表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

第七話

 とにかく頭が痛かった。

 上半身を起こし、頭を抱えながら、自分の今の状況を把握しようと考えを巡らせる。


 目に映るのは見慣れた自分の部屋。

 ただ、いつも目を覚ました時よりも目線が低い。


 普段はベッドで寝ているのに、今はなぜか床に寝転がっている。

 一応、体の上にはタオルケットが掛けられている。


 昨日は、同期の天沼と飲んでいたところに、彼の従兄妹だという女性2人が合流した。その内の一人と、場所を変えてお茶を飲む予定だったのに、なぜか別の居酒屋に行って、それ以上に飲まされた。自宅は徒歩圏内だったから、何とか家には帰れた。


 ただ、相手は終電がなくて。


 隣のベッドに目を向けると、こちらを見下ろしている彼女と視線が合致する。


「あ!」


 彼女の名を呼ぼうとして、思わず口を押さえた。

 ここは自分の部屋だ。名前を呼んだら、明音に呼び掛けたのと同意になる。


「おはようございます」


「……先に起きてたんだ。三輪さん」


 昨日、明音と呼び続けるのに抵抗があって、何とか聞き出した彼女の苗字で呼び掛けると、彼女はフフッと笑った。その笑い方は、彼女である明音とそっくりで、見とれてしまう。自分がずっと望んでいた光景なのに、この後、明音としたくもない話をしなくてはならないのに思い至って、気が重くなる。


「昨日は楽しかったですね」


「ごめん、俺、昨日の事うっすらとしか覚えてない」


「私と寝たことも?」


「それは……」


 痛む頭を押さえながら、彼女と一緒に家に帰ってきた時のことを思い返す。

 シャワーを浴びる気力すらなくて、服だけ着替えて、寝たんだった。彼女が着ているのも、俺が貸したTシャツと短パンではある。ただ、彼女にベッドを貸して、背を向けて寝ころんだことは覚えてる。たぶん、俺は彼女とは寝てない。


「嘘ですけど」


 俺が彼女の言葉を否定する前に、彼女が言って、口の端を上げた。

 俺にお酒を飲ませてかなり酔わせたことといい、初めて会った相手の家に泊まることといい、今みたいに相手が動揺することを言うことといい、彼女は結構いい性格をしている。

 まぁ、嫌いではないけど。


「冴島さん、すぐ寝てしまったので」

「それほどに酒を飲ませたのは君だけど」

「おかげで、彼女さんの話いっぱい聞けましたし」


 ふふんと笑うと、彼女はベッドから起き上がって、枕元に畳んでおいてあった自分の服を手に取った。


「着替えたら、帰ります」

「……途中まで送ってくけど」

「大丈夫です。迎え呼びますから」

「じゃあ、隣の部屋にいるから、着替え終わったら呼んで」


 はい。と答える彼女の声を背に、部屋を隔てる襖を閉める。そのまま、その場にしゃがみ込んで、頭を抱える。


 一緒に寝なかったとはいえ、同じ部屋で寝たことを、明音に話すべきなんだろうか。そもそも、同じ容姿の彼女に会ったことを、明音に伝えていいものなんだろうか。

 彼女に会った時は、明音に全てを話して、問い詰める気でいた。それほどまでに、自分にとってはショックなものだった。

 だけど、明音がそれを聞いて、自分との別れを選択したら、俺はどうする?


 想像して血の気が引く思いがした。


 無理だ。


 自分の口に当てた手が僅かに震えてる。自分を落ち着かせるように深く息をした。

 二日酔いで痛む頭で考えるのはうまくいかない。何度も考えて想像して、形になってから明音に話すかを決めよう。明音は俺の考えが読めるわけではないし、俺が見たものを共有しているわけでもない。話さなければ、知らないままだ。


「……会いたい」


 人を好きになるのって、こんなに苦しいものだったんだな。


 ◇◇◇


 朝の柔らかな日差しも、ふんわりと流れる風も、起き抜けの私にはとても心地よいものだった。迎えに来てくれると言っていた場所まで、歩いて向かう間、昨夜の冴島さんの様子を思い返す。


 私は、彼の口が軽くなるのを見越して、お酒を勧め、酔わせた。そして、彼の部屋に行く口実で、よくある『終電がなくなった』を使い、その目的を果たしたのに。


 彼はさっさと寝てしまった。たぶん、酔わせ過ぎたんだろう。

 寝ている彼の顔を覗き込んでみたが、起きる様子はなかった。


「あ……ね」


 うわ言のように彼女の名を呼び、


「いかないで」


 彼女を求める彼に手を伸ばすことは、流石にできなかった。


 別に冴島さんのことが好きになったわけじゃない。会ったばかりだし。ただ、自分と同じ姿と名前の人と付き合ってると言うから、興味を持っただけだ。そして、その彼女が溺愛されてるのを羨ましいと思っただけだ。だから、少し私にも分けてもらえないかと思っただけだ。その思いを。


 待ち合わせのコンビニ駐車場には、見覚えのある車が止まっていた。運転席を覗き込むと、姉の優日が、目をつぶって座ってる。寝ているかは分からなかったが、私は窓を軽くコツコツと叩いた。優日の瞼が開いて、私のことを見止めて、へにゃりと笑みを浮かべた。


「おかえり。何か食べた?」

「食べてない」

「コンビニで適当に買っておいたの。そこに置いてあるから食べて」


 後部座席にあるエコバッグには、おにぎりやパン、飲み物がこれでもかというほど、わんさかと入っていた。


「こんなに食べないよ」

「残りは帰ってきたお姉ちゃんが食べるでしょ?」

「……お姉ちゃんも帰ってこなかったの?」

「天沼さんと飲みに行ったんでしょ?なら、帰ってくるわけない」


 車を運転しながら、優日は軽く笑う。


「優ちゃんもくればよかったのに。」

「仕事だったし、私、あまりそういうの好きじゃないし」

「冴島さん、かっこよかったよ?」

「冴島?」

「天沼さんの仕事仲間」

「……今日は、その冴島さんのところから、帰ってきたの?」


 私は、バックミラーに映る姉の様子を見たけど、その表情に普段と変わったところはない。


「終電無くなっちゃって。泊めてもらっちゃった」

「……そういうの止めた方がいいんじゃない?」

「大丈夫だよ。相手は彼女いるし」

「彼女いるなら、余計ダメでしょ?」

「……彼女の惚気話聞いてたら、羨ましくなっちゃって」

「人の恋を邪魔すると嫌われちゃうよ」


 優日は深く息を吐く。ちらりと背後を確認しつつ、私とも視線を合わせた。


「いいよね。優ちゃんは彼氏がいるし。いつになったら、会わせてくれるの?」

「……忙しい人なの」

「優ちゃんと付き合う人は、私が見定めないと」

「私は、会わせたら、明音ちゃんに取られちゃいそうで怖い」

「そんなことするわけないじゃん」


 優日は私の言葉に笑みを浮かべながらも、少し考え込む様子を見せた。


「でも、私と同じ格好して会ったら、たぶん分からないんじゃないかな」

「それは……分かるでしょ」

「そうかな?」

「だって、恋人でしょう?知り合いくらいは騙せそうだけど」

「……どうかな」


 優日はそう言って、寂しそうに笑うのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ