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名前のない怪物  作者: 黒木京也
外伝 Monster Days
112/221

名も無き者共の後始末≪前編≫

 顔無し達を半殺し……もとい、四分の三殺しにしてから、僕は彼らをズルズル引きずるようにしてロッジに戻る。勿論、蜘蛛糸でばっちりぐるぐる巻きだ。

「おや、遅かったですね。おかえりなさい、レイ君」

「おかえり、レイ」

 汐里と怪物が、庭にテーブルを置き、にこやかに出迎える。汐里の元には、紅茶の入れられたティーカップが。怪物の傍には僕の血が注がれた、ワイングラスが置かれている。

 月夜の元、見た目麗しい美女と美少女が寛いでいる……ように見えなくもない。

「ああ、ちゃんと持ちかえってくれたんですね。いい子です」

「……無事でよかったよ」

 僕の何とも言いがたい視線を無視して、汐里は顔無し達を見ながら、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 僕も色々と伝えたいことは山ほどあったが、取り敢えず、それだけ告げることにする。

 すると汐里は、肩を竦めながら、困ったように首を横に振った。

「まぁ、完全に無事。と言えないのが悔しいですね。私の存在をだまくらかして、後は貴方に押し付けてしまいました。まさか複数体いるとは思いませんでしたしね」

 そう言って、汐里はスーツの上着を脱ぐ。ワイシャツやパンツスーツのあらゆる部分は破れ、際どいところまで露出している。剥き出しになった肌には、赤黒く変色した痛々しい傷跡が幾つも残されていた。

 奴等にかじり取られたのだ。

「再生速度も、著しく落ちています。いよいよお迎えがくるかもしれませんね」

「……やめろよ。ホントに死んだと思ったんだ」

 笑えないし、泣きそうになった。口には出さないが。

 そんな僕を見ながら、汐里はクスクスと笑う。

「……傷は大丈夫なの?」

「まぁ、死なない程度には。よってたかって色々なとこを噛まれてしまいましてね。まぁ、負けじと噛み返して、私を食べたという偽の記憶を植え付けてやったんですけど。……動けるようになるまで、少し手間取りました」

 身体所有権の剥奪能力。その応用編たる記憶操作。汐里は、それによって難を逃れたのだ。

「すぐに貴方に警告しようかとも思ったんですけどね。せっかくなので、今の実力も見ておこうかと思いまして」

 つまりは、わざと僕にあてがった。そういことなのだろう。トランシーバーを顔無し達の前に置いていったのは、彼女なりの気遣いだろう。遠回し過ぎるが。

「さて、縄張り争いの感想は? 是非聞きたいです」

 ワクワクしたように、僕を見つめる汐里に、起きた事やらをありのままに話す。

 淡々とした、生存競争。その顛末を語り尽くした僕は、最後に正直な本音を漏らした。


「以上、だよ。……正直、あんな戦いはあまり頻繁にはやりたくないな」


 それは、素直な僕の気持ちだった。が、汐里はその回答が不満だったらしく、小さくやれやれ。と呟いた。

「成る程ね。ところでレイ君。貴方は彼らと戦ってみて、何も……感じませんでしたか? 本当にそれだけ?」

 首を傾げる汐里に、僕は頷く。他に何を感じろというのだろう。そんな僕の気持ちを汲み取ったのか、汐里は手を伸ばし、まるであやすかのように僕の頬を撫でる。

 パキン。と、何かが割れる音がした。見ると、怪物の手にあったワイングラスが弾け飛んでいる。

 拗ねたような、恨みがましい。それでいて刺すような視線から、僕は今は目を反らす。

 だってどうしようもないんだ。仕方ない。

 てか、君。少し余裕を持とうよ。


「レイ君。私はね。正直、とても怖いと思いましたよ」


 そんな僕の焦りなど知るよしもなく、汐里はそう言って、僕の引きずってきた顔無し達を見る。

「ある程度の知能に加え、捕食した対象の能力をそっくりそのままコピーする。更には、それを仲間内で共有する……これが指し示す物が何か、想像はつくでしょう?」

「……更なる進化?」

 僕の回答に、汐里は静かに頷いた。

「ここに来るまでの間に、何人か人間が襲われています。私達の能力に至っては、完全に捕食していないにも拘わらず、使えるようになっている……」

 考えたくはないがこれが、完全に汐里を捕食していたとしたら……。

「食べれば食べるほど強くなる。これ程恐ろしいものはありません。人類は科学技術の発達という形で、今も擬似的な進化を続けながら、発展しています。ですが、彼らのそれは、人間のそれを上回る速度です」

 指でそっと、僕の頬を弄びながら、汐里はますます真剣な表情で僕を見た。

 怪物はますます不機嫌そうな顔になる。

「しかも不幸な事に、コイツらが最後の個体だ。という保証が、今はありません。我々が生きる限り、第二、第三の群れが来ないとも言えないでしょうね」

「……それは」

 絶望的な話だ。手こずりはしなかった。だが、それはあくまで今の段階ではの話だ。

 汐里が伝えんとする事がようやくわかった。

 これがもし……。

「言語や、コミュニケーション手段もまた、生物の進化の形だと私は感じています。人類が出現して、いったいどれ程の年月が経ったと思います? 彼らは、その血の歴史というべきものを、意図も簡単に複製(コピー)したんです。たった数人の捕食で……ね」

 進化する怪物。だが、それは僕達、アモル・アラーネオーススに限った話ではない。

 そういうことだ。

 僕が黙ったままでいると、汐里は目を細め、どこか試すように、僕の顎を指で持ち上げる。キスすら出来そうな距離で、汐里は静かに囁いた。

「弱気に、なりました?」

「まさか」

「では、男の子らしく、燃えてきました?」

「もっとまさか。さ」

 その二つは、どちらも該当しない。僕が考えるのは一つ。ただ、自分と怪物(かのじょ)の平穏を守るだけ。

 ただそれに全力を尽くせばいい。

「……なら、心配は要りませんね」

 僕から離れ、ティーカップの残りを飲み干すと、汐里はさてと。と言わんばかりに立ち上がる。


「まぁ、彼らの脅威に関する議論は、この辺にしておきましょう。正直、サンプルが足りません。私達が危惧しているものよりも、弱い可能性がありますしね。深く考えるのは止めです」

「え? あ~……まぁ、それも、そうだけど」

 彼女自らが提示した恐怖が、彼女自身の手で切り捨てられる。何故だか違和感を拭えない。汐里なら、僕を巻き込んで延々と議論しそうなものなのに。

 らしくない。と、僕が首を傾げていると、次の瞬間。汐里はとんでもない行動に出た。

 不意に、顔無しの一匹に噛みついたのだ。

「って、汐里!?」

「……ぷは。あまり美味しくないですね」

 紅に染まった汐里の舌が、艶かしく口元を(ねぶ)る。そして――。


「私の下僕(げぼく)よ、起きなさい」


 凍るような声で、命令が下される。顔無しの一匹が身じろぎする。その瞬間、汐里の手が閃き、顔無しを拘束していた糸を切断する。

「さて、先ずは挨拶がわりです。その四肢、〝封じて〟もらいましょうか」

 無表情のまま、汐里は顔無しに次の指示を出す。紫に染まった顔無しの爪が、自らを切り裂き、肉に突き立てられる。ビクリビクリと身体を痙攣させながら、顔無しは倒れた。

「何を……?」

「いや、ね。これからやることは、私の身体をこいつに近付ける行為でして。動きを封じる必要があるんですよ」

 乾いた声で尋ねる僕に、汐里は虚ろに笑う。いつぞやに対峙した時を思い起こされる微笑みに、僕の背中にゾワリとした戦慄が走る。

 やる? 何を?


「何、大したことではありません。ちょっと一匹〝食べる〟だけです」

「いや、まて。どうしてそうなる」


 そうか。きっと食べる違いだよね? 性的に食べるとかそういう……あれ? それはもっとヤバイな。


「勿論、eat。そのまんま、食べるということです」

「いや、何故に?」

 もう訳が分からないよ。そんな心の叫びが届いたのか、汐里はにんまりとした顔で頷いた。

「いえ、ね。今この怪物は、私とレイ君、そして、ルイの力を取り込んでいる。突き詰めていえば、私のコピーでもある」

「えっと、つまり?」

 それがどうして、食べるに繋がるのだろうか?

「私の力は、癪ですが桐原から与えられたもの。桐原の力が流れているんです。さて、そんな私のコピーが、この怪物です。素晴らしい栄養源になるとは思いませんか?」

「……おい、まさか」

 乾いた声で僕が尋ねると、汐里は益々恐ろしい表情になる。

「しかも、こいつはルイの能力を発動した。それすなわち、私の中にルイがいる。その証明に他ならないではありませんか……!」

 その目を見た時、僕は悟ったのだ。

 ああ、止められない。こうなっては、どうにもならないだろう。

 もとよりその身に狂気を宿した彼女に、僕の声は届きはしないのだ。

「どのみち私は、死を待つばかり。ならば賭けに出るとします。本当に癪ですが、ここは突然変異(ミュータント)の因子をもつ、桐原の力にすがるとしましょう」

 それは、きっと桐原(カレ)も大喜びだろう。汐里が望むなら、進んでその身を捧げるに違いない。


「……グットラック?」

「どうも。あまり気持ちがいいものではありませんから、お部屋にいてもいいですよ?」


 そう言うや否や、汐里は身体を震わせて……。

 その姿をさらけ出す。かつて嫌悪した異形の身体を、惜しげもなく。


 練り菓子を掻き回すような音と共に、さっきまで彼女の手足があった部位から、黒光りする節足が生えてくる。鉤爪付きの八本の足が出現した刹那、〝それ〟は同じく黒い腹を地に擦らせながら、ブルリと身を震わせた。

 人間離れしていく汐里の身体。やがて、異形の胴体に残された、虚ろな眼窩をした女の顔が、真っ二つに裂けた。

 突き破るようにして現れたのは、鋏のような顎と、血のように赤々と光る八つの目――。


 それは、巨大な黒い蜘蛛だった。

 見るだけで正気を失うようなその姿こそ、地球外生命体たる怪物――。アモル・アラーネオーススの正体だった。


「頭からだと危険かもしれないので、爪先から小刻みに頂きましょうか……」


 カシャカシャと、鋏を打ち鳴らすような音を立てながら、『汐里』は顔無しに近付いていく。ゆっくりと、死神のように。

 蜘蛛のそれでは、確かめようがないが、僕はそれが、確かに笑っているように見えた。


 ※


 後は沈黙したい。語るに耐えぬ肉の饗宴は、ものの数分で終焉を迎えた。そして――。

「ふぅ、ご馳走さまです」

「……う、うん」


 全身血みどろの体液まみれなまま、汐里は仕草だけは上品に口元を拭う。

 僕は何と声をかけたらいいか分からず、曖昧に頷いた。

「……レイ」

 くいくいと、僕の袖を引っ張る怪物。いつの間にか、僕の背後に回ったらしい。

 あの殺戮の横を素通りする辺り、彼女もやっぱり剛の者だ。

 戦いから帰還し、彼女の方を振り向きたいのは山々だが、僕は目の前の女と、顔無しの残骸から目が反らせない。

 顔無しも怖い。けど、それ以上に僕は汐里が恐ろしかった。

 考えてみれば、あの京子と手を組むような女なのだ。まともな訳がないのだ。

 だけど……。

 それでも、今は敵ではない。血を舐めとりながら、こちらを挑発的に見てくる汐里は、いつものお師匠様の顔。すなわち、僕をからかうときの表情だ。それを見てとれた僕は、少しだけホッとした。

「血とかで服が濡れてしまいました。ドキッとしましたか?」

「するか。てか、服作りなよ」

「ここでストリップしろと?」

「……いや、止めてくれ」

 裾を引っ張る手が、僕の肉を抉る手に変わりそうだ。

 すると汐里は、クスクスと笑いながら僕の後ろを見る。

「まぁ、そうでしょうね。それに、事はまだ終わってないようですし」

「……っ!?」

 汐里の言葉で、僕は緩みきっていた警戒を、再び強める。

 感じたのは、人の気配。それも複数がすぐ近く。

 弾かれたように振り向くと、怪物の花のような笑顔が……って、違う!


「誰……だ?」


 少しだけ、思考が停止した。

 そこにいたのは、確かに人間だった。が、僕にとっては予想外過ぎる人物で……。


「レイ、お客さん。パンツのおじさん」


 怪物よ。それは止めてあげてくれ。案の定、その人物も顔をひきつらせている。

 勿論、理由は怪物の紹介だけではないだろうが。


 相変わらずな怪物はさておき、血塗れの汐里。少しボロボロの僕。加えて、山積みにされた顔無し達。そして、何かの肉片。

 混沌という言葉が、これ程似合う状況も、なかなかないだろう。

 その証拠に、その人物――。大輔叔父さんは、どこか当惑したように口を開いた。


「おい、こりゃあ……どういう状況だ?」



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