学園襲撃(六)
一
「終わりだな」
志貴と糸見の戦闘は熾烈を極めていた、がしかし時間が経つにつれて、志貴の動きが鈍くなっていた。その一瞬の隙を見逃さず、糸見は今しがた手持ちの糸で志貴を拘束した。
「おかしいな、最近は体調が良くないから風邪かと思ったが・・毒か。油断したな、戦い方を変えたんだな糸見」
「チッ・・・最初に刺した針には徐々に体の自由を奪う遅効性の毒を塗っておいた。お前はあと二時間もすれば死ぬ。聞きたいこともあるからなとりあえず拘束しておいた。最後はこの手で・・」
「へー、強くなったじゃないか。これなら兄貴も鼻が高いだろうに」
「お前を持ち上げるつもりはないが、もし能力が使えていたならお前の方が強いだろうな。でもあくまで目的はお前の死だから、この勝敗は関係ない・・お前を殺せれば手段などどうでもいい!」
「そりゃあどうも・・でも、お前もまだその背中のデカ物を使っていないぞ。それでやりあったら、能力が使えていてもやりようによってはいけるだろう。しかし、この拘束は解けそうにないな」
「これを使っておまえの血で汚したくない、師匠の形見だからな」
「なんてこと言うんだ。仮にも僕は弟だぞ」
「お前が言うな・・お前はあの時動かなかったじゃないか!お前は兄である、師匠を見捨てたんだ!」
「それは違う!」
「何が違うっていうんだ!!何も違うことなどない・・・私とお前で行っていたらあるいは・・・」
「今、タラレバの話をして何になるんだ」
「!!!」
その一言に怒りがこみ上げてきた糸見は志貴の胸倉を掴み上げて殴り飛ばす。
ドガッッ!!!
「お前は本当に・・苛立たせる・・冷めた男だ・・なぜ!!!・・・お前はそんななんだ・・」
「ぺッ・・たしかに、兄への思いには同情する・・しかし、これは兄の望んだことなんだ」
「だまれ!!!・・・もういい!もうたくさんだ!!最後にお前に一つ聞く・・」
糸見は背中の得物を取り出した。それは刀剣ほどの大きさのでかい針だった。その得物は糸音の使う武器、針剣と瓜二つ。
「なんだ、結局それでやるのか?」
「気が変わった・・・この針剣でお前を斬る。そして師匠への手向けとしてやる・・・」
「・・っで質問はなにかな?」
「ふう・・・そうだな、忘れていた・・・お前にとっての正義とはなんだ」
「正義・・・ときたか。そうだな・・・手段か」
「手段?」
「形だけで、中身はない・・・空っぽの正義さ」
「なるほど、よくわかった。どうやら、最後までふざけたやろうだ」
「僕からもいいかな最後にひとつだけ」
「・・・なんだ?どうせふざけたことだろう」
「!?」
今まで飄々としていった志貴は真剣でそれでいて刺す様な視線で糸見を見る。その気にあてられた糸見は少しだけ警戒した。
「僕を殺したらすぐにここを去れ。そして二度とここへは来るな・・それと糸音とは会うな」
「な、なぜそんなことを言われないといけないんだ」
「それは・・・なんでもだよ・・理由は・・・」
「ふん・・まぁいいだろう。あいつには興味がないし、今頃はくたばってるかもだが」
「どうかな、糸音は君が思っているほど弱くはないけどね。なにせ僕の妹だから」
「そろそろ終わりにしよう・・・」
糸見は針剣を振り上げ、志貴を見下ろす。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
表情は冷たく深い。そこには何もなく、ただただ後悔と贖罪のみ。一度、目を瞑りスイッチを入れ替える。再び開いたその瞬間、糸見は静かに冷たい針剣を振り下ろした。
シュッッ!!!
「!?」
しかし、鮮血は飛び散らず。振り下ろした針剣は既の所で止まっていた。否、止められた。振り下ろそうとするが何かに引っ張られ動かない。よく見ると袖に小さな針が引っ掛かていた。さらによく見る。袖に引っ掛かる針には、わずかにだが穴があった。そこから糸が伸びていた。
「誰だ!」
こんな芸当ができるのはそういない、糸見はそう思い、糸のその先を見る。そこには死んでいるだろうと予測していた糸音がいた。
糸見と糸音の視線が交わる瞬間、糸音は一気に間合いを詰め、針剣を薙いだ。糸見は反応に遅れ、糸音の針剣が腹のあたりを掠める。
シュッ!
すかさず糸見はそのまま後方へと下がった。斬られた感覚はない。腹の傷を確認する。深い傷は無く、むしろ斬れてすらいなかった。
「いきなりとは・・怖いな。しかし奇襲は失敗だな」
「あなたは・・・」
「そうそう。数時間ぶり・・んで、こういう時はなんて言うのかな、久しぶりって言うべきなのかな」
二人は互いを見やる。数年ぶりの再会、しかし糸音も糸見もその実感はなく、お互い次の言葉を選んでいた。そんな時、その一瞬の静寂を破るものが現れる。
「糸音先輩!」
「・・?」
糸音は声のする方を見る。丁度、破壊された校舎の二階に真宵と譲葉がいた。
「真宵か・・良かった無事だったか」
「ええ、糸音先輩こそご無事で」
「横にいるのは譲葉か・・そっちも無事だな。槍士とメイは?」
「すんません。槍士先輩はメイを探して森にいるはずですが・・・まだ安否までは」
「そうか。まぁ二人なら大丈夫だろう。それよりも今は兄さんを頼む」
「わかりました」
真宵は譲葉を抱えながら、糸音へと近づいてくる。
志貴はそんなやりとりを眺めながら目を疑っていた。目の前で流暢に話しているこの子は本当にあの糸音なのか。その風貌、否、オーラというべきなのか何かが違っていた。問いかけるべきなのか迷った挙句、志貴は重い口を開いた。
「・・・何があったんだ糸音?」
「ごめん兄さん・・そしてありがとう、全部終わったら話すよ。それで色々聞かせてほしい。師匠のこととか」
「糸音、お前・・・・あぁ、そうだな」
「ありがとう」
志貴はそれ以上何も言わなかった。危惧していたことは過ぎ去り、今の糸音なら大丈夫と判断した。志貴は二人の生末を静かに見守ることにした。たとえ、それが最悪の結末であっても。そして、そんな様子を大人しく見ていた糸見がようやく口を開く。
「全く、邪魔ばかり増える」
「すまないな、待たせたか?」
「いや・・いいよ。ところで今更だが、自己紹介は必要か?」
「いいや大丈夫だよ。糸見姉さん、と呼ぶべきなのかな」
「どうだろうな。たしかにあんたの姉弟子ではあるが、そう呼ばれたことはなかったかな。というか記憶が無いんじゃなかったっけ?」
「あんたの部下のおかげ、なのかはわからないが。その戦いの中で思い出したよ・・まぁショック療法ってやつかな」
「へぇー、フィがやられたのか。よくもまぁ、あの毒を躱せたもんだ。少しはやれるんだな」
「安心しろ、殺してはいない。殺しはやめたからな」
「やめた?」
「あぁ、もう私は殺し屋ではないからな。ただの学生だよ」
「お前はだめだな」
「何だと?」
「殺しをやめる。とても同じ師を持っているとは思えないな。相手が殺しに来るっていうのならそいつ敵で悪だろ。ならどんな理由があれ殺すべきだ・・ましてやあの夕凪糸衛の弟子であるならな!・・・失望したぞ。やはり、お前たちではだめだな。やるなら徹底的にだ」
「師匠はそんな人ではない!お前は間違っている糸見!」
「お前だよ!間違っているのは!忘れたなら教えてやるよ!悪が誰なのかをなぁ!」
糸見は糸音へと向かって走り出す。手にした針剣で糸音を襲う。
シュッ!
カンッ!
糸音は自身の針剣で迎え打つ。ここに二人の刃が交わった。同じ武器、同じ師を持ち、互いに違えた思いがぶつかり合う。
ニ
学園での死闘が幕を開けた同じ時分、ツグハはヘルフェブルにある、とあるバーにいた。
何も遊びや息抜きで来たわけではない。
志貴に頼まれ、この暗いバーに、ある人物を迎えに来ていた。そしてカウンターの椅子に腰をかけウィスキーを煽る、件の人物を見つける。スラっとした長い足に、少し暗めの赤いジャケットを羽織ったそれに合うアカイ髪のその人物を。
「そろそろだと視えたよ、ツグハ」
「お久しぶりですね。あなたに・・」
ツグハが要件を伝えようとしたが片手でそれを制される。そして持っていたウイスキーを飲み干した。
「ふう・・あぁ、見えたから大丈夫だ。マスター、ここに置いとくよ。ご馳走様、さて急ごうか夕ヶ丘学園に、と行ってももう遅いかもしれないがね」
全てを見透かしたようなこの人物こそ志貴に依頼され探しに来た、咲夜遊その人物であった。




