第12話 潮目の灯り
潮目工房は、一人で回す店でいるのをやめた。
接収騒ぎのあと、外縁の住民たちが持ち寄ったのは文句ではなく提案だった。
出資するから保存箱を増やしたい。
作業場を貸すから灯りの修理班を作りたい。
弟子を出すから停止手順を教えてほしい。
俺は最初、全部断るつもりだった。人が増えるほど管理は難しい。難しいほど、事故は起きる。
だがラウラが一言でひっくり返した。
「一人で背負うから壊れるんだよ。仕組みにしな」
痛いところを突かれた。
それで、工房を共同組合にした。
名前はそのまま潮目工房。運営は三本柱に分ける。製作、帳務、保守教育。
俺は製作と安全基準。ラウラは帳務と納期管理。保守教育はセオが補助に回る。
「補助って何だよ。もう弟子じゃないの?」
「弟子だ。だが教える側にも立て」
「うわ、責任重い」
「だからいい」
開業から二か月で、港の夜景は変わった。
航路灯は規則正しく点き、共同井戸の停止は週一回の保守時間だけになった。外縁の食堂では冷やした魚が普通に出る。以前なら祭の日だけだった。
もちろん、全部うまくいくわけじゃない。
部材は足りないし、闇市の使いが様子を見に来ることもある。クロウ本人は姿を見せないが、北倉庫の噂は消えていない。
それでも、止め方を知っているだけで、人は少し強くなる。
秋の終わり、広場で手順講習を開いた。
冒険者が十人、漁師が十五人、商人が五人。思ったより多い。
セオが板書し、俺が実機を使って説明する。
「一段目、負荷抜き。二段目、逃し弁。三段目、主線切り。逆順は禁止」
参加者が声を揃える。繰り返し。もう一度。
昔の軍実験区画とは、まるで違う声だった。
講習のあと、ラウラが湯気の立つ茶を持ってきた。
「町長から礼状。あと、ギルドから正式提携の打診」
「早いな」
「今、外縁は稼げるって評判。あんたが数字で止めるから」
俺は茶を飲み、看板を見上げた。角の欠けた「潮目工房」の文字が、夕日で赤く染まっている。
赤い色を見ると、今でも少しだけ胸が締まる。
だが前ほど嫌いじゃない。
そのとき、郵便鳥が工房の軒に降りた。
足環の封筒には、見慣れない村印。
開くと短い文面が出る。
暖房遺物が暴走し、村の北区画が使えない。
近隣で対応できる技師なし。
報酬相談可。至急。
文末に、震えた字で一行だけ追記があった。
赤い目盛りが、夜ごとに増えています。
俺は紙を折り、工具箱へ差し込んだ。
ラウラが気づいて聞く。
「遠い?」
「馬で二日。たぶん、すぐ行く」
「じゃあ積み込みだね」
セオがもう荷車を引いてくる。動きが早い。
「次の潮目、見に行こうぜ」
俺は看板の灯りを消し、頷いた。
「行く。数字が赤くなる前に」




