配してくれるのは、何だか照れ臭かった。

「お前がか? 何があった?」

「銃で撃たれただけだよ。当たりどころが悪かったのか、一撃で気絶しちゃって……」

 夢であの世に片足突っ込んだ。は、言わない方がいいだろう。多分。

「後は特に何も。他の怪物とは、一度も会わない。やっぱり汐里の考えた通り、互いに干渉しようとは思わないみたいだ」

 自分の領域を守っているのか。はたまた無益な争いを避けようとしているのか。顔無しの怪物を除けば、僕らの日常は、全て人間との争いだった。

「成る程な。こっちの最近の攻防は……そうだな。デカイ芋虫やら、アホみたいな巨大魚に……タコや鳥だ」

「……叔父さんよく生きてたね」

 純粋に凄いよ。という僕の言葉に、叔父さんは苦虫を噛み潰したような顔になる。

「……いや、うちに配属された奴の何名かは……殉職してる。報道規制やらで色々と揉み消されちゃいるが、一般市民にも少なくない被害が及んでるんだ。地球外生命体の行動なんて予測できないもんだから、いつも俺達は後手に回らざるを得ない」

 白菜やきりたんぽをつつきながら、叔父さんはぼやく。もしかしたら、ニュースに出ている何の気なしな事件すら、地球外生命体に関わっているのかもしれない。

 そんな事を考えながら隣の怪物を覗き込むと、怪物はきりたんぽと鍋の中身を交互に見ながら、不思議そうに目を細めていた。

 興味があるなら食べればいいのにな。

「現状、被害が出て。見つけて捕獲。不可能なら処理のループだ。今の所アモル・アラーネオースス以上に厄介かつ多彩な能力を持つ生命体は出てきていないのが救いだが……正直、どれも特徴やら性質がバラバラでな。狂暴なものもいたから、完全な分析結果が出るのは、当分先になりそうだな」

 対策課が叔父さんの部署だけってのも結構な負担になっている気がした。寧ろ、そこの人員だけで渡り合えていること。他の隠れ潜んでいるであろう怪物達が積極的なアクションを起こしていないこと。様々な危うい奇跡を背景に、今の状況は出来ているのだろう。

「いっそのこと、明星や唐沢みたいに、専門家がいれば助かるんだがな。まぁ、無理な話か」

「そりゃあ、そういう存在がいたらありがたいだろうけどさ……」

 もしも僕の前にルイや汐里が現れていなかったら、一体どうなっていたのだろう?

 僕達が今以上に狩り立てられる存在になっていたのだろうか?

 今叔父さん達が戦っている、怪物達のように……。

 刹那――。フニャリと、僕の頬に柔らかな指が押し付けられた。

 くすぐり、おちょくるように動くそれ。誰の仕業かは、言うまでもない。

 流れるような黒髪。

 黒いセーラー服と、黒いストッキングという、尽く黒を強調したような出で立ち。されど、その肌は病的までに白い。

 血も心も凍りつくかと思うほどに、美しい少女――。僕を恐怖させ、魅了し、捕らえて囚えた怪物だった。

「……なんだよ」

 視線を怪物に向ける。彼女はどこか拗ねたような顔でこっちを見ていた。

「……また、むずかしいかお」

 透き通るような声で恨み言を述べる怪物。

 こっちを見ろ。構え。闇の底を思わせる瞳から、ありありとそんな色が見て取れた。無言のサインに僕は肩を竦めながら、そっと彼女の髪に手を伸ばす。

 指通りのいいそれを弄っていると、自然にさっきまでの嫌な想像が霧散するようで……。

「って、待て! もたれ掛かってくるな! おい近い! 顔近い! キ、キスは止めろ! 叔父さんの前だぞ!」

 必死の抵抗と、うなじがざわつく感覚。身体所有権を巡って、僕と怪物の攻防が繰り広げられているのだ。

「構図だけを見りゃあ逮捕ものなんだがなぁ」なんて笑えない事を言いながら、叔父さんはスマートフォンを取り出す。ブーブーと鳴動する小さな液晶ランプが、電話が来たことを如実に伝え――。


 瞬間、叔父さんの顔色が激変する。

 静かに。のジェスチャーをこちらに送りながら、叔父さんはスピーカーモードに設定したまま、通話に応じた。

「お疲れ様です。小野です」

「やぁ、小野君。非番の所すまないね」

 事務的な硬質な口調の叔父さんに対して、朗らかな老人の声。一瞬見えたディスプレイには、『署長』の二文字。それが意味する所は……。

「まぁ、私から電話があった時点で、内容はお察しだろうけど……」

「ええ、理解しております。場所と被害は?」

 何処か申し訳なさげに話す署長さんに、叔父さんは近くの戸棚からメモ帳を引っ張り出し、素早く質問する。

「場所は島根の山村だ。そこで行方不明者が多数出ているらしい。村の交番から、島根県警に連絡が入り、そこからうちに緊急で通信が入った。異常事態だ……とね」

 スピーカー越しの声は、緊張で震えていた。それに釣られるようにして、僕や叔父さんも無意識に身を強張らせる。怪物は興味なさげに僕にますます擦り寄ってくる。……呑気というか、なんというか、ここまで来ると羨ましくさえ思えてしまう。

「何が起こってるんです?」

 叔父さんの問いかけに、署長さんは深呼吸しながらゆっくりと言葉を紡いだ。


「島根県警に転がり込んできたのは、村の交番の巡査だったらしい。命からがら、奴等から逃げて来た……と」

「……奴ら?」


 眉間に皺を寄せながら、叔父さんは僕に合図する。「悪いが、鍋は終わりだ」そう目が語っていた。

 お肉をひと切れ口に含みながら、僕はそっと鍋の火を止める。

 ラップして冷蔵庫に。と、一瞬思ったが、すぐに脳内で却下した。

 漠然とした予感があったのだ。きっとこの後は――。


「なんでも……犬の群れが、村の名士の家を占拠してしまったそうだ。野良犬、飼い犬関係無く、一丸となって行動しているらしい。乗り込もうとした交番の警官はほぼ全滅。県警に逃げ込んだ巡査は、その面々の生き残りだ」


 きっとこの後は、厄介事が待っているのだろうから。

 僕がそんな達観した感傷に浸っている間も、叔父さんと署長さんの話は進んでいく。


「地球外生命体対策課は、その件を調査。及び名士を救出で、よろしいでしょうか? 行ってみたらただの犬の群れだった。なんて事は無いですよね?」

「いかにも。ああ、ただの犬の群れでないことは明らかだ。何せ……」


「ボス犬と思われる犬……報告によると、ダルメシアンだったそうだがね。そいつは……背中や前足から触手が飛び出ていたらしい。どう見ても、君のとこの管轄だ」


 頼んだよ。地球外生命体対策課さん。そんな言葉を最後に電話は切れた。


「……ダルメシアンに……触手?」

 あまりにも形容しがたいその組み合わせに、僕は思わず苦笑い。対する叔父さんはというと、ため息をつきながら、「次は島根か~」等とボヤいていた。



 これが、事のあらまし。

 余りにも唐突に舞い込んできた出来事。これが後に大きな意味を持つことになろうとは、この時の僕は知るよしもなかった。


 僕が怪物となり、この身体と彼女を受け入れて約一年。

 僕にとって、大きな出会いと、別れ。そして、変革をもたらした事件は、こうして始まった。

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