問い
翌朝、糸音はリビングにて珍しい光景を目の当たりにする。いつもは一人なのだが今日は志貴がいた。彼をあまり家で見かけることはないのだが、珍しく今朝は優雅にコーヒーを飲んでいた。
「おはよう糸音」
「おはよう兄さん。今日は休み?」
「残念ながら僕には休みはないんだよ。今日の午前は珍しく予定がないんだよねー。別に暇ってわけではないんだけど、こうして二人で食事するのもたまにはいいものかな、ってね。ところで今朝の寝覚めはどうだい?」
「うん。別に悪くはないよ。ところツグハは?いつもなら起こしに来るんだけど、今朝は見てなくて」
「あぁ、ツグハには今日からおつかいを頼んであってね。二、三日は戻らないと思うよ。だから、すまないが今日から三日間は休みということで。まぁ、今日はそれもついでに伝えにきたんだ」
「そう、それは残念だ。まぁ、ツグハも忙しそうだしね、授業や家事もやって、おまけに兄さんの手伝い。すべて完璧にこなしてるから流石だよ」
「たしかにツグハはよくやってくれてるよ。学園生活が始まって次の日から三連休なんてすまないな・・・・そうだ!もう街へ出かけても問題ないよ。昨晩、例の事件解決の報告を受けてね。真宵って子がうちの生徒にいるんだが訳あって、今僕の仕事を少しばかり手伝ってもらっていてね。今朝方その子から報告を受けたんだ。そのうち真宵にも会えると思うよ。明日あたりには学園にいるんじゃないかな。まぁ基本、自由なやつだからから、どこにいるかわかないんだけどね」
「ツグハに関しては構わないよ、仕事なんだから。まぁ別に街へ行くかはわからないけど気が向いたら行ってみるよ」
(真宵か・・覚えておこう)
その後、糸音は朝食をとりながら志貴とたわいもない会話をし、家を後にした。
(さて今日はどうしようか・・街に行ってみるのも悪くないが、学園の探索の続きをするのもいいな)
今日の予定を考えながら、門を開けて外に出てみると見知った人物が塀にもたれかかっていた。
「お出かけですかい?お嬢さん」
「おはよう、槍士。どうしたんだこんなところで」
「そりゃあ糸音ちゃんをお誘いしようと思ってね。今日からお休みで三連休の一発目、ということで街へどうですかい、お嬢さん?」
(まぁいいか・・特に何をするわけでもないし。これを機にクラスメイトのことを知るのも悪くないか)
「いいよ」
「うい!んじゃま、早速行きますか!」
二人は東に少し歩いたところにあるヘルフェブルへと向かった。
糸音はヘルフェブルには行った記憶がなかった。聞いた話では、ここ数年で大都会となって、若者向けの店が建ち並ぶ地区と高層ビルが建ち並ぶオフィス街地区と別れている。近年この街の問題の一つとなっているのが廃ビル問題である、と言うのも古いビルはそのまま残された地区があるのだが、そこは今、街のギャングやら逸れ者たちが集まる溜り場となっている。
それが街の犯罪計数を上げている原因だそうだ。対策をしようと、この街のお偉いさんは躍起になったそうだが、派遣した警備隊と何度も暴動が起こって未だに収拾がつかないらしいと。
志貴にもたびたび依頼がきているが、若気の至りだ、と言って相手にしていないらしい。この街の市長はそんな軽薄な志貴の態度に対し、少し苦い顔をするらしい。夕凪家には頼ることも多いのであまり強くは言えないそうだ。とまぁそんな街の中を二人はゆったりと会話に興じながら歩いていた。
「糸音ちゃんはさぁ、先生の妹だろ?なら殺し屋ってことなのか?」
「いいや。今は殺し屋じゃないよ。それは昔のはなし」
「むかしって、そんなに前の話なのか?歳は一緒なのにすげぇなぁ」
「まぁ、正直わからないが、多分そうだ・・・っていうのも私にはここに来る前の記憶が曖昧なんだ」
「記憶喪失か・・・そいつはすまねぇな、悪い事聞いちまった」
「いいよ別に。そういや、こんな殺し屋の話がわかるってことは槍士もそっちの人間か?」
「うーん、まぁな。あんまりこっちのはなしは好きじゃねぇんだが、まぁ気になってな。やっぱり同い年だし、どう生きてきたのかは気になるもんなんだよ」
「それはわかる気がするな。他人がどう生きたかそれを聞いて自分の糧とするか、教訓にするのかは自由だしな。私もそういうことは大事にしてる」
「糸音ちゃん結構話せるねー・・まぁ、あの学園には訳ありな奴しかいねぇし、そういうやつっていうのは普通ではない生き方だろ?別に普通じゃないのが悪いっていうんじゃないぜ。むしろそういうやつの方が共感が持てるな」
「それもわかる。別に他人に興味がないわけじゃないから、素直に話しもする。それに嫌な事を聞かれてもそれが嫌なのかもわからないし、過去を抉られても問題はないし。そもそも記憶ないし」
「なるほどね。記憶がないってどういう感覚なんだ?」
「そうだな。心に穴?・・が空いているか。もしくは抜け落ちているみたいな感覚か。かと言ってごっそり抜けているわけでもなく、伽藍洞でもない。不思議な感覚だよ・・・でもひとつだけ・・これだけはしたくないっていうのはあるかな、理由はわからないけど」
「へぇ、なるほどね。まぁスッキリはしねぇはな。記憶がなくなると人格も変わったりするらしいが・・・・それで聞いてもいいか?・・そのしたくないことって」
「殺し、だよ」
「・・そうか。それで人殺しはしない。足を洗ったってことか・・」
「うん。今まで自分が殺し屋でたくさん人を殺したことも感覚として覚えているんだ。だけど決定的な、この、人を殺したくないっていう理由がわからないんだ。ふん・・勝手だよな、散々殺しておいて今は殺したくないって」
「そうでもなさ。大事なのはその過程だろ?どうしてそこへ行き着いたのか、どうしてその考えに至ったのかだろ。だから、まぁ、そんな気にすんな・・とは軽くは言えないがこれだけは言えるぜ。糸音ちゃんは夕凪家だろ?なら無意味な殺生はしてないはずだぜ」
そう、夕凪家は少し変わった、正義の殺し屋なのである。悪を殺すための悪に特化した殺し屋。快楽や金のためではない、シンプルな正義の殺し屋、それが今の夕凪家である。
「そうだな。そう思いたいね」
糸音は遠くを見つめていた。そんな様子を見かねた槍士は糸音の手を取った。
「あー、やめだやめ!すまねぇな、自分からふった話なのに暗くしちまって、ったくがらじゃねぇんだよ・・よっしゃ!気を取り直してゲーセンでもいくか!」
「あぁ」
二
「・・・しまったな」
急展開。糸音は槍士と逸れてしまった。糸音はゲーセンというものが初めてで、色々目移りしていたら周りが見えなくなっていた。ある筐体にあった景品を見ていたらいつのまにか槍士がいなくなっていたことに気が付いた。
もう夜だしそのまま帰宅しようかとも迷っていた糸音だが、今日は槍士に誘われた手前、流石にほって帰るわけにもいかず探すことにした。
(やっぱり連絡手段が無ければこういう時困るな。今度兄さんかツグハに聞いて携帯とやらを買おう)
そうこうして歩いているとガラの悪いチンピラ二人にからまれてしまった。
「お嬢ちゃん、一人かい?ちょっと俺らと遊ぼうぜ?」
「キョロキョロしてたから人探しかな?」
糸音はそれらを相手にせず軽くあしらう。
「・・お前らには興味ないし忙しいからどっか行け」
「おいおい、えらく強気なお嬢ちゃんじゃないか」
そういうと男は糸音の手を強引に掴む。
「よく無いな。可愛い女の子に乱暴にして」
糸音が男の手を振り解こうとしようとした瞬間、謎の仮面を被った人物が現れた。
「なんだてめぇは!ふざけた格好しやがって!」
「別にふざけてはいないよ!大真面目さ!」
「なんだか知らんが、ふざけたやろうだなぁ」
糸音の腕を掴んでた男は仮面の人に歩み寄る。
「チビ助が、痛い目みやがれ!」
男が仮面の人物へと殴り掛かる。
「馬鹿者め!」
仮面の人は男の攻撃を軽くかわすと男の顎を蹴り上げて気絶させた。
「ッッ!調子にのりやがって!」
もう一人の男も仮面の人物へと殴りかかる。
「単細胞だなぁ」
男は腹を蹴られ、膝をついて倒れた。
(今のは・・かなり速いな)
糸音が関心していると、いつのまにか野次馬が増えてきた。
(やばいな・・これ、兄さんに知れたら厄介だ)
「とりあえずこっち!」
糸音は言われて、仮面の人物に手を引かれて裏路地へ入っていった。
二人はしばらく走ったところで足を止めた。
「全く情けない男共だったな。口ほどにもない。大丈夫かい?お嬢さん」
「うん。ありがとうございます」
「なーに、礼には及ばないよ。私の名前は糸見。よろしく」
「私は糸音です。」
「・・・糸音か。私と似た名前だな!・・ところで君は正義とは何かわかるか?」
糸音は唐突にそんなことを聞かれ、答えに戸惑う。
「・・・・正義ですか・・・・そうですね人助けですかね」
「いい答えだ。それも一つの正解だ。人助けは廻れば平和へと繋がる。・・・わたしは偽りの正義を振り翳すものには制裁を下すべきと思うのだが、糸音はどう思う?」
偽りの正義その言葉に糸音は何故か引っ掛かりを覚えた。
「偽りの正義ですか。嘘、偽善が良くないこと、とはあながちに悪とは言えませんね。なので時と場合によるかと」
「たしかに間違いではないね。嘘は人も救う、そういうこともあるよね。なら例えばの話だけど・・・・・ある人物は窮地に立たされていました。その人物を救う事ができる人間がいましたが、救いにはいきませんでした。これは悪かな?」
「それは・・・理由があったんじゃないでしょうか?何か特別な、なら仕方がないのでは・・」
突如、言葉の途中で糸音は仮面の人物から殺気を感じ身構える。
しかし、一瞬で殺気は消え、路地裏には静寂が訪れる。
「・・おっとすまないね。・・・そこが私と違うか・・・理由か。君は、昔一緒にいた人にとても似ているよ・・・・・・・・まぁ簡単には答えは見つからないか」
「そう・・・ですか。何はともあれ、ありがとうございました」
「まっ、当たり前のことをしたまでさ!それでは私は先を急ぐのでこれにて!」
そう言うと糸見は路地裏から消えて行った。
(不思議な人だったな・・・だけどあの人の名前どこかで聞き覚えがあったような)
「気のせいか・・・とりあえず今は槍士を探して帰ろう」




