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名前のない怪物  作者: 黒木京也
外伝 Monster Days
109/221

名も無き者共の奮闘≪前編≫

 ひしゃげて潰れた乗用車を眺めながら、小野大輔は静かにため息をついていた。

『都内会社員、失踪・転落事件』

 仕事の後に忽然と姿を消した、某企業の営業サラリーマン、斎藤悠平。彼が末路を迎えるまでに辿った、一連の不可解な事件に付いた表向きの名称だった。

「所轄からウチに回されたって時点でお察しですよね~……」

 傍らにいる女刑事、雪代弥生が皮肉気に呟く。それに曖昧に頷きながら、大輔は辺りを見渡す。

『地球外生命体対策課』

 この胡散臭いことこの上ない部署に配属されて、はや数週間。それは、毎度毎度、関連性の欠片もない場所で目撃される、顔のない怪物に振り回され続けた期間を意味していた。

「空でも飛んでるのか。移動速度が速すぎるのか……」

「不思議ですよね~。北海道で夜に目撃されたと思いきや、翌朝には青森でしょう? そんなに速いなら、襲われたらひとたまりもないですね」

「俺が一番不思議でならないのは、何でお前まで俺の異動についてきてるのか。だがな」

 隣にて緊張感のない声で首をかしげる弥生。この度、大輔と同じ部署に配属されたのである。

 正直、怪物共と同じくらいに油断のならない存在ゆえに、大輔にとっては密かに頭痛の種となっている。

 上の人間曰く、大輔とコンビを組むことが多く、かつ有能。という理由らしいが、いまいち釈然としない。

「まぁいい。被害者、斉藤悠平。事件前日の夜に、富士樹海に入るとこを目撃されている……入った理由は」

「自殺……じゃないですか? 調べたら家庭事情ボロボロのドロドロですし」

 でもこの程度で死のうとするなんて、〝骨〟のない人ですよね~。などと、弥生は付け足す。軽々しい発言に皺を寄せつつ、大輔は再び、資料と現場を見比べる。

「問題はその後だ。仮に自殺を決めていたとして、何故戻ってきた?」

「件の怪物に出くわしてしまったからでは? 奇妙な足跡が、車体に残されていたじゃないですか」

「それも一理ある。だが、現場と樹海は、車でも一時間以上の距離がある。現状、高速移動。ないし、空を飛べるのでは? と考えられている怪物から、そんなに逃げられるものか?」

「じゃああれです。ギリギリ踏みとどまった」

「……樹海に入ってか? 入る前ならわかる。が、樹海に残されていたタイヤ痕と、謎の足跡。ガイシャのと一致してるんだ。鑑識の話じゃあ、斉藤は、車も何もかも捨てて、一度完全に樹海に入り込んでいるんだとよ。……寧ろ、よく戻ってこれたな」

 頭を抱え、考え込む大輔を弥生は楽しげに見る。

「警部。なら提案です。その樹海とやら……行ってみませんか? ここにいてもラチがあきませんし」

「……お前と樹海に行くなんて、嫌な予感しかしないんだが?」

 笑みを絶やさない弥生に、大輔は微妙な表情のまま、鼻を鳴らす。

 視線をずらし、再び壊れ、所々に血痕の付いた車を観察する。

 目ぼしい手懸かりは……。

「……ん?」

 あった。車内運転席。丁度死体があった場所だ。

「警部? どうしました?」

 背後で首を傾げる弥生を無視して、大輔はそれに手を伸ばす。

 まるで、運転席に乱暴に塗りつけたかのような、粘着質なそれを、大輔は手袋をはめ、慎重に引き剥がす。

 大輔にとっては、ある存在を連想させて絶えないもの……蜘蛛の糸だ。

「……偶然。じゃ、ないよな」

「詳しい事情説明なしで、ひたすら警部の三歩後ろ。私悲しいです。少しは構ってください。怪物なんて訳の分からない話だけでお供するなんて、私は何て理解のある女なので……」

「わかったわかった。説明するから少し黙れ」

 証拠品として採取したそれを、保存用のパックに入れると、大輔はゆっくり立ち上がる。

 オーバーリアクションで、両手で口を塞ぐ弥生を呆れ気味に見つつ、大輔は溜め息をついた。

「少し長くなる。移動しながら話すぞ」

「はぁい。お願いしまぁす」

 やった! と、言わんばかりにはしゃぐ弥生の様子に、大輔の気がますます落ち込む。

 どこまで話そうか。それもある。だが……。


「何だろうな。お前に話したら、何だか取り返しのつかない事態を招きそうだ」


 繰り返すが、雪代弥生という女は、油断ならない。所謂刑事の勘というやつだが、大輔の中ではそれはもう確定事項なのである。


 ※


「……レイのいくじなし」

 すぐ横で、拗ねたような声がする。

 つい一時間程前、晴れて想いを通わせた怪物が、ベットにゆったりと寝そべったまま、恨みがましい視線を僕に向けていた。

「いや、やっぱり無計画な家族計画はダメだ。うん」

 彼女に腕枕しながら、僕はそう取り繕う。

 互いの服ははだけて、シーツが乱れている。上気した彼女の肌は、それはそれは蠱惑的で……違う。そうじゃない。

 実際、危ない。というか、結構スレスレだった。けど。いざ彼女に色々と触れかけた時。ふと、僕は物凄い事に気がついた。


「ゴム……ない」

「ごむ? ……ってなに?」


 あの会話を思い出すだけで、顔から火が出そうだ。

「レイ……酷い。嫌がる(ワタシ)を、無理矢理……」

「語弊ある言い方やめろ」

 そんな中で色々な気持ちがぐるぐる駆け巡り、気がついたら、抵抗する半裸の女子高生に、服を着せる男の図がそこにあった。

 何だか色々と間違っている気もする。

「……ごむ? があればいいの?」

「女の子がそんな事言うんじゃありません」

 ピシャリと言い放つ僕に、怪物はますます不満そうな顔で、身を寄せてくる。

 柔らかい感触は確かに僕の精神を揺さぶるが、今は何とか持ちこたえれた。

「……君を、大切にしたいんだよ」

「……されてる。充分に」

「もっと。だよ。僕がそうしたいんだ」

 ご機嫌取りなどではなく、本心だ。それは伝わるのか、怪物はどこか幸せそうに微笑んで。

「じゃあ、レイの……頂戴」

 次の瞬間、その表情は、妖艶なものに成り変わる。誘惑するように、白く細い指が、僕の頬と、唇をなぞり、そのまま下へ。

 ねだるようなその目に見つめられると、僕が弱いことを果たしてコイツは知っているのだろうか。

「……お手柔らかに頼むよ」

 促されるがままに、僕は首筋を差し出す。そこに引き寄せられるようにして、怪物の唇が……。


 甘ったるい時間は、そこまでだった。

 不意に、耳にこびりつくような雑音が響いた。

「……邪魔ばっかり」

 僕が離れていくのを、怪物は寂しげに眺める。それに少しだけ心を痛めつつ、僕は音の発信源へと歩いていく。

 部屋の壁という壁を覆い尽くす本棚の中に、本ではないものが置かれている場所がある。

 それは、地球儀だったり。方位磁石だったりと、大して意味を成さないガラクタが殆どなのだが、そんな中に唯一入り用な物が一つ。

 電池式の、小型トランシーバーだ。

 携帯電話の普及で、廃れてしまったそれだが、汐里による魔改造によって、結構な長距離からでも会話が出来る優れものだ。

「……どうしたんだろ?」

 あくまでも、必要になるかもしれないという理由で用意されたものだった。汐里と生活を共にして数ヵ月。一度も鳴らなかったそれが、何故?

「こちらレイ。汐里? どうしたの?」

 深く考えずに、僕は呼び掛けに応じる。

 が、スピーカーの向こうには、ただひたすら沈黙が保たれていた。

「……汐里?」

 僕が再び呼び掛けるが、反応は無し。

 ポケットに入れていた物が勝手に作動してしまったのだろうか?

 僕がそう思い始めたその時だ。


「ピュピナ、ピュン、ピピュダ。ピピピコレ」


 今まで聞いたこともない声が、耳に入り込んできた。


「……え?」


 得たいの知れない寒気が、僕を襲う。人の口で、こんな発音が出来るのか。

 そもそも、この声の主は人なのか。浮かぶ疑問は多々あるが、今僕が猛烈に気にしているのは、別の事柄だった。


「……お前、何だ? このトランシーバーは……汐里が隠し持っているものの筈だ。何で……」


 考えうる、最悪の事態が頭の中を支配する。いるなら、返事してくれ! そう叫びたかった。だが、現実は無情にも、謎の声にて、僕の心を裂く。


「ピュタリ、ピナ、ピイ。ピュピモッ、ピト……ピエ、ピサ……」


 理解不能の恐怖。僕がそれをありありと感じるより先に。

 固いものが握り潰されるような音がした。

 後は沈黙。ウンともスンとも言わなくなったトランシーバーを睨み付けたまま、僕はその場に立ち尽くす。


「ウソ……だろ?」


 ようやく、前に進んだのだ。戻ってきたら、報告しよう。お礼も言おう。そう思っていたのに。


「汐里が……やられた?」



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