第6話 闇市の甘い条件
クロウは、食堂の煮込みが冷めるまで席を立たなかった。
「先に言っておく。俺は依頼を断った」
俺が言うと、クロウは楽しそうに首を傾げた。
「断るのは自由だ。だが、自由には値段がある」
食堂の主人が皿を置き、気まずそうに奥へ引っ込む。周りの客は聞こえないふりをしている。こういう空気に慣れている町だ。
「兵器改造はしない。生活道具だけだ」
「生活道具でも、人は殺せる」
「だからこそ選ぶ」
クロウは机に小箱を置いた。蓋を開けると、青黒い遺物核が三つ並んでいる。質は高い。普通なら手が出ない部品だ。
「これを回せば、工房は三倍速くなる。代わりに、俺が持ってくる案件を優先する。それだけ」
「それだけの案件じゃないだろ」
「賢いな」
俺は箱を閉じて押し返した。
「持って帰れ」
クロウの笑みが消える。
「追放者には保護がない。軍に捕まっても、ギルドは守らない」
「守ってもらうつもりはない」
「なら余計に、賢く稼げ」
クロウは立ち上がり、外套の裾を払った。
「考えが変わったら、北倉庫へ。変わらないなら、別の客を探すだけだ」
去っていく背中を見送ってから、俺はやっと息を吐いた。
煮込みは冷えていたが、味はした。
翌朝、工房の扉に張り紙を出した。
兵器転用加工は受けません。
無認可出力増幅は受けません。
潮目工房は生活道具の安全改修のみを行います。
文字を見たセオが、首をひねる。
「これ貼ると、怖い客来なくなる?」
「来る。だが最初に断れる」
ラウラは腕を組み、張り紙を見上げた。
「売上は落ちるかも」
「落ちるなら、別の仕事を増やす」
午前中、実際に客は減った。昼を過ぎても依頼は二件だけ。
だが夕方、港の漁師たちが連名の注文書を持ってきた。
「乾燥板、前より丈夫なのを六枚。あと船倉の湿気取り箱」
「張り紙、読んだか」
「読んだ。だから来た」
漁師の一人が、帽子を取って頭をかいた。
「爆ぜる道具はもうこりごりだ。高くてもいい。長く使えるやつをくれ」
俺は注文書を受け取り、頷いた。
「納期は五日」
「助かる」
夜、帳簿を締めていると、工房の外で蹄の音が止まった。
セオが窓の隙間から外を見る。
「軍だ」
扉の下に、封蝋付きの文書が差し込まれた。反宗教国家軍情報部の紋。
嫌な予感は、だいたい当たる。
封を切る前に、赤い目盛りが視界に滲んだ。
文書そのものに数字は出ないはずなのに、妙に胸がざわつく。
俺は封を開いた。
明朝、外縁工房「潮目工房」に対し、査察を実施する。
責任者は出頭せよ。
署名欄の名前を見た瞬間、喉の奥が乾いた。
グラム。
俺を追放した、あの上官の名だった。




