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名前のない怪物  作者: 黒木京也
外伝 Monster Days
100/221

名も無き者共の再来≪中編≫

 落ち着いて、今の状況を説明しよう。場所は変わって、ロッジのリビングルーム。どこぞの刑事な叔父さんよろしく、パンツ一丁にひんむかれた僕は、訳もわからぬままにその場に立たされた。

 撫でるように、感触を確かめるかのように、汐里の手が僕の身体中をまさぐっていく。手袋越しに熱が伝わるようで、何だかこそばゆい。というか。もはや羞恥プレイと言っても差し支えない。何が悲しくて、知り合いに毛が生えたくらいの女性の前で、服を脱がねばならぬというのか。

「レイ君、動かないでください」

 耳元でそう囁きながら、汐里は首筋、肩、背中へと、手を這わせていく。無駄に身体が近い。端から見れば、絶対何かしらの誤解が生まれそうではないか。

「……はい、大体OKですね。じゃあ、レイ君、これより貴方には、自分の服を作って貰います」

 終わらぬ責め苦に僕が身体を強張らせていると、汐里は僕から離れ、芝居がかった仕草で指を鳴らす。

 ……服?

「もしかして、その為に僕の服を?」

「ええ、そうです。糸を出すとは、アモル・アラーネオーススにとっては当たり前の事です。服を作る。巣を張る。糸を絡める。どれも初歩的なものです」

「服が……簡単なの?」

 あと二つはともかく、それは明らかに難易度が高いのではないだろうか?

「正直に言ってしまえば、服が一番簡単です。人間社会に溶け込む為の、アモル・アラーネオーススの本能に近いものなのかもしれません。衣服は、毛皮という鎧を持たない人間が辿り着いた、ある意味で進化の形ですから。その進化をも、彼女達は取り込んでいるのでしょうね」

 例が少ないので、あくまで私の考察ですが。と、彼女は付け加えた。

 なるほど、わからない。けど、変に考え出したらキリが無さそうだ。

 僕は取り敢えず、そういう形で頭を落ち着けた。

「やり方としては、自分のいつもの姿或いは、着る服を思い浮かべて、糸を射出。しっかりイメージが固まっていれば、後は勝手に糸が馴染んで、貴方の鎧となる筈です」

「イメージ……」

 言われるがままに、目を閉じて思い浮かべる。いつもの服……いつもの服……。そういえば、怪物や汐里も糸であっさりと、早着替えをやってのけていた。怪物的な目線でいうならば、本当に当たり前の事なのだろう。

 アイツが黒いセーラー服しか着ないのは、米原侑子がいつも着ていたからなのか、捕食した時が、たまたまその服だったからなのか。

 ……色んな服を着たいとは思わないのだろうか? 一応アイツだって女の子だし。

「余計な事は考えない方がいいですよ」

「へ? う、うわっ!」

 汐里の一言が、僕を現実に引き戻す。思考が頭の中でぐちゃぐちゃになった瞬間、僕はうなじがざわつくのを感じた。

「う……わ」

 手元がむず痒い。そう思った時には全てが遅かった。短い悲鳴と共に、僕の五本指から、粘着質の糸が射出され……。

「おやおや。どうやらまだ、能力で身体をもて余している状態なんですね」

 思わず閉じてしまった目をゆっくりと開けると、そこは大惨事だった。

 不測の事態で尻餅をついた汐里の、髪や顔。肩や胸元を、僕の白い糸が穢していた。

「ご、ごめん!」

「いいえ、いいのですよ。初めてですし、仕方ないです」

 慌てて平謝りする僕をさらりと流しながら、汐里は自身にこびりついた糸を、指で弄ぶ。その表情は、どこか楽しげだ。

「自らの意志で糸を出したのは、初めてでしょう? ルイの見立ては正しかったようですね。糸の強度、濃さやしなやかさ。どれも一級品です。これならば、確かに全盛期のルイを越えられる」

 糸を掬うようにして、汐里はそれを口に含む。甘い砂糖菓子でも食べるかのような仕草に、僕は背徳感に似た寒気を覚えた。

 それ、食べちゃうのか。

「力って、やっぱり個人差があるの?」

 ふとした疑問に、汐里は静かに頷く。

「勿論です。これは原種にも、後天的怪物である、欲求対象者にも言える事ですね。ルイは欲求対象者でありながら、驚異的な力を持っていましたし、あの女も原種に相応しい力を持っていました。一方で、桐原のように原種として劣性な存在もいたり、中には極端に力が弱い欲求対象者も存在します。ただ……」

 急に溜め息をつく汐里。どんよりとした空気に堪えかねて、取り敢えず僕は彼女の肩についた糸を引き剥がす。

「ただ……何?」

 僕が続きを促すと、汐里は苦虫を噛み潰したような顔のまま、静かに語り始めた。

「この仮説は、聞いたら忘れてください。私はあまり認めたくはありませんので。私はね。力の大きさは、個体差の他に、〝愛〟も関係しているのでは? そう思うんです」


 空気が凍り付くのを感じた。


「ご、ごめん。えっと君がそんな事言うと、胡散臭いというか、似合わないというか……」

「安心して下さい。自覚はあります」

 らしくないは、ちょっと失礼だったかもしれない。絡み付く糸を丁寧に引っ張りながら、僕は反省する。

「ですがね。根拠はあるんです。四組の実験対象者達を覚えていますか? 彼らの関係性は、様々でした。恋人同士、友達以上恋人未満、まるで兄妹のような関係……等ね。怪物化後に多少の変化が有りましたが、そんな関係でした。ある一人の欲求対象者が、極端に弱かったという話をしましたよね? あれが最たる例です」

 確か、怪物に怒りをぶつけ、幾度も捩じ伏せられたという人。名前は確か、黒土(くろつち)玲音(れお)

「与えられた力を自覚するには、怪物の事を知ることになる。彼は、真っ向から怪物となった彼女を拒絶しました。桐原は、雄の劣性な個体ではある上に私に拒絶されていた」

 俗に言う、力の弱い個体の説明をしながら、「かく言う私も、そこまで力が強いわけでもありませんしね」と、汐里は補足する。

 汐里が弱いと感じたことは、今まで一度もなかったのだが、本人曰くはそうらしい。

「基本的に、原種の個別のポテンシャルと、つがい間の愛情やらが、個体差に繋がるのでは? と、今は考えています。蜘蛛の巣だらけの愛――。アモル・アラーネオーススとは、よく言ったものです」

 寒々しい事を言ったとばかりに、汐里は身震いする。根拠が通っているかどうかは、わからない。

 ただ、ルイがしていた以前の話や、ルイ自身の強さを思い返してみると、何となく納得出来なくもない。

「ま、総合的に見ても、ルイとあの女の血を引いているのが、あの少女です。貴方は彼女を受け入れ、愛した。弱い訳がないんですよ」

「愛し……いや、う~む」

 未だに面と向かって言われると、何だか恥ずかしい。というか、自分の気持ちが分からない。

 確かに、僕は彼女と共にあると決めた。だけど……これは果たして、愛なのか?

 僕が自身の葛藤で頭を抱えていると、不意に汐里が、邪悪な笑みを浮かべた。

 かつて対峙した時のような、悪意に満ちた表情に、僕は反射的に身体を強ばらせる。

 何かを仕掛けてくる?

 一瞬、そんな考えが浮かぶが、すぐに霧散する。違う。この感じは違う。彼女は何かを企むというより、何かを楽しんでいるような……。

「まぁ、その愛も、今まさに憎悪に変わってしまいそうですが」

 汐里が意味深げな言葉を漏らすと同時に、僕は後ろから、身体を貫くような寒気を感じた。〝超感覚〟というべき、僕の危機察知能力が、絶えず警笛を鳴らしている。

 早鐘を打つ心臓と、吹き出す冷や汗。それを振り切るように、僕は恐る恐る後ろを向く。


「レイ……何してるの?」


 リビングから個室へと続く扉の向こう。そこにいた存在は、かつて僕を恐怖させた者だった。魅了され、捕らえられた事もあったけど、今は純粋に、恐怖しかなかった。

 氷より冷たい眼差しで。声にズシリとした重さを加えて。何より、その柔らかな手を鋭く醜悪な鉤爪へと変えて……。

 僕のつがいとなった怪物が立っていた。


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