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名前のない怪物  作者: 黒木京也
外伝 Monster Days
113/221

名も無き者共の後始末≪中編≫

 叔父さんが現れてからの流れは、なかなかに劇的だった。

 久しぶりの挨拶を交わす間もなく。困惑しつつも、汐里に促されるままに椅子に腰かけた叔父さんと、その後輩らしい女性の刑事さんも交え、取り敢えずは話し合いの席がもうけられた。


「さて、地球外生命体対策課の小野大輔さん。ここに来た目的は、そこの顔無し共の調査……で、よろしかったですか?」

 芝居がかった口調で問う汐里に叔父さんは緩慢な動作で頷いた。

「ああ。一応はな。こいつらは死んでるのか?」

「生きていますよ。貴重なサンプルですからね」

 汐里の言葉に、ふむ。と、頷きながら、叔父さんは途方にくれたように頭を抱えた。

「捕獲が目的だったんだが……。まさか先に差し押さえられてるとはな」

「捕獲ですか……。私達と戦う前のこいつらならともかく、今は止めておいた方がいいですよ? 普通の人間の手には負えませんから」

 頭を振る汐里に、叔父さんはだよな。と、言わんばかりに、煙草を取りだし、火を点ける。

「上も焦っている。わずかながらも、地球外生命体による被害が、少しづつ増加しているんだ。にもかかわらず、情報がまるで少ない」

「もしかして、顔無し以外にも、怪物が目撃されているってこと?」

 僕の問いかけに、叔父さんは神妙に頷く。

「協力体制をしいてくれている教授さん達は、興奮したように息巻いているよ。環境の激変だ。新たな時代への突入だってな。呑気なもんだ」

 紫煙を燻らせながら、叔父さんは僕と汐里を見る。

「……もしかして。ですが、私達の捕獲も、任務に入ってたりします?」

 挑戦的な汐里の言葉に、僕は思わず息をつまらせる。考えてみれば、有り得ない話ではない。叔父さんはまさに、地球外生命体を捕獲する、絶好のポジションにいるのではないか?

 僕の不安げな視線を見てとったのか、叔父さんは肩を竦めた。

「連れてけば保護する。と、上は言っている。だが、あんま信用できんのが本音だ。だから報告する気はない。安心しろ」

「……そりゃあ、貴方はそうでしょうね。けど……」

 汐里の視線が、叔父さんの隣にいる、女刑事さんに注がれる。

 ウエーブのかかった、長い黒髪。涼やかな目元と、泣き黒子が印象的な女性だった。

 叔父さんは大丈夫だとしても、この女の人はどうなのか。そういうことなのだろう。

「……聞いてたろ? 雪代。こいつらの報告はなしだ」

「……何かお考えがあるんですかぁ? 警部、情報が少ないと、嘆いてたじゃないですか」

 何故か怪物を凝視していた雪代という女性は、流し目を送るように叔父さんを見る。

 後輩から先輩へ向けるものとは思えない、一癖も二癖もありそうな視線だった。

「あるさ。そもそも、こいつらを捕らえるのが無理だ。そんな労力を使うくらいなら、互いの情報を共有した方がいい」

 意思疏通も出来るしな。と、叔父さんは締め括る。

「上に内緒で、協力体制を?」

「協力体制っていっても、そんな本格的なものじゃない。俺達が戻る頃には。コイツらは雲隠れだろう。まぁお互いの為にも、それがいい。ただ、今ある情報だけ交換できればいい。勿論、今後もな」

 こちらを見る叔父さん。汐里の方を確認すると、彼女は少し考えるような仕草を見せてから、僕の方を向き頷いた。


「偶然出会えたら情報共有。それ以外は離れて行動。地球外生命体に関われば今回のように交わる事もあるかもしれない。曖昧な共闘というやつですか」

「そうだ。生憎、今は信用できる相手が少ない。地盤が整うまではそっちの方がいいと思うが。どうだ?」


 叔父さんと、汐里と、雪代さんの視線が僕に集まり……。

「って、え? 僕に聞くの?」

「そりゃそうです。今いる中で強く、かつ長生き出来そうなのは、レイ君とその()ですからね。今後の貴方の生き方にも関わってくるんですよ? しっかり自分で決めなさいな」

 頷く汐里に賛同するように叔父さんは下手くそなウインクをする。

「俺の方は確認だ。関わりたくないなら、拒否しても構わない。そこの顔無し共をのしてるあたり、お前なら生き延びれる気もするしな。後はこっちで調べておくさ」

 叔父さんの背にある、ショットガン。ここで奴らに遭遇したら、使うつもりだったのだろうか。

 生身の人間である、叔父さんは、これからも戦い続ける。叔父さんこそ、拒否したくはないのだろうか。

 そこまで考えて、ああ、出来ないのか。と、当たり前な事を悟る。

 だって、僕がいるから。何より、地球外生命体によって、犠牲が出てるから。

 叔父さんが戦う理由としては充分なのだ。だから……。


「分かった。叔父さんの提案に乗るよ。僕も、情報は欲しかったし」


 頷く僕に、叔父さんは安心したように顔を綻ばせた。

「……ああ、長い付き合いになりそうだ。よろしく頼む」

 固い握手を交わしながら、僕と叔父さんは微笑み合う。

 こうして、口約束の同盟は結ばれた。紙面に残された訳でもない、水に書いたような、拘束力も欠片もないものだけど。共通の存在に備えるという理由だけは、一致するから。


 叔父さんからもたらされた情報は三つ。


 一つ。地球外生命体は、顔無し以外にも他の個体も確認されている。

 地球外生命体の捕獲に、警察以外の組織も躍起になっている。

 そして――。京子の死体。

 掘り起こされて、行方知らずだった彼女は、今は研究の重要なサンプルとして利用されてしまっていて、叔父さんの手では取り返しようがないこと。この三つだった。


 現状は、絶望とまではいかないが、悲しい現実と、途方もないものに立ち向かうような感覚で、僕を苛んでいく。


 今日よりも明日は悪くなる。そんな中でも、僕は進むしかない。

 生きるしかないのである。

 汐里の言葉を借りるならば、それが全ての生物の、〝本能〟だから。


 ※


「てか、警部を人質にすれば彼ら簡単に釣れるんじゃないですか?」

「お前な……いや、礼を言うべきか。あそこでそれ言われたら、話に収集つかなくなるだろうしな」

「空気読める女なもんで」

「黙れ」

 帰りの車の中で、小野大輔と雪代弥生は軽口を叩き合う。

 得られた情報に感想を漏らし合いながら、二人は署を目指す。

「まぁ、上司とはいえ、警部が他の奴の手に落ちるのは我慢ならないので。私も協力はしますよ。今は」

「……そりゃどうも」

 不穏な単語が混じっていた気もしたが、今はそれでいい。元々信用という言葉からは、ほど遠い女だ。旨く転がすという形で、折り合いをつけるしかないだろう。

 大輔はそう結論づけながら、ハンドルを切る。

「それに」

「ん?」

 付け足すように呟いた弥生を、大輔は横目に見る。高速道路の外灯が、彼女の端正な横顔を照らしていた。


「それに、警部と秘密を共有するのも悪くはないです。あの怪物達も、骨があるみたいですし。警部側についた方が楽しそうです」


 クスクスと、妖艶に笑う。

 冷ややかに、どこか楽しむように。その様は、何故か無機質な陶器を思わせた。

「とんでもない女だ」

「惚れちゃいました? 今夜空いてますよ?」

「間に合ってるよ。バァカ」

 弥生をいなしながら、大輔は内心でもう一つ。バァカと呟いた。

 弥生は、今回結ばれた同盟の〝抜け道〟に気がついているだろうか。

 向こうは恐らく、汐里が気づいている。レイに説明は入るだろう。


「ここからが、本当の勝負だ」


 アクセルを踏みながら、大輔は舌で唇を濡らす。

 レイ達からもたらされた情報は、今までにない、凶悪な存在の示唆。他の個体もまた、非常識な力を持ち合わせているのかもしれない。それが善意の元に奮われるか、悪意のままに利用されるのか。まだ誰も分かりはしない。

 だが、不屈の刑事は決して臆することはない。

 それが幾多の犯罪者を沈めてきた、小野大輔のスタイルだから。


「ところで警部。あの三人のうち、黒髪でセーラー服の子。何て名前なんですか?」

「あん? ……米原侑子。いや、違うな。あの子はあの子だ。名前はないが、俺にとっては恩人みたいなものだ」

 紆余曲折。色々とあったが、少なくとも、今はそう思える。久々に再会したレイは、迷いが消え、スッキリとした顔になっていた。男の顔という奴だ。

 思い出し、どこか嬉しげに笑う大輔の横で、弥生は「へぇ……」と、呟く。


「名前のない怪物……か」


 噛み締めるようにそう言ってから、弥生は話は終わりと言わんばかりに助手席のサイドガラスから外の景色を見始める。

 意図の掴めない質問に戸惑いながら、大輔は運転に集中する。


「いい身体してたなぁ」

「何か言ったか?」

「いえ別に」


 それっきり、会話は途切れた。

 今宵の腹の探り合いは終わり、二人の刑事は帰路へつく。

 背中を預けるようで、その実ナイフを向け合うかのような関係は、どうやらまだまだ続くらしい。

 大輔は自嘲するように笑いながら、煙草を取りだした。

 肺を満たす甘やかな痺れが、今は無性に恋しかった。

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