第4話 冒険者の注文書
工房を開いて五日で、注文は一気に増えた。
理由は単純だ。外縁の水が止まらなくなり、魚の保存箱が夜を越えるようになった。生活が一段上に上がると、人は次の不便に気づく。
今度は冒険者ギルドからだった。
「携行暖房器を十基。乾燥板を十五枚。一週間で納品」
書記が紙を置いていく。数字だけ見れば利益は大きい。だが一週間で十基は、工房三人ではぎりぎりだ。
「受ける?」
ラウラが帳簿を抱えたまま聞く。俺は部材棚を見る。銅線は足りる。冷却石が少ない。
「条件付きだ。出力を下げる。長持ち仕様にする」
「派手なのは売れないよ?」
「派手なのは壊れる。壊れたら死人が出る」
ラウラは短く頷き、条件を書き足した。
製作は流れ作業にした。
セオが外装を磨き、ラウラが部材を振り分け、俺が心臓部を組む。小型暖房器の危険目盛りは三十九以下を基準に切る。四十以上の個体は、必ず分解してやり直す。
「これ、三十八。合格」
「こっちは?」
「四十五。却下」
「えー」
セオが不満顔をする。俺は暖房器を分解しながら言った。
「四十五は壊れない。だが長く使うと跳ねる。跳ねた先を見たことがある」
それ以上は説明しなかった。説明しても、地下実験区画の匂いまでは伝わらない。
四日目の夕方、工房に見慣れない男が来た。
黒い外套。手入れのいい靴。港の泥を踏んでいない歩き方。
「評判の技師さんか。すぐ終わる依頼だ」
男は布に包んだ遺物核を机に置いた。重い金属音がする。
視界に赤い目盛りが浮いた。七十一。
危険そのものではない。だが、目的次第で数字は跳ねる。
「これを高出力にしてほしい。火花が大きく、貫通力が出るように」
貫通力。生活道具の言葉じゃない。
「用途は」
「狩りだよ。大きい獲物向けの」
「なら鍛冶屋へ行け。うちは生活用しか触らない」
男は笑って、革袋を開いた。金貨が二枚見えた。
「前金だ。口も堅い」
俺は核を布で包み直し、押し返す。
「持って帰れ」
男の笑みが薄くなる。
「追放者の店が、仕事を選ぶのか」
「選ぶ。選ばないと、町ごと燃える」
しばらく視線がぶつかり、男は肩をすくめた。
「気が変わったら、港の北倉庫だ」
男が去ったあと、工房に沈黙が落ちる。
ラウラが先に口を開いた。
「今の、闇市の仲介っぽい」
「わかってる」
「怖くない?」
「怖いから断った」
五日目の夜、ギルドへの納品を終えた。
携行暖房器十基、乾燥板十五枚。全数検査で通る。書記が珍しく笑った。
「外縁の工房がここまでやるとはな。次も頼む」
「納期を伸ばせるなら」
「検討する」
報酬を受け取り、工房へ戻る。
看板の灯りが揺れていた。潮風は強いが、火は消えない。
赤い目盛りは、工房全体で十八。
数字は低い。だが胸の奥のざらつきは消えなかった。
北倉庫という言葉が、喉の奥に引っかかったままだった。




