第8話 接収命令
査察は、査察の顔をして来なかった。
朝、工房の前に並んだのは、書記より先に武装兵だった。槍を立て、扉を塞ぐ。続いて灰色の外套をまとった男が馬から降りた。
グラム。
追放命令に署名した、元上官。
「久しぶりだな、ジン」
昔と同じ、感情のない声だった。
「査察って聞いたが」
「査察の結果、接収だ」
グラムは封印付きの文書を広げる。
外縁における危険遺物管理権の臨時移管。潮目工房の主要設備、設計帳、在庫遺物核を軍が接収する、と書いてある。
「ふざけるな。うちは登録工房だ」
ラウラが前に出る。
「緊急条項だ。異議は受理済みとして却下」
グラムは淡々と読み上げ、兵に合図した。
兵が工房へ雪崩れ込み、棚の中身を木箱へ詰める。昨日修理した乾燥機まで持ち上げられた。
「それは納品済みだ、触るな!」
俺が止めると、兵の柄が胸を押し返した。手を出せば拘束される角度だ。
グラムが一歩近づく。
「国家資産を、国家が管理する。合理的だろう」
「国家資産じゃない。ここで使う道具だ」
「お前の目は国家資産だと言ったはずだ」
視線が絡む。昔と同じだ。数字を見ろと言われ、見えた結果を告げると、都合が悪いと黙らされる。
「接収後、必要なら雇ってやる。下働きとしてな」
グラムは笑わないまま言った。
兵が持ち出した箱の上で、赤い目盛りが揺れていた。
七十八。
今の積み方はまずい。振動で補助核が干渉する。
「その箱、緩衝材を入れろ。今のままだと」
「命令を出すな」
グラムが言葉を切った。俺の助言は、最初から必要ないという顔だった。
搬出は昼まで続いた。
最後に持っていかれたのは、開業初日に書いた帳面だった。
潮目工房の名前が消える音がした。
通りに残ったのは、空っぽの棚と、外された看板だけだ。
セオが唇を噛んで立っている。
「俺たち、終わり?」
俺は首を振った。
「終わってない。設備がないだけだ」
「それ、だいぶ終わってる」
ラウラの言い方はきついが、正しい。
それでも彼女は、外された看板を拾って埃を払った。
「返してもらう。絶対」
グラムは去り際に、最後の命令を残した。
「ジンは明日から軍管理区画に出頭しろ。拒否すれば拘束する」
馬蹄の音が遠ざかる。港の風だけが残る。
通りの向こうで、住民がこちらを見ていた。助けたい顔と、関わりたくない顔が半分ずつ。
俺は看板を受け取り、工房の壁に立てかけた。
「今夜から手作業でできる修理だけ続ける」
ラウラが眉を寄せる。
「命令違反になる」
「生活が止まるよりましだ」
その夜、灯りの消えた工房で、俺たちは手回し工具だけを並べた。
赤い目盛りは見えない。遺物核をほとんど持っていかれたせいだ。
数字が見えない静けさは、逆に不気味だった。




