運命
一
コン、コン、コン
「失礼します。おはようございます糸音様。朝食ができましたので出発の準備ができ次第、居間へお越しください。」
そう言って、ツグハはノックと共に現れた。
「おはようツグハ。朝食が冷める前にすぐに支度するよ」
最近、実家に帰ってきて私の世話をしてくれる、このありがたいメイドさんは、この家に雇われているメイドで、名をツグハという。端整な顔立ちだが、常に無表情のため、どこか損をしている気がする。そして今はこの私、夕凪糸音の身の回りのお世話をしてくれている。
歳は聞いたことは無いがおそらく二十代前半だと思われる。
「申し訳ございませんが糸音様。少しだけ諸事情がございますので、先に学園の方に行ってます、なのでその・・・」
なぜかツグハは少しだけ言い淀み、言葉に詰まっていた。糸音には何となくその理由はわかっていた。
「いいよ、大丈夫。学園への行き方は覚えてるから問題ないよ」
「わかりました。では失礼します」
ツグハは淡泊に答え、静かに部屋を出て行った。少し伸びをして糸音は窓の外を眺めた。
眼前に広がるのは望める森と呼ばれる、木と竹藪に囲まれた森林地帯。そんな、広大な森林の中にポツンと建つこの場所が夕凪邸と呼ばれる屋敷で、現在、糸音が住んでいる家である。
この夕凪邸は二階建てで西館と東館に分かれていて、周りの風景とも相まってレトロな雰囲気なお屋敷だ。ちなみに糸音の部屋はちょうど西館と東館の真ん中の二階の部屋にあたる。
そしてこの広大な森(竹藪)を抜けたところにあるのが、今日から糸音が通う夕ヶ丘学園、夕凪家が管理する学園という名の箱庭。
(・・・行き方は覚えているよな?)
身支度を整えながら糸音は自分に言い聞かせる。かつて、幼い頃によく遊び、学んだ場所に思いを馳せながら静かに一階へと降りた。
居間でツグハが用意した軽い朝食を済ませると早々に家を出た。
夕凪邸の門の前にも竹藪が広がっていて、その竹藪の間の開けた道をまっすぐ向かうと目的地である学園がある。
糸音は静かに目を閉じ、学園へのルートを頭の中で確認すると竹藪へと入って行った。
この望める森という名前は誰がつけたのかわからないが森と呼べる程、木はあまり生えておらず、竹林という表現が正しいとも言える。この森の名前の由来は、ある噂によるものらしい。誰が言い始めたかわからないが、その昔、ヘルフェブルという近くにある街で暮らす、数人の若者が遊び半分でこの森へ入ってみると、何故だか、いつの間にか再び森の入り口へと戻ってしまうということがあったらしい。何度か試したものの、同じ結果だったという。その不思議な話を持ち帰った若者が吹聴し、さらに噂に尾ひれがついた結果、何も望まない者が森へ入ると迷い人になってしまい永遠に帰れなくなる。しかし強い意志があれば再び戻ることができる、とまぁこういう話になったらしい。勝手に話が膨らみ一人歩きする、噂なんてみんなそんなものである。屋敷に関係のあるものは当然、そうなる理由を知っているし、まず迷うことがない。何故なら、森には特殊な結界が張っていて、森に認められた者しか入れないようになっているからだ。
そんな森の中をしばらく歩いていた糸音はあることに少し苛立ちを覚えていた。この森は夕凪家の敷地内にある。つまりこの広大な土地全ては夕凪家のものである。本来なら一般人は立ち寄れないように人除けをしている。そして、糸音が何故、今苛立っているのかというと。この森に入って少ししたころから、ずっと背後から一人の人間の気配がしていた。しかもその尾行者があからさまに糸音に敵意を向けてきている。
「うんざりだな・・・」
糸音は元職業柄、人より五感が鋭くなってる。
追われることには慣れていたが、ここまであからさまな尾行は糸音にとってはストレスでしかならなかった。
いい加減、嫌になり糸音は尾行者に声をかけた。
「おい!誰かは知らんが、いい加減にしろ!尾行しているつもりなんだろうけど、ちょこまかされると、こっちはストレスだ。しかもそんなあからさまな敵意を向けられてたら、バレバレだぞ」
「尾行じゃなくて様子を見てただけやで」
糸音が呆れて声をかけると、どこからともなく声がした。
サッサッ
上方から木々の擦れる音と共に、女が一人降って来た。
背丈は糸音と同じく150cmくらいあるだろうか。髪は金色で、長髪ではないがそこそこ長いので右の方で少し結んでいる。目立つところといえば、この竹藪と絶妙なくらい合っている、チャイナドレスくらいだ。あとは西の方の方言っぽい独特な話し方。歳は糸音と同じくらいで、見るからに元気な女である。
「はぁ・・・後をつけて様子を見てたらそれは尾行と同じだ。第一、見てただけだって?敵意ありありでそれは無理があるぜ・・・なんだ?私への恨みか?生憎、もうそっちからは足を洗ったんだ。わかったなら、帰ってくれないか。私は今から学校なんだ」
「恨み?そんなもん無いし、第一、初対面やわ。まぁ、敵意を向けたことについては謝るはすまんかったな!ちょっと、出で立ちが只者じゃない感じやったから。・・・まぁそれはそうと、ちょっと失礼して!」
「!?」
目の前の尾行女は唐突に糸音へと距離をつめると殴りかかってきた。
しかし、当たらず。糸音はそれを颯爽と避ける。
「へぇ~やるやんか。不意打ちしたらどうやろかと思ったけど・・・しっかし、随分なすまし顔で避けてくれるやんか。やっぱ、うちの感は当たっとったかな」
女は動きを止めると、ニカッと笑って、嬉しそうにしていた。そんな彼女の様子を見た糸音は怪訝な顔になる。
「はぁ・・・何でそんなに楽しそうなんだ?それに急に襲い掛かってきて、どういうつもりだ?」
「不意打ちに関しては堪忍やで。うちは強いやつと戦うのが好きやねん。ほんで、うちが思うに、そんなあんたは強い!!」
最後の方だけ語気を強め、指を指しながら糸音へと宣言する。
「だから、うちと手合わせお願いします!!」
「手合わせだと?勝手にきめるな。それに私は先を急がないといけないんだ。だからお前のような妙なやつに構ってる暇はないし、それに私には戦う理由がない」
「理由ならあるで。まぁ、正直こっちは建前やねんけどな・・・あんたはこの森に入ってきた!ここには関係者しか入れないんやで。せやけど、うちは先生から何も聞いてないからなー・・・だ・か・ら侵入者のあんたを排除する。それとこれはうちの仕事や。せやから、あんたみたいな強くて怪しいやつほっとかれへん!成敗込みで手合わせお願いします!」
戦う体制を取って構える。そんな彼女を見て糸音は一人天を仰ぐ。
(変なやつに、変な理由でからまれたな・・・いや理由は割と全うか。しかし最悪だ・・・・)
糸音は呆れて何も言えなくなってしまう。どうしようかと考えていると、チャイナガールはいきなり襲いかかってきた。先ほどの殴打よりも少し速い突きが繰り出されるが、糸音はそれを軽く交わし、距離を取りつつ会話を続けた。
「またいきなりか!・・・・待て待て、まず話を聞け!私の名は夕凪糸音で、ここは私の家の敷地内。だから怪しい者でもないし部外者でもない!」
「夕凪糸音?先生に子供なんかおらんはずやけど?」
「子供じゃなくて妹!」
「妹ね。でもそんなん証明できんからなー、うーん、わからん!」
「あぁ、くっそ!」
糸音は言い返すのも理解を求めるのも面倒になり、このわけのわからない状況をどうやって打破するか再び考えることにした。
二
糸音が森に入る少し前、夕ヶ丘学園についたツグハはある部屋の扉の前で少し憂鬱な気分になっていた。
ここ夕ヶ丘学園は二階建てで中庭を囲む様にして建っている長方形型の建物。空き部屋がいくつもあり、二階の各部屋を数人の生徒が寮部屋として使っている。
そんな寮部屋が並ぶ一角の部屋、学園長室の前に立ったツグハは意を決してノックする。
コン、コン、コン
「失礼します。志貴様、あ、いえ学園長」
「いや、そこまで言い切ったなら、言い直さなくてもいいよツグハ」
長身で銀色の長髪、サラサラな髪を一本に束ねていて一見女性にも見えなくもなく、容姿端麗。夕凪家当主であり、夕ヶ丘学園学園長の夕凪志貴は本が山のように積んである机から寝ぼけ眼でそう答えた。
「志貴様、いつも言ってるでしょう。出した本はきちんと直して下さい、あと、ここでは寝ないでくださいとあれほど言ったでしょう」
「あー、すまないツグハ、いつもの悪い癖で寝落ちしてしまった。最近どうも疲れていてね」
「まったく。ご自分で片付けてくださいね」
「了承しました。それはさて置き」
「さて置かないでください。さて置いてしまったら、どうせあとで私が片付ける事になるんで、先に本を片付けてください」
「え、でも・・・」
「何か?・・・」
「・・・・・」
言い訳を許さないツグハは無言の圧でせまる。
「了承しました」
そんなツグハには頭が上がらず、志貴は渋々頷いた。
しばらくして本を片付け終えた志貴は再び椅子へと腰かけた。
「さて、片付いたので本題に入ろうかな。今朝の糸音の様子はどうだい?」
「はい、今朝もお変わりなくいつも通りでした。ですが何かこう、心が抜けているような感じでした」
「そうか・・・やはりツグハには話しておこうかな。病院で目覚めたときには詳しくは、わからなかったんだが、再診の結果を先日聞いてね。あの子は今、記憶喪失なんだと。いや正確には、ある期間の記憶だけが抜けている」
「ある記憶?」
「あぁ。糸音はね、家を出て君が見つけるまでの約四年間の記憶が無いんだ。自分が殺し屋であることと異能については覚えていたよ。それと記憶の混濁が見られる。どうやら兄貴との思い出を私との思い出に上書きされている様なんだ。先日病院でたまたま兄さんの名前を聞いたら急に倒れだしてね。だから糸音の前では気をつけてくれると助かるよ」
「わかりました。それにしても原因はいったい何なのでしょうか?」
「そこはさっぱりだな。誰かが手を加えた形跡はあった。調べるにしても彼女の足取りが全くわからないんだ。まぁ、そう急くことでもないし、彼女自身ゆっくり思い出していけばいいさ。それに、もしかしたら本人にとっては辛い記憶なのかもしれないしね」
「辛い記憶・・」
ツグハは何かを思い出すかの様な悲しい表情になる。
「あぁ、すまないツグハ」
「いえ、いいんです」
「あぁ。ところで糸音のやつ遅くないか?」
「たしかに遅いですね。流石に二度寝はしてないと思いますけど・・・あ、もしかして」
ツグハは訝しむ顔で志貴へと近づく。
「メイに今日、糸音が来る事伝えましたか?」
それから数秒の間をおいて志貴が苦笑いを浮かべながら答えた。
「あっちゃー、忘れてた!」
三
糸音はイライラしていた。それもそのはず、訳もわからず、見ず知らずの人間に攻撃をされているのだから。しかもそれだけじゃなくて、先ほどから絶妙な力加減で攻撃されていることに無性に腹を立てていた。まるで力量を測っているような立ち回り。
「いい加減に、しろ!」
先ほどから、ただ攻撃を避け続けていた糸音だが、さすがに痺れを切らして蹴りで反撃する。
ドッ!
「っと、ようやく反撃しよったな!いい蹴りやったで今の!こっからが本番やー!」
そういうとチャイナガールはさっきよりも速く糸音へと攻撃を繰り返す。
(速っ!!でも大振り、隙はある)
糸音は攻撃を交わしつつ隙を窺う。
(ここか!!)
糸音は相手の癖を見抜き、一瞬空いた左の横腹に拳を叩き込む。
「ぐっ!・・って今のは、効いたでー!せやけど、あんた今ので痺れとるんとちゃうか?」
ビリッ
糸音は手に妙な感覚を覚えた。まるで感電したときのような強い痺れを感じた。
「電気か?妙な妖術を使う・・いや、これはまさか異能か?」
「なんや、あんた異能を知っとるんかいな。せやでー!うちは少しだけ電気を作り出す事ができるんや!こうやってな!」
そう言って、女が力むと小さな稲妻が体から発した。
「なるほどな、自家発電か」
「なんかその言い方嫌やわー。まぁええわ、ちょっと名残惜しいけど次で終わりにしたるわ!!」
そう言うと彼女の拳から視認できるほどの放電が起こる。放たれる稲妻は荒々しく辺りに散る。
「はぁ、やれやれ仕方がない」
糸音は前に手を出し指を鳴らす構えをとった。
「あーそういや名乗ってなかったな、うちの名は雷々メイや!よろしく!」
軽く名乗りを上げ、向かってくる。異能である電撃が攻撃を加速させ、今までで一番速くて鋭い一発が糸音を襲う。少量の稲妻が体に触れるが糸音にとっては大したことではなかった。そして拳が糸音の顔に当たる寸前。
パチン!
乾いた音と共に糸音の周りの空気は揺れる。そしてメイはそのまま後方に飛んでいき、声もなく静かに気絶した。
「申し訳ないがまだ加減が難しくてな。お前が電気を操れるのと同様で私は音を操ることができる。まぁ死にはしないよ・・・ってもう聞こえてないか。しかし、こいつのせいで今の場所が分からなくなってしまったな」
糸音は辺りを見渡すが見慣れない場所にいることに気づいた。不覚にも戦いに夢中で周りが見えていなかった。
「私も弱くなったかな・・いや、周りが見えなくなるほど集中して戦っていたのか?はぁ・・やっぱりまだ抜けてないな・・」




