前夜(不穏)
一
夜になって宿へと戻って来た糸音達は、明日の動きについて遊から話を聞いていた。
「襲撃場所は三か所。先ほど入った情報によると、三か所で同時に事が起こるみたいだ。それに伴い、北栄へは俺と糸音、神薙の館へはシャオとメイ、南京へは涼香と火憐で張る。涼香はやり過ぎるなよ、あと糸音とメイは無理はするな。決行日時は明日の夜十二時、おかしな行動を起こす輩がいればすぐに捕まえろ。メイ、シャオは明日、合流する手筈だ。よろしく頼む」
「了解やでー!よっしゃ!明日には母さんとも久しぶりに会えるし、気合い入れていかないとね、糸音!」
「そうだな・・というか、メイの母親ってシャオさんだったんだな」
「うん!うちは捨て子で、育ての親が母さんなんよ。ちなみにうちの師匠でもあるんやで!」
「師匠か・・」
糸音は自分とメイの境遇がどことなく似ているのだなと、そういう点でも色々と気が合うのかなと思った。
「さて、まずはその前に呑み明かそうか、戦いの前の晩酌だ!」
そう言って遊はいつのまにか一升瓶を両手に持っていた。
「全くこんな時だというのにあなたは・・・まぁ、やりましょうか」
「よっしゃー!ほな、うちが芸を見せたるわ!」
部屋の中、どんちゃん騒ぎが起こる中、糸音は少し離れた縁側で涼みながら昼間の絵描きの事を考えていた。何だか違和感を感じた、というよりかは嫌な予感を。彼女と話していて何故だか懐かしい感じになったし、同時に悲しいと思ってしまった。この感情は一体何なのか。
「ふぅ」
「どうしたんですか?糸音」
物思いに耽っていると騒がしい場所から涼香がお猪口片手に歩いてきた。
「いや、なんでもないよ涼香姉さん。・・・・姉さん、私は師匠の事を思い出した。そして姉弟子にも会った。最近は記憶が戻っていく日々だ、それに学園の皆んなと過ごして自分の中で何かが変わった気がする」
「そうですね。あなた、昔は冗談なんてあまり言わなかったですから、少し驚きましたわ。まぁでも、生きていて何よりですわ。あなたが病院で目覚めたあと、すぐに仕事が入って会えませんでしたから。ちゃんと話すのは何年ぶりでしょうか。あなたが屋敷からいなくなる前も、最後に会話したのは本当にいつだったか。記憶は・・糸衛兄さんのことは思い出したそうですわね」
「はい。大事な記憶をどうして忘れてしまっていたのでしょうか・・・私は最低だ」
「あなたが忘れていたわけではないと思いますよ。だって、あのころのあなたは慕っていたじゃないですか。今もそうでしょうが、これでもかっていうくらいに。それにあなたのは記憶喪失でしょう。何かが原因でそうなった。だから、あなた自身が忘れていたわけではないでしょう。気に病むなど言語道断ですわよ」
「すいません・・・もう忘れませんよ。二度とね」
「はい、よろしい。その調子で全て思い出してくださいな」
「全て・・・」
「どうかなさいまして?」
「はい。・・私は、怖いんです」
「怖い?」
志貴には、ああ言ったが実際、糸音には記憶を取り戻すのには不安があった。もし記憶が戻って自分が思っているより辛く、酷い記憶だったらとか、それこそ思い出すことによって糸見の様に復讐に身を投じてしまうかもしれない、と。
「涼香姉さん。もし、私が記憶を取り戻しておかしくなったり、悪い人になったら。姉さんは殺してくれますか?」
「あなたってば・・・馬鹿言わないの。殺さないわよ、まぁ止めはするけど。それに、私でなくてもあなたの周りにはいるでしょう」
涼香はそう言って、未だ騒がしい居間を見て、それにつられて糸音も同じ方向を見る。
(あぁ・・そうか。私には)
「そうでした」
糸音は少し微笑みながら涼香に向き直る。涼香はそんな糸音へと微笑み返した。
「やっぱり、少し変わりましたね」
その後、少しだけ宴は続き、メイが早々に就寝したため糸音は背中へと負ぶって別の部屋へと運び、その後、糸音も床についた。涼香は夜風に当たってくると言い宿を後にした。そして部屋では火憐と遊がゆっくりと酒を飲んでいた。
「相変わらず遊ちゃん、飲めるねー」
「凄いだろ!そういう火憐も、相変わらず酒豪だな!」
「へっへ、ふたりは酒呑童子だな」
「はっは、涼香は相変わらず大人な飲み方しやがる」
「涼香姉さんは上品な大人ですから」
「おい、こら・・まるで俺が上品な大人じゃねえみてえな」
「そんなこと言ってないよ!遊ちゃんは男らしい飲みっぷりだよ!女だけど」
「はっはは、まぁ飲み方なんて人それぞれ」
「だよねー。はー・・・ところで、遊ちゃん。ここから先は観えないの?」
その火憐の唐突な質問で遊の酔い顔が真剣な面持ちになり、持っていた酒瓶を飲み干す。
「・・・くはあ、駄目だな。今回は一人一人観る事もできない。シャオや涼香、火憐に糸音にメイおまけに敵には六花が居るかもときた。一つの場所に異能が集まりすぎて何も観えないな。一対一なら観えなくもない。だが異能は未知数、少しでも行動が変われば変わっちまう。故に、今回は観ない方が身のためだと判断した」
「なるほどね。たしかに今までこんなことなかったもんね。特別な異能を持ってるシャオさんと遊ちゃんならもしかしたらと思ったんだけど」
「特別ね。その特別な人間でも、糸衛は救えなかったんだ。こんなもの無力も同然さ」
遊はそう言い近くに置いてあった酒瓶を煽る。
「っぷは!・・まっ、振り返っても仕方ないさ。そろそろ夜も更けてきた。もう寝るよ、おやすみ火憐」
遊はふらふらと立ち、横の居間に置いてある布団にそのまま倒れた。
「おやすみ遊、私もそろそろ寝よ。姉さんまだかな」
火憐はそのまま横になりすぐに寝息を立て始めた。
糸音達が就寝した同時刻、神薙の館。ここは宮殿の様な大きな館。それもそのはず、この街で皇王と呼ばれる王族たちが住んでいて、その他にも街の重要な事を担う役員たちもここに住んでいる。統治、管理、その全てがここで行われている政治的場所。街の核となっている場所。そこにはもちろんのことながら憲兵なるものも夜間警備に従事していた。そして、深夜、みなが寝静まる頃、屋敷の中にいくつもあるうちの、皇王の住まう部屋に続く長い廊下で、チャイナ服をこれでもかというほど着こなしている背丈の高い女性、シャオが一人、立っていた。
「何回目やっけ・・・?いやまだ死んでないんか」
シャオは皇室へと続く長い廊下を歩きだす。本来、夕刻に終わる予定であった、いつもの定期報告が長引き、夜分になってしまった。そして皇王へクーデターの話を伝えようと皇室に向かおうと扉を開ける。そこまでは良かった。扉をいつもの様に普通に開けただけ。気づくと廊下に戻っていた。
「ふーん、これ何時間くらい経ったんやろか?いや、そもそも扉を開けたのは一回だけやんな。それやのに随分と時間が経過してるな」
廊下の壁に掛けてある時計を見ると、針は十二時を指していた。
「たしか、報告が終わったのが十時頃・・・やっぱおかしいな。まぁ、死ぬ前の記憶は無いって事は、これは私の異能では無いって事やな。っとなると、幻術の類か。やられたな」
とりあえず進んでみるか、っとシャオを辺りを警戒しつつ扉まで進むと、取っ手に手をかけようと伸ばした手を止める。
(ここを手で開けるのが発動条件だとしたら、触れない方がいいんか?)
「はぁ・・・また怒られるやろな」
ドンッッッッ!!!!
シャオは扉を蹴破った。そんなことをすると、いつもの様に警備のものが飛んでくるはずだが、そうはならず。この音に反応して警備の者が叫ぶ声ではなく、そのかわりに場違いな子供の声が聞こえてくる。
「ふっふ。そうそう、一つ一つクリアして行って、次の夢へ・・・」
次の瞬間、辺りの景色が一変して、いつの間にかシャオは皇室にいた。そこには誰もおらず、本来なら皇王がいるはずだった。
「はぁ・・・皇室はもうちょい先のはず、なるほど。空間か、幻術か、間違いなく異能やな。はて、どうしたもんかな。これ、一番苦手なタイプや」
シャオが頭をひねっていると、誰も居ないはずの皇室のどこかから再び声が聞こえる。
「そうそう、これは夢。ルカの力、あなたは今、私の夢の中にいる。あなたが扉を掴んだ瞬間から始まっている」
シャオは子供なら素直に聞いたら教えてくれるだろうと思った。単純に。無邪気に。
「ここから出るにはどうしたらええんやー?」
「ふふふ、それはできないよー。あなたはここから出れない。ルカと夢を見るの、そして楽しい楽しい遊びをするの。ふふふふふふ」
無邪気な声で楽しむルカ。そしてシャオは再び頭を抱えて考えるが直ぐにやめて、座りだした。
「どうしたのかな?諦めちゃった?」
「あー、諦めた!だから待つ!」
「待つ?えーつまんない」
「なら出してくれへんか?」
「それはできないよ。おじさんに頼まれたんだから、お姉さんをここへ留めておくようにって」
「おじさん?一体誰の事だ」
「おじさんはね、ルカやお姉ちゃんに力をくれた人」
「やっぱり、天与核絡みか」
「っで、何しよっか?」
「うーーーーーん・・・・寝るっ!」
「えー・・・」
シャオはその場で寝そべり、寝た。夢の中なのに寝るっていうのもおかしいけど。しかし彼女は考えていた。外にいる連中が来るのを待っていようと。それが一番の打開策だと。それにこういうタイプの子供はペラペラしゃべるのは知っていた。シャオは子供の扱いは慣れていた。
「話なら聞いてあげるから、何か話してぇな」
「じゃあ、お喋りだね!じゃあ、えっとね、えっとね」
そうして長い、長いルカのお喋りが始まった。
ニ
さらに同時刻、南京にある少しだけ木々に囲われている教会にて、宗教団体、六花の集いは明日の襲撃について蹶起集会に奮闘しているところであった。
「明日はついにっ!この都を制圧し、我々の吸血鬼の王に捧げるっ!六花様に栄光を!」
男達は皆、歓喜の声を上げていた。そして、そんな異常な集まりに熱高まる教会の外、一人の若い男は冷めた目でまるでつまらないゴミでも見るような目で教会を見上げていた。
「っへ、近所迷惑なやつらだ。何が栄光だ、お前らに明日は無いのによう」
そして男は一人、教会へと歩きだし扉を開ける。




