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ボクの発表会  第四章

「磯崎、今度の市民祭り、バレエで出るのか?」

「え?」


 今は、給食を食べた後のお昼休み。

 振り向いたら、かけるがいた。男時代では一番の親友だった。

 皆の認識でも、自分はずっと女だった事になっているから、ボクと彼の関係も微妙に違うのかもしれないが、これまで一緒にやってきた行動等に違いは無い様なので、まだ何とかなっている。しかも小学生高学年。微妙に男女関係を意識し始めるぐらいで済んでいるから、ボクが特定男子と仲が良くても、まぁ大丈夫と思う。向こうはそう思っていない可能性もあるけど。


「そうだけど、何で知っているの?」

 バレエ始めたのも半年前だし、クラスでも特にバレエしていることを大きく話した事などない。


「えー、磯崎さんバレエやっているの?」

 耳ざとい他の女子が気付いて聞いてきた。

「えー、凄い! じゃあ、こんな事もするの?」

 と別の子も、両腕を水平にしてアラベスクっぽい恰好をして見せた。

「うん。するけど」

 ちょっと、厄介だなと思いながら答えた。


「じゃあ、やって見せてよ」

 そう言われて、今の自分の格好を見た。スカートが短すぎる。

「だめ。今日こんな格好だし。今度、体育の時にでも」

「えー。まぁいいか、じゃ、今度ね」

「絶対ねーっ」

 そう言いながら、女子たちは去って行く。

 ああ、自分が女子やっていながら言うのも何だけど、この女子のノリは慣れない。

 ふと横を見る。駆はまだそこにいた。

 思わず苦笑いしている。

 この気持ち分かってくれるかな。まだ親友って思っていいかな?


「でもさぁ、ボク何も言っていないのに、何で知っているの?」

 そう言うと駆は用意していたのか、1枚もののチラシを出してきた。

『市民祭り・中央コミュニティセンター会場、バレエ発表会』と書いてある。

 午前がウチも含むバレエ教室で『くるみ割り人形』。午後からは、別の教室の単発ものらしい。


 でもってそこにはキャスト名も載っていて、クララ役の2番目に『磯崎歩』とボクの名前もある。

 キーちゃんと紗妃さんの名前もある。紗妃さん、金平糖の精やるんだ。凄いなぁ。

 あの3人組は、確かチビの子が『小玉』で、ノッポの子が『高井』。太っちょの子が『太田』だっけ。

 クララ役のメインの所に、『太田広実』って書いてあるから確かにそうだ。

 でもってフリッツ……クララの兄か弟だっけに『高井檜ひのき』ってあるから、これかな?。もう一人、小玉って名前はどこにもない。この流れだと、最初のクリスマスパーティのシーンでの子供たちの内の一人かな?。


「でも、こんなのの中から良く見つけたね」

 そう言うと、駆はちょっと目をそらした。

「まぁな。知り合いが、これに出るんだよ」

「へぇ」

 あえて、誰かは聞かない。もし3人娘が、駆の従姉妹とかだったら気まずい。


「こんなチラシ、知らなかったな。あ、コレ貰っていい?」

 と言うと、駆は一瞬考えたけど、

「いいよ。そのつもりで持ってきたから」

 そう言いながら「よいしょっ」と、机の両端を持ってピョンと立ち上がり、駆け出した。

「あ・・・・・・」

 お礼言う前にいなくなっちゃった。


 かと思うと、教室の入り口から顔だけ入れて、

「観に行くからな」

 と、言うだけ言ってまた消えた。

 返事くらい聞いてくれてもいいのに。


 そうか。ちょっと前に、駆が所属するサッカー教室の大会を見に行った時のお返しかな?

 まぁいいか。今度の日曜、このチラシ持って行って皆に見せよう。



 1か月は、あっという間に過ぎた。


 最初は、ついて行けなかった平日クラスのレッスンも、何度もやっている内に普通に出来る様になり、というか大体同じパターンを繰り返ししていたから、もう身体が覚えるというか勝手に動く様になった。やはり短時間ではあったが、日曜教室の後の特訓の成果かもしれない。先生には本当に感謝だ。


 ついていけるようになったら、今度はその動きを、どうすれば良く見える様になるか、皆とちゃんと同調して出来ているかなどと客観的に自分を見られるようになってきたし、先生からも足が下がっているとか、タイミングがズレているとかの指摘も来るようになった。それまでは指摘以前の問題だったから。

 もはや3人娘も、あまり突っかかってくることも少なくなってきた。無視は相変わらずだけど。


 金曜日の、発表会・個別レッスンも、相手役の山本さんにサポートして貰い、ようやくさまになっていた。

 正直、ボクは同年代の中でもかなり身長あるのに(小6なのに155cm)山本さんは、ものともせず軽々とリフトしてブンブン振り回す。ああ、これなら太田さんでも楽々リフト出来るだろうな。

 ただちょっと、彼と顔と顔を見合わせる時、たまにこらえきれなくなる。


 顔そのものが悪い訳じゃない。むしろハンサムとも言って良い。でも彼は真剣になればなるほど、独特の表情になる。文楽人形の様な表情になる。眉が太いからかも。

 ああ、そう言えば本部教室で3人娘が山本さんの噂話をしていた。

 曰く、素顔のままでくるみ割り人形になれる。いや、いっそそのまま素顔でやって、王子様になる時に王子様の仮面被った方がいいんじゃない? とか。本当に、失礼な!。

 ひどい言い方だったけど、ちょっと同意して笑った。


 でも、日曜教室の中での山本さんは、意外と子供ウケしているというかモテていた。

 人が良いし、面倒見も良いし、色々面白い事(ロボットダンスとか、歌舞伎の見栄とか)するし、合同練習の初日にアンリ・シャルパンティエのフィナンシェを人数分手土産に持ってきてくれたし(これが大きいか!?)。

 しかも、舞台では敵になるのに(なるからか?)キーちゃんとは凄く息が合う位に仲良しだ。また、彼が率いる兵隊たちの女子とも連携はしっかり取れている。

 でも本人曰く、同年代の女子、特に本部サイドのには全然モテないと愚痴っていた。笑いながら言っていたから、それほど気にしている訳ではないだろうけど。

 彼が中心にしっかりとまとまっているおかげで、日曜での練習の時もボクは本来のクララ役で戦いを傍観するとか、スリッパ投げつけるとかの役に専念できた。とても頼もしい。


 またクリスマスツリーのシーンで、ネズミ達が走り回るシーンでは、山本さんがドロッセルマイヤーの代役してくれたので、こちらの通し稽古もかなり安心だ。

 特にこのシーンでクララは、ドロッセルマイヤーとの絡みが多いので、こういう形ででもしっかり練習出来るのが嬉しい。



 発表会前日は、本番と同じ衣装を着て、同じ舞台のセットを使っての最終リハーサル(ゲネプロ)。

 この日、初めて会う人達もいる。

 第一幕、パーティから続けてこっちにも来る、もう一人の助っ人・ドロッセルマイヤー役の人だ。

 高身長ですらっとした大人で、かなりハンサムなイケメンだと思ったが、突然に眉を寄せて目をギョロっとさせると、もうドロッセルマイヤー以外に見えない。


「もー、こっちに来るんじゃないのだ!」

 キーちゃんが、その大人をポカポカと叩いている。

 え? と思ったら、優雅に挨拶してくれた。


「どうも。娘がお世話になっております。紀美子の父です」

「えー!? キーちゃん、聞いてないよー」

「わざと教えなかったのだ!」

 キーちゃんパパは、トホホのポーズをした。


「あの、バレエとかの経験は?」

「全くありません」

「えー!!」

 ダメでしょ。前半は超~出ずっぱりで、怪しいダンスするのが見どころの役なのに。


「ダンス経験はありませんが、舞台俳優の経験はあります。踊らなくてもいいからという条件で引き受けました」

「はぁ……」

 そういうのもアリなんだ。


 まぁ特にこういうバレエの舞台では男性が不足するし、このドロッセルマイヤーに関しては女性での代役難しいし、外からダンサー頼んだら特にこの役なんかは凄く高くつきそうだし。

 少なくとも、このキーちゃんパパなら、外観的にはピッタリな気がする。

 まぁ台本や振り付け考える人は大変だろうけど。


「では、リハーサルでお会いしましょう!」

 キーちゃんパパはマントをバっとひるがえして、第一幕前半組の方へ去って行った。



「ゲネプロ、行きまーす!」

 舞台進行の人が大声を上げる。

 序曲が流れる。舞台は真っ暗になる。

 自分の出番はまだまだだけど、始まると思うと緊張してきた。


 序曲が終わり、第一曲目に入ったが幕はまだ上がらない。

 その代わり、パーティのシーンの出演者がその幕の前を、上手・客席から見て右側から、下手・左側に、それぞれの役柄に合わせて歩いて行く。本来なら、外の背景とか、下手側にもお屋敷の門とか入口のセットがあり、パーティに呼ばれたお客さん達が、屋敷に入っていく、というシーンなのだが、こういう感じで行くんだ。

 舞台大道具に、そんなにお金かけられないからかなぁ。その分、招待されたお客様役の人たちは、外は寒いとか、招待されて嬉しい、とかの演技が過剰に入る。

 そして最後にドロッセルマイヤー役のキーちゃんパパが、怪しさ満載の演技で堂々と歩いて下手に抜けていき、ようやく幕が上がった。


 幕が上がるとパーティ会場。出演者がどんどん入って来る。入ってきて、それぞれ挨拶したり、子供ははしゃいだり。そして真ん中に注目する。

 『序曲・くるみ割り人形』では最も有名な『行進曲』と共に、執事みたいな人が子供たちにプレゼントを配り始める。

 そして最後にプレゼントを貰ったのが、3人娘でノッポの高井さんがクララの兄・弟役?フリッツと、ちょっと太っちょ、太田さんのクララだった。

 フリッツは貰ってすぐ横にひっこんだが、クララは貰った後、人形貰って嬉しそうに抱きながら喜びの舞を踊る。初めて見る彼女の満面の笑顔だ。


 うわ、悔しいけど上手いわ。体形がああだけど、踊るそのステップは、ほぼ重力をも感じさせない。難しいパ(ステップ)も、余裕で舞ってみせる。

 確かに経験的に言って、彼女が通しでクララした方が舞台的には良いのかもしれない。それだけの実力派である。

 でもボクならではのクララ役だってある筈。クララは幼く、舞は拙つたなくても、王子様のエスコートで引き立つ……なんてところだってある筈。そう自分に言い聞かせてみた。

 その時、後ろから声がかかる。花江さんだ。

「あらぁ。まだココにいたの? そろそろ次のシーンだよぉ」

「あ、ゴメンなさいっ」

 中に入って準備に入る。



 最終リハーサル(ゲネプロ)は終わった。

 当初心配したよりは身体は動いたし、演技も出来たと思う。

 でも、思ったより舞台は広いしセットも凄いし、みんなの衣装も綺麗で圧倒された。これらに負けない位ちゃんとした踊りが出来たかどうか、ちょっと自信がない。

 音楽も当然生演奏ではないCD音源だとは思うが、それでも結構いい感じの音が舞台に響いた。舞台も音楽も凄いから、もうちょっと派手にやった方がいいのかな?


「大丈夫だよ。凄く良くなってきた」

 山本さんは自信たっぷりに言う。

 そうなのかな?

 それでいいのかな?

 それにネギお姉ちゃんは、今日の最終リハーサルにも顔出してくれなかった。

 明日の本番は、ちゃんと来てくれるかな?

 明日ちゃんと出来るか、自信がない。


 そんなボクの沈んだ表情を見てか、花江さんが肩にポンと手を置いた。

「あらぁ。何か、納得いってないみたいねぇ」

 そして振り向いて、目の前にいた山本さんに声をかける。

「そんじゃ、いいかなぁ? 反省会しよっかぁ」

 そう言われて、山本さんちょっと当惑しながらも首を縦に振った。

「だったらキーも行くのだ。」

 その様子を見ていたのか、キーちゃんもくっついてきた。

 とてもありがたい。本当にボクは一人じゃない。

 あと、このメンバーの中にお姉ちゃんがいたらと、未練に思う。



 反省会は、以前に打ち合わせで使ったというドーナツ屋の、この会場最寄りの別の店で行った。

 まず、ボクの初舞台の感想とそれに対するアドバイス。

 実は、ボク以外の人達は全員発表会の経験あるから、舞台がどんなものかも充分位知っていた。主役をするボクだけが初舞台というのも、何だかなぁ。


 正直、ボク自身は、思ったより本格的に凄い舞台に圧倒された事、自分自身に当たるスポットライトに当惑した事、そして照明が熱かった事、その舞台の立ち位置とかを追いかける事でいっぱいいっぱいだった。


 でも共演していた3人から見た感想では、しっかり役に専念出来ていたし、音楽にもしっかりのれていたと聞いた。

 それでもボク自身は、細かな演技まで、指先・足先がしっかり伸びていたかどうかまでは自信がないと言ったら、そんな細かな事より、もっとイキイキと自信をもって演技した方が良いとアドバイス貰った。


 兵隊とネズミの乱闘シーンに関しては、もっと思い切りが欲しいと言い合っていた。やはりこっちも細かな統制より、乱闘の迫力や気迫を観客に伝えられた方が良さそうだ。微妙に演技の変更案も出てきた。

 併せて、自分たち全体で技術は未熟だろうから、せめて熱意や勢いを表現できた方が良いんじゃないかと。


 山本さんとのパドドゥは、もう全面的に自分を頼ってくれと言われた。正直、クララは未熟でも良い。頼ってくれと。クララと王子様は、相思相愛なんだから、それが感じられる様に。またそう思い込んでくれた方が良いけど、それが無理でも、せめて健気について来てくれた方が、観客の共感を得られやすいと。

「俺はアユミちゃんの事を、かけがえのない、大事な人だと思う様にするから」と、真剣な顔で言われた。


 あ、愛の告白じゃないよね……。

 でも、山本さんのその目で見つめられた時、ふと分かった。

 そうか。山本さんは、ネギお姉ちゃんのことが好きなんだ。だからこそ、ゴリ押しで、日曜教室のヘルプとして王子様役を買って出たのだと。ネギお姉ちゃんの最後の舞台の為に。

 でも、その役はボクに変わってしまった。それでも全力でこの役を全力で頑張ると約束してくれた。お姉ちゃんにとって大切な後輩……いや妹のボクの事を大事に思ってくれているから。

 だから彼の事を信頼できると実感した。同じ、ネギお姉ちゃんの事を大好きな人だと分かったから。


 そんな時に、キーちゃんパパがお迎えに来たのだが、折角だからと反省会に合流してくれた。

 そこで聞いた、舞台の先輩としての言葉。


 舞台は、観客ととても近い。どんなに後ろにいても観客は自分たちの一挙一動をしっかり見えているし、同時に舞台から観客一人一人の顔が見える。熱中してくれているか退屈しているのかも、はっきり感じる。

「だから怖いし、だから凄いよぉ」、と。


 また観客は、バレエの技術を観に来ているんじゃなく、感動したくて来ているんだから、こっちの熱い気持ちが伝われば、たとえ未熟でもまだまだ負けない要素はあると、アドバイスを貰った。


 その上で、また目をギョロっとさせドロッセルマイヤーの顔になって「はぁっ!」と、魔法をかけてくれた。

 ボクにはこんなに味方がいる。嬉しい。



 やるべき事はやった。後は明日の発表会に、全てぶつけるだけ。

 そう思って、しっかり休む為に早々にベッドに入ったが、何か興奮して眠れない。

 寝ないといけない、と思えば思うほど、眠気が来ない。


 仕方ないので、明日の自分の出番の事を、目を瞑って考えた。

 今日の反省点。どう切り替えていくかの改善点。

 貰ったアドバイスとかも、参考にして。

 よし、これで行こう。というかこれしかない。

 じゃあ、気持ち切り替えて寝よう。

 寝よう。

 寝よう。

 ……眠れない……。

 やっぱり不安で眠れないよぉ。


 何度も時計確認しながら、ようやく明け方近くになって少し眠っていたようだ。

 起きる時間に、目覚まし時計を鳴らさずに止めてベッドを出た。


 大丈夫。はっきり目は覚めている。

 頑張ろう。


 ――― 続く ―――

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