第10話 神罰閾値、九十九
潮洞窟は、海が吸い込まれるみたいな場所だった。
満ち潮になると洞窟の奥まで水が入り、引き潮で露出した岩盤に古い遺物回路が見える。昔から「触るな」と言われてきた危険地帯だ。
そこに、軍は三基の増幅柱を立てていた。
グラムは岩棚の上で腕を組み、作業員へ号令を飛ばしている。
俺は人混みの外から柱を見る。
赤い目盛りが三つ、同時に浮いた。
六十二。六十八。七十。
「まだ止められる」
俺は前へ出た。
「グラム、接続順序が違う。第三柱を落とせ。海流同期を先に取らないと跳ねる」
グラムは振り向きもしない。
「拘束対象が勝手に喋るな」
兵が俺の腕を掴む。ラウラが抗議し、セオが食い下がるが、弾かれる。
その間に接続は進む。
目盛りは七十九、八十六、九十へ上がった。
洞窟の奥で、水面が不自然に震える。岩壁の苔が、風もないのに逆立つ。
胸の奥に、あの実験区画と同じ匂いが蘇った。
「止めろ!」
叫んだ瞬間、増幅柱の一本が白く光って弾けた。
耳を裂く音。作業員が倒れ、兵が後退する。天井の砂が落ちる。
目盛りは九十七。
「避難! 入口側へ下がれ! 柱から離れろ!」
俺は腕を振りほどき、中央の結合具へ走った。ここで全切断すると逆流で爆ぜる。負荷を一段抜いてから主線を落とすしかない。
工具は一本だけ、腰に差していた薄刃レンチ。
固定具に差し込み、全体重をかける。金属が悲鳴を上げ、緩む。
九十九。
そこで数字が止まった。
これ以上は、もう一手で越える。
「セオ! 三段停止の二段目! 右側の逃し弁!」
「了解!」
少年が走る。ラウラがその背を押すように続く。兵の誰より早い。
逃し弁が開き、白い蒸気が天井へ噴き上がる。
俺は主線を切る。光が引いた。
爆発は起きなかった。
代わりに洞窟全体が大きくうなり、海水が一度だけ逆流して、すぐ静まった。
目盛りは九十九のまま、薄く点滅している。
不気味な停止だ。死んでいない。だが、今は動いていない。
静寂を破ったのはグラムだった。
「こいつを拘束しろ! 軍実験への破壊行為だ!」
兵が再び俺へ向かう。ラウラが割って入り、ロザが後ろから声を飛ばした。
「待ちなさい! 今の切断がなければ、全員吹き飛んでいた!」
周囲には、倒れた作業員と、青い顔で立ち尽くす兵たち。
誰も「成功」とは言えない現場だった。
俺は息を整え、グラムを見た。
「明日、広場で公開検証をやる。逃げるな」
グラムの目が、ほんの一瞬だけ揺れた。
だがすぐに無表情へ戻る。
「証明できるならな」
洞窟を出るころ、空は鉛色に沈んでいた。
風は強いのに、鳥の声がない。
九十九の点滅が、まだ網膜の裏に焼きついている。




