ボクの発表会 第六章
舞台の脇に入ったところで、アユミとネギは抱き合っている。
正確には、アユミがネギに抱きつき、仕方なくネギは頭を、いいこいいこ、しているところだ。
『あ~あ』
声には出さず、キーちゃん達は、それをすぐ横で見ながら呆れていた。
見られているけど気にしていない。というより、それを気にする事は優先順位の範囲外だ。
『うんうん』
そのすぐ横の、本来の王子様の格好の山本さんも腕を組んで大きく頷いて、滂沱の涙を流している。
とはいえ、暫くして落ち着いてくると、流石にアユミも恥かしくなってきた。
その周りの反応を気にして、お姉ちゃんはゆっくりと奥に移動する様に誘導した。
流石に三人も、それ以上邪魔しちゃいけないなと、くっついては行かなかった。
何とか、舞台袖から奥の控えの部屋まで来て、椅子に座らせてくれた。
ようやくしゃべる事が出来る。
「でも、何で、何で・・・・・・」
色々、聞きたい事があった。
でも、どれから聞いていいのか頭が混乱していて、言葉に出来ない。
「そうだね。何から話して良いのか分からないけど、とりあえずきっかけは、私がアユミにクララの役を押し付けた日の夜、アユミちゃんのママから電話があったんだ。近い内に会えないか? って。
それでその週の水曜日だから翌々……翌日だね。学校終わった夕方にホテルのロビーで待ち合わせしたんだ」
と、ネギお姉ちゃんが、ゆっくり話し始めた。
―― 回想 ――
ネギが呼び出されたのは、数駅離れた超高級ホテルのロビーだった。
超高級って言い方変だ。ちゃんとした言い方でラグジュアリー・ホテルって言った方がいいかな?
待ち合いの椅子に座っていても良かったのだろうけど、何か落ち着かないので入口が見える柱の所でもたれて立っていた。
場違いじゃないかなと感じながらも今、学校の制服のままで来ていて良かったと思った。私ぐらいの年代で学校の制服は、どういう状況においても、ほぼ万能だ。
待ち合わせの時間より15分ほど前。本当は30分前には着いていたが、早すぎると思って近辺をうろうろと歩き回っていたが、やはりラグジュアリー・ホテルの雰囲気に落ち着かず、結局また、このロビーに戻って来てしまっていた。
「あら、お待たせしたのかしら」
待ち合わせの相手、アユミちゃんのママから声をかけられたのは、それでも指定時間の10分前だった。
アユミちゃんのママとは、日曜教室とかで何度か会っていたからすぐ分かった。知った顔に会えたことで、ようやくほっとした。
「それじゃ、入りましょうか」
そう言いながらアユミちゃんママは、隣接する喫茶コーナーに歩いて行った。
え? こういうところって高いんじゃ、と思いながらも付いていく。
ウェイターさんの、とても丁寧な案内で席に座る。
「何にする? 此処のバスクチーズケーキ美味しいわよ」
流石にアユミちゃんママはこういうところに慣れている感じで聞いてくるが
「あ、あの。ミルクティで」
と、言うのが精一杯だった。
「あらあらダイエットなんかしなくても大丈夫じゃない?」
そう言いながらもメニューを見て、ウェイターさんに注文していた。
実は、さっき暇つぶしに、入口のおすすめメニューのボードは見てびっくりしていたのだ。ティセットのスコーンみたいな小さい焼き菓子が2個付いたのが2,100円で、和のスイーツセットが2,000円。3段重ねの山盛りスイーツ乗っかったアフタヌーン・ティセットが7,500円だった。こんなもの、我が家の日常から見れば異次元のメニューだ。
でも案の定、届いた紅茶のカップの横には、そのボードで見たスコーンのお皿が付いていた。
おごりだよね、おごりだよねと思いながら
「あの、こういうの高いんじゃ……」と聞くが、
「あら、私が今からお願いする代償に比べたら、全然割にも合わない位よ」
と言いながら、コロコロ笑う。
こっちは「はぁ……」と、ため息つくのが精一杯。
「じゃ、本題に入りましょうか」
アユミママは手を組んで、こっちの方を覗き込むように見た。
睨まれているわけでは無いけど、視線が怖かった。
「貴方にね、やっぱり今度の発表会に出演して頂きたいの」
「え、やっぱりクララ役を?」
そう言うと、アユミママはまたコロコロと笑って
「だめよー、クララの役はもうアユミちゃんが貰ったんだから、もう返さないわよ」
「じゃあ、どの役を?」
考えた。同じシーンにはドロッセルマイヤーとかネズミの王様とか。でも王様はキーちゃんがお気に入りで取り上げる事は無理。だからと言って、今更その他大勢の兵隊の役とかは……。
するとアユミママはハンドバッグから冊子のコピーを出してきた。
見ると、どうやら今回の発表会『くるみ割り人形』の台本だ。
「代表に頼んで今回の台本コピー貰ったの。そうしたら日曜教室がする第一幕・真夜中のシーン、よくある公演では、くるみ割り人形の役と王子様の役の人は別で、ネズミ達に襲われた後その雑踏の中で入れ替わるんだけど、今回の台本では同じ人がそのまま続投するのよね。まぁくるみ割り人形の仮面と帽子を脱ぐだけなんでしょうけど」
「ええ。そうです」
私も、その台本見て練習したから、一応知っている。
「それをまた変更してもらって、よくある公演と同じように、入れ替わった王子様を貴方がやったらアユミちゃん喜ぶと思わない?」
「えー! 私が王子様を?」
「当然、入れ替わる事は、アユミには内緒で」
「え゛ーーーーー!?」
私が驚くのを、アユミママはもう笑いをこらえきれない様に、はしゃいでいる。
面白がっている。本当にこの人、娘をダシに面白がっている。
「この事は、アユミは当然、最低必要限以外の人たちには全部内緒にして」
「えっえっえっえっ……」
本当に、この人は一体、何を考えているのか。
落ち着くために紅茶を飲み、折角だからスコーンを一口・クロテッドクリームを塗って食べた。高いだけあって驚くほど美味しかった。
でも、もうこれを食べてしまった以上、私も共犯者だ。腹をくくるしかない。
大きく息を吐いて、気を落ち着けた。
同時に、つい先日にアユミ達と練習した時の事を思い出した。ほんの戯れとはいえアユミにクララの役をさせて、自分はその王子様でエスコートしたのだ。
楽しかった。とても楽しかった。
その同じ事を舞台で、それを観衆の中、スポットライトを浴びて、私とアユミだけのパドドゥを。
なんて、素敵……。
でも、突然現実に返った。
「ダメです。私はもう教室の会員じゃないし、それに出演するためのお金も……」
そうなのだ。元々それが理由で、発表会出られなかったのだ。
「お金の事は心配しないで」
「え?」
「会員じゃなければ、今回はゲスト。逆にお金払って出て貰わなきゃいけないわ」
「いや、それは流石に」
そう私が言うと、アユミママは、しゅしゅーんと明らかに沈んだような表情になった。
「そうなのよ。そう代表にも提案したけど、やっぱりダメだって……」
「でしょうね」
でもアユミママは、すぐ顔を上げて
「だから今回の事は特別。ウチの方で、発表会費用出すから」
「で、でもそんな事してもらう訳には」
そう私が言うと、アユミママは、どどーんと胸を張った。
「今回のコレは、私の我儘。それに貴方はアユミのお姉ちゃんなんだから、私の娘も同然!」
「いや、でもそれは」
「そしてその我儘のついで。貴方も本部の教室で、発表会の為の個人レッスン週一で受けなさい。ただし、レッスンはアユミに見つからないようにね。一応、アユミが行かない土曜日に予定しておくけど」
「そんな。そこまで」
「言ったでしょ。これは私の我儘。そして悪だくみに関与する報酬。お金で解決できることなら、全部心配しなくていいから」
「は、はぁ……」
私は大きくため息ついた。
でもふと気が付いた、確かアユミちゃんが出た平日クラスの事。
同級生の紗妃から、昨日こっそり『内緒やけどな』と聞いた。
「あ、実は私、同級生で平日クラス行っている友達いるんですけど、あのアユミちゃん平日クラスでいじめに遭っていると聞いて、それならアユミちゃんの個人レッスンに振り替えてあげた方が……」
そう言いかけると
「大丈夫よ。まだ音を上げていないし、この程度で音を上げる様ならこの先やっていけないわ。それに」
そして、こっそりと声を落として
「所詮、町のバレエ教室レベルの事、タカラヅカ時代のいじめ……じゃないわ指導に比べたら、ねぇ」
そう言いながら、クックッと笑った。
怖い。とても怖い。きっとタカラヅカ時代、色々なことがあったのだろうな。
いじめられる方も、いじめる方も。
※これはその当時の個人的見解であり、今となってはもう一切ないと思います。
多分。知らんけど……
本当に、この人は凄すぎる。
同時に、こういう人を母親に持ったアユミに、少し同情した。
「それとね、この秘密の交代の事について、くるみ割り人形役の子と話して、了承貰って欲しいの」
「え?」
そうなのか。おそらくアユミママと教室の代表とは話がついていて、そこまでは確定事項になっているのに、一番連絡が必要なところはまだなのか。
「流石にこういった事を、私とか教室側からとか言うと上からの命令みたいになっちゃって、立たなくて良い角も立っちゃうのよ。まずはやっぱり当人者同士じゃないとね」
「ああ、はぁ」
「くるみ割り人形役は、えっと山本くんだっけ。知っているのでしょ」
「そりゃ、次の発表会は私が当初、クララ役だったから」
彼については、その以前から知っている。
私が幼稚園の頃、彼もほぼ同時期にバレエの日曜教室に通い始めた。
でも彼は、小学生になって暫くして、本部教室の方に移動した。小学生で続投してもダメな訳じゃないんだろうけど、日曜教室には当時からも小学生以上の男の子はいない。場違いな雰囲気だからと暗黙の了解で、小学校に上がるタイミングで卒業する事になっていた。
その代わり本部教室には、そんな男の子の為のクラスがある。中学生とか大人クラスもある。
だからバレエを続ける為には、本部に行った方が良かったというのもあった。
彼とは同級生だし、移動後のそれ以降でも、基本的に同じバレエ教室でバレエやっている関係上、何度か会うこともあったし、今回みたく発表会関係で一緒に出る事もあった。
特に今回の発表会では、私がクララで彼が王子様で、ちょっと懐かしく嬉しかったところもある。つい今さっきまで忘れていたけど。
「じゃ、彼の説得はよろしくね」
ため息ついて、ミルクティを一口飲むと、ついでにもう一個のスコーンを食べた。悔しい位に美味しかった。
「今回の発表会が成功したら、今度はアユミも一緒にアフタヌーンティしに来ましょうか」
『え゛‘!? な、ななせんごひゃくえんの、あふたぬーんせっと……?』
そうコロコロ笑うアユミママの言葉に、プレッシャーがまた、どどーんと乗っかかってきたのだった。
その夜、まずは両親に発表会出る事になったけど、お金の心配はいらないとアユミちゃんのママに言われた事を報告した。両親とも複雑な顔をされたが、それでも良かったとは言ってくれた。
お金云々《うんぬん》より、私自身が絶対にアユミちゃんと同じ舞台に出たいという熱意が伝わった為か。
そして、ちょっと心を落ち着けてから山本君に電話した。
でも予想外にも、その事は2つ返事で了承してくれた。その上、自分の出番が少なくなる事より、私が発表会に出られるようになった事を、まるで自分の事の様に喜んでくれた。
あ~、良い人過ぎるよ、山本君。
とりあえず密に打ち合わせが必要で一緒の練習日作らないといけないので、こっちのレッスン日の土曜日に、日程とか段取りを詰める事になった。
それにしても、あのスコーン、美味しかったなぁ。背徳の味かなぁ。
―― 回想終わり ――
「そう。黒幕はママなのね」
それを聞いて納得した。
ある意味、完璧な筋書き。そしてママの性格を考えたら、充分にあり得る事。
実際にはそんなことしないが「おーほっほっほっ」と扇子を持って高笑いするママの姿が、頭に浮かんだ。
そんな事の為に、ボクは1か月間、一番不安な時期にネギお姉ちゃんに会えなかったんだ。会ったら秘密を隠す事なんか出来そうにもないのだろうから。
おそらくお姉ちゃんも、すごく辛かったんだと分かる。
すかざず、立ち上がる。
近くで雑用に追われる別のお母さんがいたので声をかける。
「あの磯崎ですけど、母は見ませんでした?」
その人は少し考えて
「ああ、ついさっき帰りますと言って出て行ったと思います。急ぎの用があるって」
そう言って、また別の用事の為に控室出て行った。
控室内にママのバッグを探したが、無い。ムダだと思うけど外に出て、周りを探したが、もはやその痕跡すら見つからない。
「逃げたか……」
「そんな、急がなくても。どうせ帰ったら、いるでしょ」
「ダメだよ。このままエンディングまで行って、皆でお疲れさまーってやっちゃったら、気持ち落ち着いちゃうじゃない。この怒りは、今ぶつけないと」
「ああ……」
さすが。娘の性格を、よく分かっている、とネギは感じた。
そんな時に
「あ、ここか」
と、山本さんが走ってきた。
「どうしたの?」
ネギお姉ちゃんが応える。
「あの、アユミちゃんにお客さん。このすぐ裏で」
「ボクに?」
流石にその衣装のまま出るわけにはいかなかったので、上にパーカーを羽織って、山本さんが指さすドアの向こうまで歩いて行った。
ネギお姉ちゃんも付いて来ようとしたが、山本さんに『ちょっと』、と止められていた。
☆
外に出て、回りを見渡す。
『あれ?』
そうしたら、そこに駆がいた。
いつものラフな汚れたジャンバー・ジーンズじゃない。
まるで結婚式に出席するような、フォーマルなジュニア・スーツだ。流石にそれだけは嫌がったのか、ネクタイだけはしていない。
こっちを見つけ、ちょっと気まずそうに近づいてきた。
「見たよ。凄かったね」
「あ、うん」
何が凄かったのかは教えてくれなかったけど、とりあえず誉め言葉らしい。
「意外だった。こんな事、出来るんだね」
「ああ。うん」
何か照れる。駆が、まるでボクの事を女の子だと思って接している事を。
「あ、あの」
そう言いながら、大きな袋から何かを取り出した。
花束だった。
「え?」
そんなには大きくはない。今日、控室に届いた花束の中には、抱えるのもやっとという位大きいのもあったから。
でも花束って、見かけの割にかなり高い筈。
こんな大きさでも、おそらく2千円くらいはするだろう。
まさか、自分の小遣いで。
「小さくてゴメン。でもこんな時は、花束を持っていくもんだって、兄貴が」
「兄貴って?」
「え、知らなかった? あの磯崎と一緒に、くるみ割り人形役やっていたの、俺の兄貴だ」
「えー!?」
あ、確かに。
いつも、駆・駆って呼んでいたけど、姓は山本だ。
山本って姓は多いから、全然気にした事もなかった。
あ、そういえば初めて山本さんと一緒に踊って顔を見た時、誰かに似ていると思ったのは、駆だったんだ。
確かに、お兄ちゃん程ではないけど、駆の眉も太いし、男らしくゴツイ顔つきしている。
「じゃあ渡したからな」
そう言いながら駆は、気まずそうに立ち去ろうとした。
「あ、ちょっと待って」
「え、何?」
とある事に気が付いて、駆を引き留めた。
「あのさ、今日ボクが発表会に出た事、観たとか、凄かったとか、上手だったとか、絶対誰にも言わないで」
「何でだよ」
「だって聞いた子がボクに、じゃあその時のシーンの振り付けやってみて、とか言われるでしょ」
「良いじゃん、それ位」
それは、嫌。恥ずかしい。でもそう言っても、多分気付かない。駆はニブいから。
「じゃあ、もしそう言われたら、駆がボクの相手で王子様の役をやってくれる?」
「え゛!?」
駆は言葉を詰まらせた。
「舞台は一通り見たでしょ。一緒にバレエしてくれとは言わないけど、手を差し伸べてくれたら、それを支点にして回転するし、アラベスクってこういうのね」
そう言いながら、腕を伸ばし、後ろ脚もちょっと上げて、そういう格好をする。
「その両手を持ったまま、ぐるっと周りを一回転するの。そういうのなら出来るでしょ」
想像している。その状態を想像している。
そして、暫くそれを考えた後、
「そうだな。それは絶対に嫌だ。だから絶対に言わない」
「うん」
駆にはそう言ったが、ひょっとしたら他の誰かが今日来て見ているかもしれない。
クラスの女の子達、こっそり見に来ていたかもしれない。
その時、するのがボク1人だったらとても恥ずかしいが、駆を巻き込めれば少しはマシだ。
「分かった。じゃあ」
そう言って、駆は走って去って行った。
よし。これで駆を巻き込めた。
でも、後で思えば、そんな状況で駆と2人でパドドゥもどきなんかしたら、皆がどういう反応するかなんか、その時は本当に思いつかなかったんだ。これについては、後で後悔。
でも今は良かった、と思いながらも、ニヤニヤしながら帰ろうとしたら、ドアのところにお姉ちゃんと花江さんと山本さん、そして山本さんの足に抱きつく様にキーちゃんが立っていた。
こっちも別の意味でニヤニヤしていた。
そして、後ろで見ていた事を隠そうともせず
「もぅ、アユミちゃんも花束貰ったら嬉しいなんて、やっぱり女の子だねぇ」
「え、いやちょっと」
僕は花束を隠そうとしたけど、流石に小さいとはいえ花束、簡単には隠せない。
そんなんじゃないっ!、て言いたいけど、多分無理だ。
お姉ちゃん相手じゃ、絶対に口で勝てない。
ターゲットを隣の方にした。
「山本さん! 何で、駆のお兄ちゃんって黙っていたんですか」
「あ、いや。実は気付いたの、ほんの少し前というか、その相談受けてからで。でも言ったところで、今更って感じだったから」
ああ、例のチラシ見て気付いたのは、駆の方か。
でも、あの時に駆が言っていた、知り合いがいるって。あの時に気付いていれば……。ヒントはあったのに。
「でも良いなぁアユミちゃん、花束貰えて。あたしは今回出るって、誰にも言っていないから、来る訳ないのよねぇ」
そう愚痴るお姉ちゃん。
あれ? 確か。さっき……。
「ねぇ、お姉ちゃん。あの、控室の花束置いてあるところに『根岸葉子様』ってカード付いた花束見たよ」
「ええっ? 嘘ぉ」
控室に戻る。
そして花束とか置いてあるテーブルを見ると、ああ、やっぱりあった。
しかも、こんなに凄く大きなの。
ボクのそれが、全然、霞む位の。
お姉ちゃんはその花束に付いているカードを抜いた。
送り主は、ボクのママだった。
お姉ちゃんはカードをひっくり返して、メッセージを読んだ。ボクも背伸びをして、後ろから覗き込む。
『今日まで本当にお疲れさま。何とお礼を言って良いか分かりません。これでアユミも大きく成長出来た事と思います』
美辞麗句を並べている。こんなんで騙されないからね。
『私としては、これでアユミも少しは舞台上でスポットライトを浴びる喜びを感じて貰えれば位にと思ってましたが、まさかこれほど、観衆を引き付ける魅力があったとは。本当に予想外の驚きです』
まぁどうだか。それも想定内じゃないの? ママの事だから。
『前回にも言いましたが、今回の事が無くても貴方はアユミのお姉ちゃんですので私の娘も同然です。心配事あれば何でも相談に乗ります。こう見えて、まだ私も色々なところにコネを持っているのですよ。貴方も自分の為になるのなら、何でも利用する位に貪欲になって下さい』
それはそうだよ。埋め合わせして貰わないと。
『PS。今度、お約束通りアユミも入れて、アフタヌーンティ楽しみましょう。キーちゃんとか山本くんとか誘っても良いですよ』
「えー!、そんな約束していたの!?」
「あたしからじゃないよ。向こうから一方的によ」
「ホテルのアフタヌーンティっていくらかかるのよー」
そう言いながら、お姉ちゃんの顔を見た。ちょっと、うっとりしている。
「あー、ひょっとしてラッキー! とか思っていない?」
「違うよ。そこまで思っていない!。でも、スコーンは美味しかったー」
「あーん、お姉ちゃん、もう篭絡されてるー」
こんなところでも、人たらししている。ママおそるべし。
――― もうちょっと、続く ―――