第9話 奪われる町
軍が管理を始めて、三日で町は目に見えて鈍くなった。
共同井戸のポンプは、一日二回止まる。航路灯は点くが、光が不安定で船は慎重になる。保存箱の修理は「申請中」で止まり、魚の廃棄が増えた。
数字にすれば小さな遅れだ。だが積み重なると、生活はすぐに痩せる。
「前は夕方までに干物が終わったのに、今は夜まで残る」
「塩も余る。売れない」
愚痴は増える。だが軍管理区画に向かって叫ぶ人間はいない。
叫んでも、届かないと知っているからだ。
俺は夜だけ動いた。手回し工具で直せるものを、住民の家を回って修理する。対価は食料か、次回払いの約束。
違法かどうかを考える余裕はなかった。
四日目の深夜、古い倉庫の整理を手伝っていたラウラが、埃だらけの帳簿を持ってきた。
「これ、工房のじゃない。軍の払い下げ品の箱に混ざってた」
革表紙の台帳。開くと、見覚えのある記録形式だった。遺物接続試験のログ。
日付は、俺が追放される半年前。
失敗原因欄には「補助技師の判断ミス」と繰り返し書かれている。
だが横の実測欄は別の数字を示していた。出力指示値が上限を超えている。
「……これ、故意だ」
俺はページをめくる。似た記録が四件。全部、同じ筆跡で改ざんされている。
署名はグラム。
翌朝、ギルド出張所へ向かった。
書記は険しい顔で台帳を読み、すぐに裏へ引っ込んだ。戻ってきたときには、支部代理の中年女を連れていた。
「あなたが潮目工房のジン?」
「そうだ」
「私はロザ。アルヴァス出張所の責任者代理。台帳は預かる」
ロザは短く言い、机に肘をついた。
「軍の接収を覆すには、公的な場で技術検証を通すしかない。口論じゃ勝てない」
「検証?」
「あなたの方法と、軍の方法。どちらが安全かを公開で示す」
机の上の地図には、明日の予定が赤で記されていた。
外縁東の潮洞窟。軍による大規模ノード接続実験。
「グラムは、明日で結果を作るつもりだ。成功すれば接収は固定化される」
「失敗したら?」
「町が払う」
ロザはまっすぐ俺を見た。
「止めたいなら、証拠と手順を持って広場に立ちなさい。私が場を作る」
ギルドを出ると、空が低かった。嵐の前みたいな湿った風だ。
潮洞窟の方向に目を向ける。見えるはずのない場所なのに、胸の奥がざわつく。
その夜、セオが静かに言った。
「明日、俺も行く」
「危ない」
「危ないから行く。止め方、覚えたから」
事故の夜に震えていた手は、もう震えていなかった。
俺は台帳を閉じ、頷く。
「わかった。離れるな。合図したらすぐ下がれ」
「はい」
外では、港の灯りが一つ消え、また点いた。
誰かが無理に回している色だった。




