第7話 暴走試作機
査察の前夜、工房で事故が起きた。
原因は、俺の油断だ。
その日、俺は漁師向けの湿気取り箱を組んでいた。量が多く、手数も多い。ラウラは納品票を書き、セオは乾燥板の縁を磨いていた。
閉店後、俺は部材帳を見ながら机で寝落ちした。
夜半、金属の悲鳴みたいな音で目が覚める。
作業台の端に置いた試作乾燥機が、真っ赤に熱を持っていた。
赤い目盛りは八十五。
「セオ! 何触った!」
少年は蒼白な顔で固まっていた。手には改造用の小型導線。
「温度……上がらないって言ってたから、ちょっとだけ出力足したら、急に……」
焦げた油の匂いが広がる。箱の中の魚干し材が黒く縮れ、火が移りかけている。
「水は使うな! 砂!」
ラウラが即座に砂袋を破り、俺と二人で炉口へ叩き込む。セオは泣きそうな顔で緊急停止棒を引き、主線を切った。
火は消えた。煙だけが残る。
目盛りは四十二まで落ちた。
被害は小さかった。だが、工房の扉の外で騒ぎを聞いた近所の人間は多い。
翌朝には「潮目工房が燃えかけた」という噂が、外縁を一周していた。
開店しても客は来ない。通り過ぎる視線だけが重い。
「私、説明してくる」
ラウラが立ち上がる。俺は首を振った。
「俺が行く。工房主は俺だ」
昼、共同井戸の前で頭を下げた。
昨夜の事故、被害、再発防止策。全部話した。ついでに、被害の出た材料は工房負担で弁償すると告げた。
罵声は飛ばなかった。代わりに、沈黙が長かった。
「……次はないよ」
最初に言ったのは、魚箱を依頼した老婆だった。
「わかってる」
それしか言えない。
工房へ戻ると、セオが作業台の前に正座していた。
「ごめんなさい」
声が震えている。怒鳴れば楽だ。だがそれで終わるなら、また同じことが起きる。
「なぜ勝手に触った」
「早く上手くなりたくて……ジンが一人で抱えてるの、嫌だった」
まっすぐすぎる答えだった。
俺は工具箱から紙を出し、三つの円を書いた。
「今日から停止手順を覚えろ。三段停止だ。主線を切る前に、逃し弁。逃し弁の前に、負荷抜き。順番を間違えると逆に跳ねる」
「覚える」
「口だけじゃだめだ。十回やる」
セオは頷き、何度も手順をなぞった。ラウラが横で数える。十回目には、手の震えが消えていた。
夕方、工房の前に最初の客が戻ってきた。
昨日と同じ漁師だ。注文票を机に置いて言う。
「失敗は誰でもする。次に同じ失敗をしないなら、まだ頼める」
俺は深く息を吐いた。
「しない。今度は止め方まで渡す」
その夜、改良した乾燥機に新しい手動停止棒を追加した。見た目は不格好だが、誰でも止められる。
赤い目盛りは二十三で安定した。
扉を閉める前、セオが小さく言った。
「俺、逃げない」
「逃げるな。だが勝手に繋ぐな」
「はい」
短いやり取りだった。
けれど工房の空気は、事故の前より少しだけ硬く、少しだけ強くなっていた。




