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ボクの発表会  第三章

 バレエ教室の本部は、また別の駅から少し歩いた所のビルにあった。

「あら? 今日からだっけ。案内するわ」

 日曜教室にも代理で良く来るお姉さんが受付にいた。

 教室と更衣室を案内してくれた。


「ここで着替えて、教室はここ。時間までにウォーミングアップしておいてね」

 教室には既に7~8人ぐらい来ていて、それぞれ柔軟とか準備体操していた。

 それを聞いて、手前の子が「チッ」と舌打ちしていた。


 何も知らずに、いきなり始まり時間に来ていたら、準備不足になっていた。日曜教室では、小さな子もいるから全員集まったところから柔軟運動をする。同じと思ってぼーっとしていたら馬鹿にされたところだったかも。

 やはり、あまり歓迎されていない雰囲気の様だ。


「今日から、こちらで練習する、磯崎アユミです。よろしくお願いします」

 歓迎されていようがいまいが、とりあえず筋だけは通して自己紹介した。

 何人かはペコリと頭を下げたのを見たが、ほとんどが無視だった。まぁこんなもんだろう。早々に着替えて合流し、日曜教室流の柔軟を開始する。


 じっと柔軟する様子を見て、何か言おうとしていたみたいだが、何も言われなかった。

 何か、けなしてやろうと思っていたのかもしれないが、身体の柔らかさには自信がある。技とかはまだまだだが、柔軟には自信があった。


 先生が入ってきた。日曜教室では、知らない先生だ。

 集まったところで、自分を入れて10人。おそらく中学生がメインで、自分以外の小学校高学年は3名か?

 痩せてノッポの子と、ちょっと太っている子と、やたら小さく背丈はキーちゃんと変らない位の子と。3人固まっていて、こっちの方を見て何か言っている。言葉使いでは誰が上とか下とかない様だから同級生かも。


 先生はパンパンと手を叩いて注目させた。

「今日から、新しい子が入ります」

 と、言って簡単に紹介してくれた。

「専門用語とか分からないかもしれないけど、いちいち説明はしないから、他の子のを見てやって。どうしても無理そうなら、指導するから」と言いながら、ゆっくりとしたテンポの音楽をかけ始めた。

 本当にすぐ始めるみたいだ。


 全員が、バーの横に並ぶ。分からないから、一番後ろに付いた。

「ルティレからバットマンを後・横に、それからタンデュ、前2回、横2回」

 さらっと先生が指示の言葉を入れる。


 そうしたら皆、その号令に合わせて足の蹴りを揃って繰り出している。専門用語なんか聞いてもすぐ分からない。皆の動きを見て、遅れて付いて行く。専門用語がすぐ分からないから躊躇ちゅうちょする。えと、バットマンって、こんな感じだったっけ。名前は憶えているんだけど……。

※バットマンは足を伸ばして上に蹴り上げる動作の事で、マーベルヒーローのそれとは関係ない。


 その後バーから離れて、センターに移動して、同様にアンジェヌマン・つまりはジャンプとか回転とかパ(ステップ)とか一連の流れをするが、やっぱり専門用語に苦労する。

 じっくり教えて貰えれば出来るのに、このテンポ早く、目まぐるしく変わって、付いて行くのがやっと……。いや全然付いて行けてない。

 エシャペとシャンジュマンの区別も付いていなくて、あれ? となる。だめだー。

 90分は、あっという間に終わった。


「無様よね!」チビの子に声かけられた。

「ついて行けない様なら、プチクラスの方に行ったら?」

 あ、挑発されている。

 ちなみにプチクラスは、小学1から4あたりのクラスの事だ。


「大丈夫です。あと10回以内について行けるようにします」

 10回終われば、すぐ発表会がある。それまでにモノにすると宣言したのだ。

 あ、売られたケンカ買っているな。


「ナマイキねー、あなたー」

 ノッポの子が入って来る。

「大体さー、真夜中のシーンのクララもさー、この子がする予定だったのよー」

 そう言いながら、太っちょの子の肩に手をやった。という事は、第一幕最初のパーティのシーンでのクララはこの子がするんだ、と思った。


 でもこの子がクララするんだったら、王子様がリフトする時キツそうだな、と感じた。

 身長はボクの方が高いけど、体重は彼女の方が重そうだ。


「あ…、何か失礼な事…考えていたでしょ!」

 あ、口元笑っていたかな?


「大体…今回も、シーン限定だからってクララ役を譲るのも…嫌だったのよ。でも…まだ経験も技術もあって…、また今回を最後にバレエもやめる…確か根岸っていったっけ…あの子がするならまだしも、あの…その…。で、出来なくなったらこっちに返すのが筋ってものでしょ。それもまだ…バレエ始めて半年の貴方がクララするなんて…あの、あ…筋違いよ!」

 あーやっぱり言われたな。


「でも、それで先生も良いって言われたし」

「断りなさいよ! や…役不足よ、あなた!」

 あ、日本語の使い方間違えている。


 ボクが全然こたえていない様だから、向こうもだんだんムキになってきた。

 チビの子が割り込む。

「大体、根岸だっけ、こっちのクラスにも来れない様な貧乏人が、発表会のお金も払えなくてギリギリになって退会って、大迷惑よ!」

 あ、ネギお姉ちゃんの悪口。


「まぁいい気味ね。そんな貧乏人がバレエ習うのが間違っているのよ!」

 流石に腹立ってきた。ボクの事悪く言うのは構わないけど、お姉ちゃんの悪口言うのは許せない!

 その子達を睨んで立ち上がろうとしたら、それより先に後ろにいた、凄く上手かったお姉さんがこっちに近付いてきた。


「ちょっとあんた! ウチのマブダチを悪ぅ言わんとってくれる?」

 そう言って、3人をキっと睨んだ。

 うわ、関西弁だ。同じ言い方でも、めちゃきつく感じる。


「ネギはウチがこっちに転校してきた時からのマブだから、ネギの悪口はウチに喧嘩売っとんとおんなじやからね」

「あ、ああああ」

 流石に上級生に睨まれて、3人はうろたえ、

「ご…ごめんなさい!」「申ーし訳ありませーん!」「もう言いませんからっ」

 と言って、逃げて行った。

 ああ、ここにお姉ちゃんの味方がいた。

 それでホッとしたところを見られたからか


「あんたもや!」

 いきなり厳しい声をかけられた。

「え?」

「あんたが悪いんちゃうやろけど、ウチ、ホンマに今回ネギの最後の舞台に一緒に立てる思て、楽しみにしとったんやからね」

「あ、はい」

 ああ、何か八つ当たりされている。


「あんたはネギのお気に入りみたいやから、あなたが代わりに出るのは、しゃーないわ。でも、発表会で無様ぶざまな姿見せる様なら、もう此処には来んとって!」

「は、はい!」

 縮みあがった。背筋がビクっと震えた。


 あ、甘かった。この教室に出れば、10回くらいこなせば、発表会レベルになれると思っていた。そんな甘い物じゃなかった。

 さっきの子達は、ボクよりはるかに上手い。

 主役する以上、彼女達より上手くならないといけないんだ。


「そんだけや」

 彼女はキッとこっちを睨むと、くるっと回って向こうに歩いて行った。

「あ、ありがとうございましたー!」

 素直に、彼女に頭を下げられた。

 そうなんだ。もっと気を引き締めないと。

 自分だけじゃない、自分に役を譲って貰ったお姉ちゃんの顔に泥を塗る事になる。

 彼女が目の前からいなくなっても、下げた頭を元に戻せなかった。



 家に帰ってママと、バレエの専門用語を覚える事と、その動きについて特訓した。

 用語そのものは覚えられても、すっと言われてパッとは動けない。

 おそらく皆は、地味に年月かけて覚えたのかもしれないが、ボクには時間が無い。

 水曜日のレッスンも前回に比べたら、多少はマシになったかもしれないが、やはり遅れる。遅れて焦る。焦るから、きちっとした動きにならない。手足も上がっていない。手先も伸びていない。


 金曜日の個別指導レッスンは、まだ集団練習とは違ってプレッシャーはないし、そんなに専門用語だけで指導されている訳ではない。でもレッスンは、クララの振り付けを覚えるだけで精いっぱい。+αまではいかない。



 そんなこんなで日曜が来た。

 前回飛び出して、レッスン受けなかったから、ちょっと気まずい。

 おそるおそる教室に入っていく。もう既に来ていた花江さんと目が合った。

わぁ。花江さん、こっちに走ってきて、

 走ってきて、

 走ってきて、

 走ってきて、

 やっと着いて、ギュッとボクの両手を取ってくれた。


「良かったわぁ。アユミちゃん来てくれたぁ」

 ああ、このホワホワ感、安心するー。

「き、来ますよ。だって発表会あるし、クララもするから」

「あらぁ? やっぱクララやってくれるのぉ! 嬉しいー!!」

 そう言いながら、取った両手をブンブン上下に振る。

「だってお姉ちゃん、じゃない、ネギ先輩から引き継いだ以上……」

「いいじゃないのぉ、お姉ちゃんなんでしょ」

 元々、初回のレッスンの時から、お姉ちゃんを強要されていて、プライベートではそう呼んでいたが、流石に皆の前では恥ずかしいので先輩・・と呼ぶ様に心がけていた。


「でも、あれから全然先輩に会えなくて、電話にも出てくれなくて……」

「あらぁ、そうねぇ……ネギもねぇ色々と事情があるみたいだからねぇ」

 花江さんは、ちょっと考えて頭をポリポリと掻いていたが「ま~、いっかぁ」とつぶやいて、こっちの方を見てくれた。

 その目がとても優しくて、本当に優しくて、やっぱりここに帰ってきて良かったと実感した。

 と同時に何か悲しくなってきて、思わず目の前にあった花江さんの胸に抱きついてしまった。

「どうしよう、お姉ちゃんに、クララやるんだってボクの口から報告したかったのに……」

 花江さんは抱きしめ返してくれて、

「あらぁ、いいこいいこ」

 頭をポンポンとなでてくれた。

「でもって、役得役得……」

 そう言いながら、暫く抱きしめてくれていたが、ボクが落ち着いてきたところで、抱いていた身体を開放して、言葉を切り出してきた。


「そうねぇ。コレ本当は口止めされていたんだけどぉ、この際だからぁ、ちゃんと言っておくわぁ」

 そう言うと、ちょっとだけ息を整えて

「実は先週の、まだアユミちゃんが来る前にぃ、ネギが集まっている子たち集めてねぇ、先に自分が辞める事と、クララの役をアユミちゃんに譲りたいという事を相談兼ねて聞いたんだわぁ」

「あ、ああ。先週……」

 先週はボクが電車の遅延で遅れた日だ。


「流れで言うなら、クララの役は私に押し付けるなんてケースもあったみたいだけどぉ、それは私が辞退したからねぇ」

 花江さんも経験は長いし、技術は私よりはるかにあるし、トウシューズでの経験もそこそこあるから、ポワント・ワーク(つま先立ち)もごく自然に出来る。

「でも前回も言ったでしょ。私にはネギとかアユミちゃんみたいにはなが無いのよぉ。動きもメリハリないしねぇ。そういう意味では、技的に未熟かもしれないけどぉアユミちゃんのアラベスクやデヴェロッペやバットマンは、それだけで目を引き付けるのよぉ。嘘ぉっていう位に足が上に上がるしぃ、ピシッと伸びているしぃ」

「でも……」

 それでも経験不足は補えない。特にこの花江さんなんかを目の前にしてみたら。


「あらぁ、でもそれはもういいのよぉ。その先があるから聞いてくれる?」

「あ、はい」

 そしてまた花江さんは、ちょっと息を整えた。

「それでぇネギは皆にお願いしたのよぉ。自分の我儘でアユミに主役させるけどぉ、それにみんな賛成して欲しい事と、そして皆で協力して、アユミちゃん支えてあげて欲しいという事と」

「そ、そんな」

「そういう事の一切も、自分自身でまとめ役も出来れば良かったんだろうけどねぇ。もういなくなるからって。だから皆、分かってくれたのよぉ。そして不肖この私が、その役を任されちゃってさぁ、もぉ大変!」

 そう言って、花江さんはエヘンと胸を張った。

 一瞬、花江さんで大丈夫だろうかと思ったけど、花江さんはテンポがゆったりしているだけで、芯はしっかりしている。ある意味、全部まとめてドーンと受け止めてくれる。そういう意味ではとても頼り甲斐がある人だった。


 でもそうなんだ。だから先週のネギお姉ちゃんの、あの時のあの言葉に、皆は驚かずに納得していたんだ。

 そう。お姉ちゃんは、そんな事を……ボクの為に……

 

 それらのやりとりがある中、教室の人たちもチラホラと集まって聞いていた。

「でもさぁ、聞いたのよぉ。本部でのレッスンでイジメられているんですって? 大丈夫っ?」

「え? 何でそれを」

「色々と情報網があるのよぉ」

 そう言いながら花江さんはクククと笑う。

 ああ、この人も意外と何か、裏の面とかありそう。

「でも、イジメられかけていたところを上級生の人が庇ってくれて、えと、関西弁の……」

「えーと、それ紗妃さきだねぇ」

「何か、ネギ先輩の事、大事に思ってくれているみたいで……」

「あー、そうだねぇ。紗妃、えらくネギに恩を感じているみたいだからねぇ」

「そうなんですか」

 んー、と花井さんは上向いて、ちょっと考えて

「紗妃ねぇ、小3ぐらいでこっち転校してきて、あんまり馴染んでなかったんだけどねぇ、何かのきっかけで以前バレエやっていたと聞いてぇ、ネギがこの日曜教室に連れて来たのよぉ」

「へぇ……」

 だから、花江さんも知っていたんだ。

「暫くこっち通っていたけどぉ、本格的にやりたいって本部の方に移動したのよぉ、あの、凄く上手うまいでしょっ!」

「うん。でも、ちゃんとしないと承知しないとか、かなり怖い事を言われた……」

「あー、真面目だからね、彼女ぉ。でも大丈夫よ、本気で嫌っていないから。何せアユミちゃんはネギの妹分だから、きっと発破かけただけよぉ」

「そうだよねぇ。そう思っとく……」

 そう言いながらも、また花江さんは腕組んで考え込む。


「ま、紗妃は良いとして、本部の人は何かとこっちを見下しているからねぇ。下手だとかぁ、お遊戯だとかぁ、仲良しグループだとかぁ、貧乏だとかぁ、動きがキビキビしていないとかぁ、ドンくさいとかぁ」

 やはり、そう思われているのか?。あながち間違いじゃないが、それで目の敵にされちゃ溜まらないな。ああ、目の敵にされているのは、そんな日曜教室にメインどころのクララとネズミの王様の2役を取られたせいか。


「も~こうなったら今度の発表会は、見返す為にも、アユミちゃんの足引っ張らないようにぃ、完璧に仕上げるぞ~!」

 花江さんが皆に檄を入れる為に、腕を振り上げた。

 そしたら皆の一団では「おー!」とか「はい」とか「うん」とか、あちこちからバラバラに反応があった。あ~、ウチらしいなぁ。


 と、していると先生の姿が見えた。

「わぁ、やばい!」

 まだ着替えていなかった。開始時間までは、もうちょっとあるけど、余裕かましている場合じゃなかった。

 急いで、更衣室に駆け込む。


 早々《そうそう》に着替えて来たが、開始までもうちょっとだけあった。

「あの、先生ちょっと相談が……」

 せっかくだからと、先生に話しかけた。

「どうしたの?」

「あの、本部の教室で、どうしてもルティレとかタンデュとか、専門用語言われても、すぐ動けなくて、ちょっと見て欲しくて……」

「ん~、そうね」

 先生は、ちょっと考えていた。アユミが今、平日クラスにいて、ついていけない根本的な部分。多分、今日この教室で、一番やりたかった箇所であろう。でも、本来のレッスンをおろそかにする訳にはいかない。

「じゃ、このレッスン終わってから30分だけ見てあげる。それで大丈夫?」

「はい!」

 アユミは元気よく答えた。


 そしてまた先生は「ん~」と考えて、

「その代わりといっては何だけど、ちょっと協力してくれる?」

「え、何ですか?」

「実はね……」


 先生はちょっとだけ、ため息ついて

「今日から本格的に発表会の通しでの振り付け練習しようと思ったのだけど、あのくるみ割り人形役……アユミちゃんから見たら王子様役でもあるんだけどね、その男の子が、その当の今日来れないかもしれないって連絡あったの。まだ来ていないよね」


 確か山本さんという、ガタイの大きい中3男子だそうな。まだ会った事ないけど、その話と噂は聞いていた。

 当然、まだ来ていない。来ていたら、基本女の子しかいないこのクラスではかなり目立つ筈。男の子もいる事はいるけど、お姉ちゃんかの付添みたいに来ている幼稚園の子が数人だけ。


「だから、その立ち回り練習の為に、今日だけくるみ割り人形役やってくれないかな? 振り付けは完全に覚えなくてもいいから、特にキーちゃんの相手役として」

「あー」


 流石に自分が出る箇所だから、その動画とかでも、そのシーンだけは何回も繰り返して見ていた。

 勇ましい、と言うよりロボットみたいに滑稽なダンスで、舞台のあちこちを跳んで走り回ったりする役だ。

「ダメかしら」

 心配そうに聞く先生に

「面白そう、ぜひやってみたいです!」

 と答えた。


「面白そうって、アユミちゃんらしいわね」

 この前まで、ボクも本来の兵隊役で何回か練習している。それぞれ自分の役を振り分けているけど、くるみ割り人形役の人はいないから、そのシーンではほとんど出番が少ないクララ役のネギお姉ちゃんが代役でやっていたんだ。

 今回はボクがその役目もする事になるのか。ネギお姉ちゃんの代わりに。

 ネギお姉ちゃんの、あの時の踊り、面白かったからなぁ。

 あのコミカルでちょっと間抜けな振り付けをするかと思うと、それはそれでワクワクしていた。


「じゃ、決まりね」

 先生はそう言うと、パンパンと手を叩いて全員を集めた。

「集合、集~合っ。始めまーす」

 そして全員集まったところで、まずは柔軟からスタートした。



 柔軟して、軽くバーレッスンしてバー片づけたら、早々にセンターでの振り付け練習になった。

 そこで動きやすい様に、トウシューズからバレエシューズに履き替えた。くるみ割り人形はにポワント・ワークは必要ない。むしろ走り回ったり、ジャンプしたり、軽快なステップが必要だ。


 小学校高学年以上は兵隊役。小学生の4年生まではネズミ役。

 さて、ネズミ役の子と兵隊役の子達は、役割別に左右に分かれて集合した。

 そのネズミの先頭には王様のキーちゃん。

 そして兵隊の先頭には、くるみ割り人形役のボク。

 先生が音楽をかける。音楽は一章まるまる一連の続きになっているので、今はまだクリスマスツリーが伸びるところだ。その終わりに先生が合図する。それに合わせてボク達は、立ち回りを始める。


 ネズミ達が、こっちを伺っている。

「はいここで、兵隊入場!」と先生の声。

 それに合わせて兵隊2名が更新してきて、ライフルを構える。

「ライフル撃つよ、3・2・1!」

 音楽中で『ドン!』と鳴るタイミングに合わせてボクはサーベルを振り下ろす。兵隊は銃を撃つ。撃たれてひっくり返るネズミ。でも仲間のネズミに助けられて奥に引っ込む。


「王様入場!」

 さあ、対峙だ。ネズミは王様を先頭に一団でこっちを伺う。

 こちらも兵隊たちが行進して一列に陣を引く。

 音楽が盛り上ってきた。


「2人、一騎打ち!」

 ボクは単身、王様と一騎打ちで挑む。

 王様も単身で迎え撃つ。

 互いにチャンチャン・バラバラと、サーベル・蛮刀で、打ちあったり、体を入れ替えたり。


「兵隊たち、行進!」

 その背後で、兵隊は音楽に合わせて行進したりライフルを振り回したり。

「ネズミ達も様子を伺って」

 ネズミ達、兵士に襲い掛かったり、逃げ回ったり。

「はい、くるみ割り人形は跳んで!」


 そしてここが見せ場! 兵隊の横をすり抜けて連続開脚ジャンプと回転。

「王様も、連続ターン」

 ネズミの王様も、不敵に歩いてきて連続ターンした後、刀を振り回す。

 一進一退。

 兵隊の行進、ネズミも襲い掛かったり逃げ回ったり。

 交差するその前で、ボクと王様のキーちゃんが、また一騎打ち。


「兵隊たち、それぞれ退場」

 徐々に追い詰められ、蹴散らされて、いつの間にか兵隊たちはいない。

 ボクだけが、ネズミ達に取り囲まれている。

 袋叩きにあって、痛っ! 誰だ、ボクの頭を叩いたのは。


「スリッパ投げるよ、3・2・1!」

 そこで音楽が、チャチャっ! と鳴る。展開ではクララが投げたスリッパが王様に当たるという展開で、ネズミ達は、何故かスゴスゴと退却していくのだが、その一団が去っていった後に、くるみ割り人形であるボクが横たわっている、と。


「はい、そこまでです」

 先生がまた手を叩いて合図して、強制終了になる。音楽も止める。


 これで、このシーンはおしまい。この次の展開では、本来のボクの役であるクララが、王子様になったくるみ割り人形とパドドゥを踊るシーンに繋がっていくのだ。

「それじゃ、今のところだけど」

 先生がそれぞれ、ダメ出しをして指導していく。


 いくつか指導を入れているが、ボクへの指導は特にない。まぁ多少間違えていても、覚えなきゃいけない訳じゃないから、ちゃんとした振り付けは本来の人形役の山本さんの時にかな?。

「じゃ、もう一回行くよ」

 先生は、CDを開始32分の所にセットし直している。


 思ったより楽しい。

 ここのところは当然クララばっかりで、くるみ割り人形みたいに連続開脚ジャンプとか、派手なターンとかは無かったので、ちょっと気分転換かも。



「あら?」「え?」

 目ざとい子が、見つけた。

 もはやレッスンも終わりという時、駆け込む様に入口からガタイの良い詰襟学生服の男子が入ってきた。


 別に男子禁制という訳ではないが数人の幼児を除けば、ほぼ女の園というこの場に、もはや大人の男子が入ってきて、少なからず場に緊張が走る。

 学生服を着ているから、まだ学生だと分かるが、175はある身長とガッチリした体格。そして顔もけっこう老けていて眉毛も太い。ルックス的にはそこそこ整っているのに、太い眉・太い鼻・太い唇、はっきり言って濃い!。動物で例えるなら、熊かゴリラ。

 顔の、ぱっと見のイメージ的には鈴木亮平か阿部一二三の様な。

バレエより、柔道の方がはるかに似合いそうな人。


「遅れました。申し訳ありません」

 男子は近付いてきて、ビシッと背筋が伸びた姿勢で右手を胸にあて片足半歩下げて、頭を下げた。

 少し略式の男子のカーテシー。

 ああ、やっぱりバレエやっている人の動作だ。

 バレエの、というより執事が『おかえりなさいませ、お嬢様』をしている様だ。

 多分、この人がボクのパートナーでもある山本さんなんだろうな。


 既にレッスンそのものは終わり、これからのスケジュールとかを説明していた時だから、ある意味タイミング的には良かった。

「あっらぁ、やまモッチー、今頃来たのぉ?」

 花江さんが気軽に声をかける。

「スマン。どーしても抜けられない用事だった」


「え、知り合いなんですか?」

「まぁね。モッチーとネギと私はぁ、この教室で幼稚園の時から一緒だったのよぉ」

「えー!?」

 それは初耳だ。こっちとしては本部教室側の人だから、勝手に近寄りがたいイメージ持っていたのに、こんなに気さくっぽい人だったんだ。。


「先生も、久しくしております!」

「うんうん」

 あ、先生もその頃からなんだ……。


「ちょうどいいわね。皆に紹介するからこっちに来て」

 先生が山本さんを手招きし、近付いて来て先生の横に立った。


「皆さん。今回、こっちのヘルプで王子様&くるみ割り人形役の、山本君です」

「山本です。よろしくお願いします」

 今度はしっかり本式の、右手は胸に、左手は斜め下に伸ばし、右足もぐっと引いて、深くお辞儀をした。


「「「「「「よろしく、お願いしまーす」」」」」」

 こっちも全員揃って、本式のカーテシーで挨拶を返した。

「おお!」と山本さんも、その雰囲気に圧倒された。

 バレエずっとやっているから慣れているかなと思ったけど、基本的に女性は苦手なのかもしれない。


「実はこの教室には小学1年生迄いたのですが、本格的に習いたくて本部教室の方に移動しました」

 どちらかと言うと、他にいた男子も小学生に上がると同時に辞めてしまって、居づらい雰囲気になり、男子クラスがある本部へ移動したと聞いている。


「本番まで練習はあと3回しかないから、アユミちゃんには申し訳ないけど、山本さんの王子様役での練習は本部側でしてもらって、こっちではくるみ割り人形役メインでお願いね」

「あ、はい。そう聞いています」

 そう言うと、山本さんはクララ役であるボクの方を凝視する。

 その濃い顔で見つめられると、ちょっとドキっとする。

 ・・・・・・あれ、何か誰かに似ている様な気がする。誰だっけ?


「じゃ、来週は遅れないでね」

 先生は、山本さんの背中をパンパンと叩く。

「それじゃ、今日はこれまで」

「「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」」

 全員揃ってのカーテシーに、山本さん、再度ひるむ。


「じゃ、アユミちゃん。練習見てあげる」

「すみません。トウシューズに履き替えてきます」

 そう言いながら更衣室に走る。


 帰ってくると、花江さんが山本さんと話をしている。

「ゴメンねぇ。一緒に見てあげたかったけど、ちょっとモッチーと打合せをしないといけないのよぉ」

 そう言われ、また山本さんは花江さんにパンパンと背中を叩かれる。

 その横にキーちゃんもいて


「キーも打合せするのだ。王様としての務めなのだ。もちもっちーがドーナツ奢ってくれるのだ!」

 はぁ、キーちゃんもそっち組か。

 時間が惜しいから、ボクは早々に、先生とマンツーマンでのレッスンを始めて貰う。

 レッスンの横目で見ていると、着替え終わった花江さんとキーちゃんが、教室を出て行くのが見えた。


 いつもニコやかな花江さんが、ちょっと真剣な顔になっている。

発表会近いからなぁ。頑張って、仕上げないと。



「ふぅ……」

 一気に詰めてやったから、30分で結構クタクタになった。

「どう、何とかなりそうじゃない?」

 先生が心配そうに聞いてくる。

「はい。これなら、なんとか余裕持って対応できそうです」


 先生も、これまでの教えた経験も多かったからか流石にこっちが困っている事が良く分かってくれて、特訓はかなり効果があった。

 よく使うアンジェヌマン、つまりは連続した一連の動きに合わせて、専門用語が覚えやすい様な流れで指示を貰って、また間違えた場合もどう間違えたか、間違えやすいポイントを分かりやすく説明してくれた。

「でも覚えるだけじゃダメよ。しっかり一つ一つ、完成度高めないと」

「分かっています。今までだったら、多分置いて行かれてお仕舞だったけど、これなら、なんとか」

 覚える・間違えないのは最低限として、その流れでいかに綺麗に正確に出来るかも含めて、この短時間に特訓してくれた。


「でも、やっぱり専門用語は難しいです。フランス語なんですよね。これまで全然聞いた事無い言葉ばっかりで、せめて英語だったら、まだ分かる言葉もあったかも」

 そうボクが言うと、先生はちょっと眉をひそめ、

「バレエはね、発祥こそイタリアだけど、それを大きく文化にしたのはフランス。その後ロシアやイギリスでも盛んになったけど、私はバレエ文化の本質の部分はフランスにあると思っているの」

 と、かなり熱く語った。


 それを聞いてふと、聞いてみた。

「ひょっとして、先生。フランス語出来るんですか?」

「ええ、何回か短期留学していた事もあるわ」

「じゃ、フランス語はお手のものですね」

 そう聞くと、ちょっとだけ表情を曇らせた。


「ペラペラって言いたいけど、ダメね。フランス語は難しくて」

「やっぱり、そうなんですね」

「英語はそこそこ出来るつもりなんだけどね。フランス語は文法もややこしいし、男性名詞・女性名詞があるし、何とか日常会話が出来る位。それもかなりデタラメっぽい感じの」

「はぁ……」

 バレエも難しいし、言葉も難しい。正直前途多難だ。


「でもね、言葉は凄く難しいんだけどね」

 先生はそう言った後、ニヤっと笑顔なった。

「フランス語って、とっても美しいの」

「え?」

 言葉が、美しいって……


「多分、洗練してきているんでしょうね。日常の間でも、より美しく聞こえるように。だから文法ルールから外れたりする事も多くて、覚えられないけど」

「そうなんですね……」

「というかフランス人気質がそうなんだと思う。何でも美しさが一番の価値観的な。何でも、より美しくしないと気が済まないというか」

「あ……」


 その会話に突然だけど、ちょっと前に感じた感覚の事を思い出した。

「あの、先生。言葉じゃないんだけど、ちょっと前に感じた事で」

「どうしたの?」


「ボク、トウシューズだけは最初から履いていたけど、ポワントワーク(つま先立ち)するようになったのは、比較的最近で……」

「そうね。そうだったわね」


「初めてポワントでしっかり立てる様になった時、ちゃんと出来ているか鏡、見たんだけど」

「うん」

「鏡の中の自分を見て、何か凄く、言葉に出来ない何かを感じたんです。

これが、ボク? って」

 そう言って、その時のポーズを取った。


 腕を上にアンオーにして、直立して足を前後に重ねて、そのまま、まっすぐに立った状態を見せた。

「そうね。その状態だと、下から上までまっすぐ1本の筋が通っていないと、ちゃんと立てないわ。ある意味、基本中の基本ね」

「そうなんです。この時の自分の状態を、言葉に出来なかったんだけど、今のを聞いて、これが『美しい』って事なんだな、って」

「そうね」


 先生は満足そうに、息を吐いてから、

「Tu es três belle, être confiant.(貴方はとても美しいわ、自信をもって)」と、言った。


「え? 今、何って?」

「何って言ったと思う?」

 と、意地悪そうな顔して見てくる。


「あの。もっと頑張れ、って?」

 そう言うと、ぷふっと笑って、

「そうね。そういう事よ」

 と、微笑んだ。


 あ、多分、違う。

 でも、でも……

「あの先生、ボク。ボク、またもう少しバレエが好きになりました」


「そう。それは良かったわ」

 先生は先生で満足してくれた様だ。

 

 でもこれで、今週から何とかついていけると思う。

 不安があったら、また来週もしてくれると約束してもらったし。



 今日からは、何とかぐっすり眠れそう。

 ベッドの中で、ボクはそう実感できた。


  ――― 続く ―――



先日、シネマバレエROH『くるみ割り人形』観てきました。

多分、当作に取り組む事無ければ、絶対に観に行く事などなかったでしょう。

なにせ期間が、超限定・2/7~13の1週間&映画館も全国11か所のみ&1日1回&3,700円で各種割引の恩恵一切なし!

でも、観て良かった。

英国ロイヤルバレエなので、おそらく世界最高峰のレベルなのだと思います。

これで最後まで一気に書き上げられる意欲というか充電出来ました。

全8章、推定3/15には完了予定です。


こんな私の自己満足的物語ですが、楽しみにして頂ければと思います。

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