エピローグ
屋上へ行くとそこには先客がいた。柵にもたれ、空を見上げている志貴がいた。
「ん?・・糸音か、起きたんだな」
「兄さん、ここで何を?・・っていうか珍しいね怪我なんて、骨を折ったのか?」
「あぁ、肋骨と腕を少々ね。まったく手加減してくれよ糸見のやつ。本当に久しぶりに怪我なんてしたよ、しかも骨折。骨折なんてガキの頃ぶりだよ」
「異能殺しってやつか。災難だね、兄さんも。それに天与核・・・」
「あぁ、聞いたか。遊のやつ早いな。本当に不覚だったよ。まさか、盗まれるなんて。これからは忙しくなりそうだ」
「私も手伝うから。だから、無理だけはしないで」
「あぁ、ありがとう。苦労かけるな、本当は巻き込みたくはないんだがな。こればかりは、参ったよ」
「何かあったら必ず言って。家族、なんだしさ」
「そうだな。家族だからな」
「うん。それで・・糸見とはどうなったの?」
「あぁ、彼女はあのあと病院へ運ばれた翌日、何も言わずに僕についていた異能殺しを解いて去って行ったよ。咲夜に聞いたら仲間も一緒に居なくなっていたそうだ」
「そうか」
「糸音。兄貴、糸衛のことを隠していてすまなかった・・」
志貴は改まって糸音に向き直り頭を下げる。
「いいよ、別に。もう思い出したから」
「あぁ。お前にこのことを隠すと判断したのは、余計な混乱をさけるためだったんだ。本当にすまない」
「うん、気遣いありがとう。本当に思い出せてよかったよ。でも、まだ四年分の記憶は思い出せていなんだけどね」
「そうか。もしかしたらと思ったが。糸音、もしその記憶がとても辛いものだったとしても取り戻したいか?」
「そうだね。その記憶も師匠との記憶も、私の記憶で私が覚えておかないといけないものなんだ。たとえどんなに辛くて残酷な過去であっても、私はそれを受け入れる」
「そうか。糸音、強くなったな」
「うんうん。わたしはまだ弱いよ。でもこれからは、全てのことから目をそらさず、生きて行こうと心に決めている」
ダンッ!!
「あ!こんなとこにおったんか、糸音!起きたらおれへんかったから驚いたわ!よっしゃ!起きたんならもう一回勝負や!うちは、あれから強くなったでー!」
屋上の扉が豪快に開けられ、メイや学園のみんなが駆け寄ってきた。
「糸音ちゃん、また遊び行こうぜ!今度はみんなでよ!そうだ、今夜パーッと打ち上げしようぜ。なっ!真宵!」
「僕を巻き込まないでくださいよ、先輩。糸音先輩とは、まだまだ初対面だし譲葉の事で改めて礼をしないとですから。そうですね打ち上げは奢りますよ」
「マジで!やったー!」
「先輩は自腹です」
「なんだよー、冷てぇ後輩だぜ」
そんな騒がしい中、真宵の後ろに隠れていた譲葉が顔を出す。
「糸音さん。わたし、お見舞い来たの」
「おっ!ユズちゃん!そういや久しぶりじゃん!前みたいにお兄ちゃんと呼んで良いんだぜ」
「あ・・あれは・・間違えた、だけ」
「ユズに近づかないでください、先輩」
「まぁそう言わずにお兄さん」
「誰がお兄さんですか」
騒がしい夜が終わりを告げ、騒がしい日常がやってきた。糸音はその光景を大事に記憶に焼き付ける。もう忘れないように。
「良い仲間たちじゃないか糸音」
扉の陰でその眩しい光景を眺めていた糸見が静かに呟いた。
「いいのか、会わなくて。それに復讐とやらは・・」
声のする方、階段の下の暗がりに咲夜遊が立っていた。
「咲夜遊か・・・いいよ別に。糸音には色々と思い出させてもらった。それに命まで救ってもらったんだ。それで敵対していたら師匠に合わせる顔がない。咲夜遊、まさかここで私に接触してきた理由はそんな事を話すためか?」
「いいや、まぁそれもあるが。君はこちら側か最後に聞きたくてね」
「そうだな。どちらかと言われれば正直、どちらでもない。条件次第、依頼次第では敵になることも今後もあるかもな。志貴を許すことは一生ないが、糸音はかわいい妹弟子だからな。何かあったらいつでも連絡を寄越すといい。糸音のためなら、動いてやる。無条件でな」
「十分な理由だ」
「そうか。またな咲夜遊」
糸見は遊を横切り、階段を静かに下りていく。その背を見送る遊は未だ騒がしい外に目をやる。
(糸音、すまないが一つお前に嘘を教えた。だが、今はそれでいいんだ。いずれ知る事になるから。今は何も考えずにそれでいい・・・)
二
糸音が目覚めた日の夜。西にある京の都と呼ばれている華やいだ絢爛豪華の色街、神薙。そんな花街の路地裏の人気のない一角で、ある女は絵を描いていた。
「上手いな」
女に声をかけたのは黒いローブを被る怪しい男。
「それはどうも。しかし生憎ですが、これは売り物ではないんです。欲しいのなら別のものを用意しますよ、って冗談はさておき。お前何者だ?明らかに普通じゃない気を放っているぞ」
「これは失礼しました。我が主より、あなたに接触せよとの命を受けましてね。ゾフィトと申します」
「そうかい。何者かは知らんが、私は絵を描いていたんだ。邪魔をするなら失せろ」
サクッ
冷たく冷徹な声と共にゾフィトという男の頭が落ちる。鮮血が噴き出し胴体は倒れる。
絵描きの女はいつのまにか霧がかかっていた空を見る。
「誰かは知らんが寄越すならもっとマシな人材を寄越すんだな。こそこそと、一番嫌いなタイプだ」
すると霧の中から太い声が響く。
「これは失礼したな、紅呂椿。それにしても中々の手際だな。その男も中々の手練れのはずだが、それを一瞬で音もなく首を落とすとは」
「何者かは知らんが目障りだ、失せろ。私に無駄な殺しをさせるな」
「そう言うな。夕凪糸音について知りたくはないか?」
その名を聞いた瞬間、椿の凄まじい殺気が辺りを包む。
「貴様、私の前でその名を口にするということはどう言う事かわかって言っているのか?」
椿の声は冷徹に、そして残酷に空虚に響く。
「凄まじいな。もしかしらお前にとっては良い事ではないかもしれんが。夕凪糸音は生きている。そしてもうじきここに来るだろう、この花街に」
「いい加減にしろ、戯れ事はたくさんだ」
そう言い放つと椿は荷物をまとめその場を去る。
「残念ながら手駒にはできなかったか。しかしいずれわかるだろう。お前達は必ず出会う。そういう運命だ」
第一章
始まりの夜編 完




