ボクの発表会 第六・五章
今回、メインキャラは誰も出てきません。正直、飛ばしても全然ストーリー展開に影響ありません。
でも自分的に、どうしてもこのシーン書きたくて、我慢できませんでした。読む場合は、直前に第6章でなく第5.5章を読んだ勢いで読むと良いと思います。
正直この3人娘に関しては、モブでどーでもいいけど、折角だから個性だけは付けておこうかとデブ・チビ・ノッポにしましたが、この第6.5章書く以上ずっと名無しじゃダメだから、もう苗字だけで誰がどれか分かる様に付けました。
またプリンシパル・王子様も、この章用に名前必要になって付けました。モデルは、唯一お金払って観に行った(シネですが)のロイヤルバレエ・くるみ割り人形のプリンシパル、マルセリーノ・サンベからです。
これでもうモブ以外で名前が無いのは、アユミママと、キーちゃんパパと、日曜教室の先生くらいです(笑)。
一幕最後の、雪の精のワルツに入った。
何か先程まで、会場が異常に盛り上がっていた様だが、ようやく落ち着いている。
『太田広実』は、横にいる王子様役の『丸瀬三平』を見上げた。
太田は丸瀬に直で教えて貰ったことは無いが、この教室の卒業生で、時に海外の公演にも参加する程の実力派の現役バレエダンサーでありながら、実はダンサーとしてだけでは食えないとの事なので、この教室にも定期的に指導員として来てくれている。筋肉バカの山本と違って、スタイルも技能もスマートで、ルックスも申し分ないし、人気も結構ある。
これから太田は、その世界的バレエダンサーと、この舞台でパドドゥを踊る。
自分もそのために、これまでずっと練習を続けてきた。
一緒に練習出来たのは、ほんの数回だが、それでも彼の凄さは分かる。そして自分もそんな彼を追いかけて、プロのバレエダンサーになりたい。そんな決意を改めて持った。
一時、日曜教室の根岸が真夜中シーン限定のクララ役を返上と聞いて、その真夜中シーン限定とはいえ筋肉バカの山本とパドドゥしないといけないのかと心配したが、その役は同じ日曜教室で半年しか経験が無い磯崎がすると聞いて、それはそれで腹を立てながらも、山本と共演しなくて済んだ事は良かったと思う一面もあった。
あの濃い顔と見つめ合いながら、笑わずにパドドゥするなんて、正直無理! と思った。
まぁ未熟な磯崎が、真夜中シーン限定とはいえ《《私の》》クララ役を任せるのは不安以外の何ものでもなかったが、最近ようやく見られる程度になったのは、ある意味良い事だ。
未熟者と文楽人形で、面白おかしいパドドゥしていれば良いのよ。
とはいえ、ただ今もこの控えにいて、聞こえる会場の歓声聞いていたら、まぁ未熟な日曜教室の子らが、何かウケ狙いのバカな事でも、しでかしたのだろうかと心配したが、とりあえず、ここからはまた真面目に練習してきた本部メンバーでの正統なる演技で、ちゃんとした流れに戻さないと。
☆
そろそろ曲の切れ目が来る。ここから雪の精達の横を横切っていく段取りだ。
「じゃ、行くよ」
優雅な仕草で、丸瀬先生の王子様が誘いかけ手をさしのべる。その手を取り、大人の魅力と演技力を兼ねそろえた実力者のエスコートで、このパドドゥを踊りきってみせる。
気力も体調も充分だ。今から、その成果を出し切るのみ!
曲が、天使の歌声の合唱団の歌に変わる。
そのタイミングで、丸瀬先生と手を取って、軽やかなステップで舞台に躍り出る。
わああっ!! と盛り上がりの歓声と拍手があった。
よし、出だしは最高!
が、途中から、しゅしゅーんと静まり返り、何かガヤガヤと、しゃべる声が。
観客達も、こっちを見ているのか、別の方をキョロキョロしている様な、何か落ち着かない。
『え、何っ!?』
☆
「あれ? さっきの子じゃないよ」
「うん。衣装は一緒だけど、体格が全然違う」
クララは、明らかに背が低いし太っている。
王子様にしても、すらっと背が高く、顔も彫りが深いハンサムだ。
見た感じ2人とも、バレエそのものは先程の人たちより上手いし、安定している。
でも、それだけだ。
面白味はない。
「パンフレット見たら、王子様役と、くるみ割り人形役は別々で、クララも2人いるみたい」
「でもさっきの王子様は、くるみ割り人形の人じゃないでしょ。両方とも男性名だし」
「じゃあ、さっきの王子様とクララはイレギュラーで、こっちが正式?」
「多分、そうじゃない」
「あ、そういえばクリスマスパーティのシーンで、くるみ割り人形の取り合いとかしていたの、今の娘だった様な……」
舞台の上の、クララと王子様は、一通り踊ると下手側に消えていく。同時に合唱パートも終わる。
☆
「何なの? 何か…凄く…反応…悪い」
「おそらく観客は、さっきのシーンでの王子様とクララが、そのまま出てくると思っていたみたいだね。役が変わっていて戸惑っている感じ」
「そんな事言ったら、あたしだって…パーティのシーンで…スタートしたけど、真夜中シーンは…交代したのよ」
「多分、さっきのシーンでの2人のインパクトが強かったのだろうね。何か分からないけど」
この2人は出番待ち時に、その舞台の様子は見ていなかったから、そのシーンで何があったかは全然分かってはいない。
「あ、もう出番だよ」
「もう…、何か…やりにくい」
☆
曲がまた、天使の歌声の合唱団の歌に変わり、クララと王子様はまた手を取り合って、舞台に入っていく。
観客達は、こっちを注目こそしているが、目は少し……というか、かなり冷ややか。
静かは静かだが、厳粛に集中して声を出さない様に……というのとは違って、何か目で歓迎されていない。
雪の妖精達が広がって、2人を大きく囲んでくれている。
2人はその中でパドドゥを披露する。
途中、リフトして大技決めるが、特に歓声も上がらない。
見られている、ただ見られているだけ。
一通り、音楽と合唱に合わせて演目通りの振り付けをこなすだけ。
合唱の終わりと同時に、また上手側に消えていった。
☆
「もう…嫌。あたし、今、凄く良い感じで身体が動いていて…、いい感じで技が決まっていて…。でも、全然反応がない。出来て当たり前…とかじゃない。出来ているのに、それが何? っていう感じ。これならまだ…観客無しで練習の方がマシ…。舞台、出ていくのが…怖い。何よ、この白けた空気……」
「我慢してよ。もう、これが最後だから。この最後の出番やったら、一部目の幕が下りるから」
「でも、最後のシーンは…、一番絵になるところよ…。2人が寄り添って…手と手が絡み合って…。もしここで拍手が来なかったら…何の為にみんな…頑張ってきたの!?」
「大丈夫、信じよう。僕たちの、というよりこの一幕頑を張ってきた人たちの為に」
嫌がる太田のクララを励まして、王子様の丸瀬は最後の出番の後押しをする。
丸瀬は言葉上ではそう言ったが正直、観客の反応を信じていなかった。これまでの経験から、ダダ滑りの可能性も高いと感じていた。
でも舞台を放棄するわけにはいかない。
丸瀬はこの舞台のプリンシパル。きちんとこの第一部の幕を降ろす責任がある。
音楽はまもなく最高潮にまで盛り上がっている。後は、自分たちが出ていくだけ。
☆
丸瀬は太田の背中を押して、雪の精霊たちがいる舞台中央の背後から現れた。
そして最後のシーン。
真ん中で、一通りのパドドゥを披露した後、後ろに下がって高くなったテラスの様な所で寄り添い、一枚の絵画の中の最後の一ピースとして、華麗なる左右対称の止めポーズを決める。
音楽と天使の合唱は、最高に盛り上がって、
ジャッ・ジャッ・ジャッ・・・・・・ジャーン! とファンファーレと同時に幕が降りてきた。
観客も流石に無反応ではなかったが、まばらな拍手の中、第一幕が終了した。
☆
「いやー、もう絶対にいやー。もう出ない、もう絶対に出ないー!」
控えの所で、クララ役太田が絶叫していた。
そばに3人組残りの、高井・小玉がついて見守っている。うんうんと頷いている。
王子役の丸瀬や、演出担当は必死でなだめている。
これは、ちょっとしたトラウマになりそう。何せ、太田さんが酷い失敗したとか、手落ちがあったとかじゃない。演技はほぼ完璧。元々、教室内の同世代の中では一番上手だったから、小学生にしてクララ役に抜擢されたのだ。それが、今回は完全に仇になっている。
「でも、第二幕も最初から出番なんだよ。もう、ずっと椅子に座っていてくれたらいいから」
くるみ割り人形の第二幕は、夢の国の歓迎の舞をクララに見せる為に行われる。
台本によっては、途中の各国の踊りに参加する場合もあるし、プリンシパルがクララ役の場合はグラン・パドドゥや金平糖の踊りもする場合もあるが、今回の場合は、夢の国の住人への挨拶した後、椅子に座ってひたすら観覧役をして、最後に全員と別れの挨拶をするだけなのだが、舞台に出ずっぱりになる事に変わりはない。
「もう嫌、それならあの娘にさせればいいじゃない。あたしは出ないからね」
そう言われて、代表を含め、運営関係の人たちは途方に暮れ、控室を見渡す。
「アユミちゃんは?」
「いませーん」
「ああ、一通り出番も終わっちゃったし、着替えて帰ったか?」
「カバンとか荷物あるから、着替えても帰ってはいないとは思うんだけどね」
彼女たちを探したときに、既にロッカーとかは確認した様だ。
「とりあえず第二幕の入場は、王子様一人で状況説明とかして、クララはいなくても、すぐ後ろとかにいるフリをする感じで行くしかないか。椅子も最初から無しで」
「分かりました」
丸瀬は、大きく頷いた。
「要は、対応は全て王子様に振る様に演技すればええんやな。クララ個人との絡みは一切割愛して……難儀やけど」
金平糖役の紗妃がボヤいた。
「それしか無いだろうね。でもエンディングは絶対必要だから、それまでにアユミちゃん確保するか、それとも別に代役を立てるか……」
そう言いながら運営演出の人は、太田さんの横にいる、小玉さんと高井さんの方を見た。
とたんに2人は、ブルンブルンと全力で首を振って拒否した。
「じゃ、何とかアユミちゃん探さないとな……。それと、カーテンコールの段取りも組みなおさないといけないだろうし。ネズミのあの娘も、かなり会場ウケしていたみたいだし」
☆
その話題のアユミは、ネギとかと一緒に目立たない様にパーカーにフードを被って、観客席の一番後ろにいるという事に気付いたのは、プログラムも大分過ぎて、紗妃と丸瀬のグラン・パドドゥの頃だった。
――― 本編に続く ―――