第3話 工房開業
開業初日、客は二件のはずだった。
昼までに七件来た。
工房にしたのは、外縁はずれの石造りの燻製小屋だ。
煙抜きの穴だけ立派で、扉は半分外れ、床板は潮で反っている。安い理由がはっきりしている。
それでも屋根があるだけましだった。
「本当にここでやるの?」
ラウラが腕を組む。俺は柱を叩いた。
「柱は生きてる。床は張り替える。煙抜きがあるなら乾燥機向きだ」
「向きって言い方、ほんと職人」
午前の掃除が終わるころ、セオが板を抱えて飛び込んできた。
「看板、拾ってきた!」
「どこで」
「捨て場! たぶん!」
たぶんが危ない。だが板の質は悪くない。
炭で下書きする。
潮目工房。
遺物修理・生活道具改修。
「潮目って?」
「流れが変わる場所だ」
「いいじゃん、それ」
最初の依頼は魚保存箱だった。
氷石がすぐ死ぬ古い冷却箱。外縁の干物屋が持ち込んだ。
次は海藻乾燥の小型炉。温度が上がりすぎて焦げる。
箱は受け座を交換し、腐食固定具を真鍮に替え、逃し路を一本追加。
目盛りは五十九から二十四。
乾燥炉は熱路が短すぎる。炎が板へ直接当たる構造だ。
煙抜きへ拡散板を噛ませ、温度を均す。
三十八。
「動作確認」
依頼主は恐る恐る蓋を開閉し、箱を叩いた。
「……冷えてる」
「壊れる前に月一で持ってこい」
「いくら?」
「銅貨八枚」
女は眉を上げたあと、すぐ頷いた。
「安い。昨日は半日の魚を捨てたんだ」
売上を帳面に記す。出だしとしては悪くない。
夕方、冒険者ギルド出張所の書記が来た。痩せた男で、書類束を抱えている。
「外縁で遺物修理をする者は簡易登録が必要だ。事故時の責任所在のため」
紙には名前、技師歴、扱える等級、禁止行為。
禁止欄は見慣れていた。
軍用転用加工、無認可ノード接続、出力増幅改造。
「署名する」
迷わず書くと、書記は少し目を細めた。
「この欄を嫌がる連中が多い。珍しいな」
「嫌がる理由がない」
書記は紙を束ねて立ち上がる。
「なら仕事は増える。外縁は困ってる」
日が沈むころ、看板を扉上に打ちつけた。
潮風で板がわずかに軋む。
「共同経営、どうする?」
店先でラウラが言う。
「聞いてない」
「今言った。帳簿と納品は私が持つ。あんたは作る」
「取り分は」
「六対四。工房主が六」
現実的すぎる条件だった。
「わかった。明日から四で頼む」
「決断早すぎない?」
ラウラが笑って手を出す。俺も握り返した。潮と油の匂いがする。
夜、看板下に小さな灯りを吊るす。
赤い目盛りは工房全体で二十六。
悪くない。
そう思った直後、扉の下へ黒封筒が滑り込んだ。
封を切る。
高出力改造の相談。
報酬は金貨二枚。
場所は港北倉庫。
最後に一行。
断る自由はある。代償もある。




