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名前のない怪物  作者: 黒木京也
外伝 Monster Days
114/221

名も無き者共の後始末≪後編≫

「……さて、何か面倒な事になったな」

 色々あったが、取り敢えず。事態は収束した。先延ばしになった。とも言うが。

 僕の独り言をどうとらえたのか、怪物はのんびりとベットに寝転んだままこちらをただ見つめてくる。

「おひっこし……いや?」

「う~ん。どうだろうね」

 そう答えながらも、ロッジの部屋で、僕はざっと周りを見回す。

 相変わらずの本の山。何冊か読んだっきり、僕は手つかずのままだ。

 以前の主達と、今いる僕達。四人ぶんのニオイが、この部屋にはある。

 個人的には、この場所を気に入っていた。だからこそ、汐里の提案に乗り、この地を離れるのは、結構寂しかったりした。

「次は……どこいくの?」

「候補は色々とあるらしい。どこかの山奥とか、人の手が届かない所じゃないかな?」

 屋久島なんていいですね。と、笑う汐里を思い出す。

 確かにそこなら獲物に事欠かないだろうが、見つかるリスクも高い気はする。

「……そう」

 どこかしおらしく、そう言ったっきり、怪物は枕に顔を埋める。機嫌を損ねた訳ではないらしいが、どうしたのだろうか?

「どうしたのさ」

「……レイと、のんびり暮らせたらいいのに」

 ぼやくその一言は、ついさっきの会話を思い出す。

 少なくとも、のんびり静かに暮らすなんて事は、暫くは出来そうもないのだ。


 ※


 ――数分前。


「さて、レイ君。大輔達が帰った所で質問しますが、さっきの同盟っぽいアレ。抜け道が用意されているのは気づいていましたか?」

 再び僕達三人になったロッジの庭で、唐突に汐里は口を開く。

 椅子から僕の膝上に移動した怪物を見て、少しだけ呆れたような顔も見せてはいたが、が目はいつになく真剣だった。

「抜け道?」

「はい。アレは、大輔のファインプレーですね。私達との関係性やらを曖昧にしつつ、ちゃっかり情報共有しよう。と、持ち掛けて来たんです」

「……でも、偶然出会う事を前提にしてるなら、狙ったタイミングでは共有出来ないんじゃ?」

 首を傾げる僕に、汐里はお馬鹿さんですね~。と、笑う。

「あれは詭弁です。実際考えて見てください。大輔は私達を探せは出来ないでしょうが、私達は違うでしょう?」

「……あ」

 思わず納得する。蜘蛛に変化し、秘密裏に会う。他者を操り情報を送る。色々やりようはあるではないか。

「そういう事です。私達が生きている限り、何らかの変化は必ずある。大輔は大輔で、情報を集める格好の位置にいます。互いに生き残りたいなら、情報を集める事はその娘を守る事に繋がるんですよ?」

 そう締め括り、汐里は捕らえた顔無し達を見る。

「あの彗星は、切っ掛けでしかなかったのかもしれません。もしかしたら、近い将来に、地球外生命体が当たり前のように闊歩する時代が来るのかも」

「……笑うとこかな? これ?」

 色々と物騒すぎるだろう。

 そんな僕の考えを見抜いたのか、汐里は首を振る。

「わかりませんよ? 友好的な存在が、いないとも限らない。その逆もしかりです。今でこそ、人間は文明社会の頂点にいます。が、それはあくまで、人間並みの知能。あるいは、人間並みの攻撃性をもつ生命体が現れなかったからこその結果です」

 脚を組み換えながら、汐里は続ける。

「だからこそ、楽しみです。人間がこれからどうなるのか。静かに忍び寄ってくる未曾有の混沌に、どう折り合いをつけて行くのか……興味がつきませんよ」

 頑張って寿命は延ばしてみるもんですねぇと、宣う汐里は、本当に楽しげだった。

 その頑張るが、見た目エイリアンな生き物を食べちゃうことに繋がるのは、何とも汐里らしい。……口に出したら怒られそうだけど。


「人間がどうなるか……だなんて、何か他人事じゃないかい?」

「他人事ですよ。だって私達は……怪物ですから」


 人間に比べたら、明らかに少数派なんです。


 そう締め括り、汐里は静かに立ち上がる。ゆっくり背伸びをするようにしてから、彼女は再び僕達の方を見る。


「と、いう訳で。お引っ越しといきましょう。必要なものやらは纏めておいて下さいね。明朝……は目立ちますね。明日の夜に出発しましょう」

「了解だ」


 そうして、話は戻る。僕らは再び旅立っていく事になった。時代の変化に呑み込まれぬよう、今はさ迷う時期なのかもしれない。

 分からぬ謎は保留しつつ、いつか分かる時が来るまで、今を生きる。

 奇しくも、そんな後ろ向きなまま前に進む生き方。あるいは方針は、僕が人間だった頃と同じだった。

 結局。怪物になろうが、神様になろうが、その人の中身はそうそう変わらないらしい。


 ※


 引越しの準備は、あっさり終わってしまった。やることもなく、僕はロッジの周辺をぶらぶら歩いていく。

 特に理由はない。ただ手持ち無沙汰になっただけだった。

 ついさっきまでは、怪物もちょこちょこと後ろをついてきていた。が、何があったのか突然立ち止まり、踵を返してロッジへ引っ込んでしまった。

 不思議な事もあるもんだとは思うが、彼女ももしかしたら、一人になりたい時があるのかもしれない。そう言い聞かせて、自分を納得させた。


「ん? でも待てよ? アイツ、一人にしていいのか?」


 最初の決別の時然り。

 僕が怪物に作り替えられた時然り。

 桐原と京子との決戦した時然り。


 彼女が自分の意思で僕の前から消えた時は、大抵僕の身に何かと洒落にならない出来事が降りかかってくる気がする。

 ジンクスだと決めつけてはそれまでだが、何だか落ち着かなかった。

「考え過ぎ……だよな?」

 呟きに答える者は誰もいない。当然だ。汐里は汐里で準備をしている。ここには僕らしかいないのだ。

 他の誰かが来る訳は……。



「そうだね。考え過ぎはよくない。時には立ち止まり、肩の力を抜く事も大切だよ」



 背後から、声がした。

 懐かしい声。いつかもこうして、後ろから急に話し掛けられた。不意打ちが好きに違いない。

 ゆっくりと振り替える。そこには、ここにいる筈がない奴がいた。


「……あ」


 声が、少しだけ震えている。

 どうして? といった疑問も、今は忘れた。

 考えることを放棄しなければ、やってられない事もある。


 そこにいたのは、少年のような顔立ちの男だった。

 金色とも、銀色ともとれる髪は、整いすぎた彼の容姿に、良く似合っている。

 血のように赤い瞳は、悪戯が成功した子どものように、喜悦で輝いている。

 病的な程に白い肌も変わっていない。そして何よりも――。


「久しぶりだね。レイ君。よもやまた会えるとは思わなかったけど。元気そうで安心したよ」


 人を小馬鹿にしたようなアルカイックスマイルは相変わらず健在で、それが僕を安心させる。

 明星ルイ。僕の友人であり、お義父さんな青年が、そこに立っていた。


 ※


 永い前日譚の後始末は終結する。

 待ち受けていたのは少しずつ変わる未来。その道標として、再び白い怪物は舞い降りた。

 それは儚くも朧気な、夢の続きのような再会で――。


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