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ドンドンドン! ドンドンドン!
〈むかえにきたよ!!〉
ドンドンドン! ドンドンドン!
あまりの恐ろしさに、太一と虎太郎は耳を塞いでリビングに突っ伏していた。
しかし、なんだか妙だ。
ここはファミリー向けのマンションで、今の時間は夕方。マンションの外廊下なら仕事帰りの大人や、習い事から帰ってくる子どもも通るはずだし、同じ階の部屋の住人全員が留守だったり眠っていたりなんてことはないはず。
これだけ大きな声で子どもが叫び、玄関ドアを叩いているなら、マンションの他の住人が何事だ、と騒いでもおかしくないだ。
それなのに、そんな様子が全くない。
このままでは埒が明かない、と雪弥は玄関に向かって足を向ける。
「待て雪弥、なにを?」
「開けないって、見るだけ!」
慌てる遥斗にそう答え、雪弥は激しいノック音と叫び声の聞こえる玄関ドアに恐る恐る近づくと、すっと背伸びをし、思い切ってのぞき穴から外を見た。
丸く膨らむ視界の下の方で、鮮やかに赤い帽子の縁が揺れている。
──……いる!
流石にこれは、ただごとではない。
雪弥は飛び退くようにして玄関ドアから離れる。すると次の瞬間、ドアを叩く音の位置が、ゆっくりと変わり始めた。
玄関ドアの下のほう、大人の膝くらいの位置だったはずが、腰、腹、胸の辺りとだんだん上のほうになってくる。
そして気付けば、叫ぶような呼び声も、大人の女性の金切り声になっていた。
ドンッドンッドンッ!! ドンッドンッドンッ!!
〈ムカエニキタヨォ!!〉
ドンッドンッドンッ!! ドンッドンッドンッ!!
「……うわぁ!」
流石の雪弥も驚いて、慌てて三人のいるリビングのほうへ駆け戻る。
どうせなら、いきなり玄関ドアを開けて犯人の顔を見てやろう、なんて思っていたのに、そんな気持ちも消え失せてしまった。
「……ど、どうする?」
「どうするって言ったって……」
雪弥は遥斗と肩を寄せ合い、開け話した中扉の前で立ち竦む。人かお化けか分からないが、こんな狂った大人を子ども四人だけでどうにかできるわけもない。
どうしたら、と考えを巡らせ、雪弥はあの噂話のことを懸命に思い出していた。
『マリナさんの手紙』について、意気揚々と語っていた愛蘭は、どうやってあの話を締め括っていたか──。
「……そうだ!『大人』だ!」
雪弥は自分のランドセルから自分のスマートフォンを取り出すと、肇に電話をかける。すると三コール目の途中で出てくれた。
「は、肇兄!」
「あぁ、雪弥くん。どうかした? 今日は友達の家で……」
「ほ、本当にきた!」
いつものように、のんびりとした口調で話し始めた肇の言葉を遮るように、雪弥は思い切り叫ぶ。
「えっ、なにが?」
「ソワールマンションの三〇六号室! た、たすけて!」
「よ、よくわかんないけど、わかった!」
雪弥のただならぬ様子に、肇が慌てた声で答えて通話が切れた。
電話を終えると、バンバンと激しいノック音や叫び声が、まるで家中に響いているかのような大きな音になっている。
異様すぎる状況に、四人ともリビングの床に座り込んでしまい、どうすることもできない。
いよいよ外にいる何者かが玄関ドアを叩き破ってくるのではないか、という音を立て始めた頃、金属のような叫び声がプツっと途切れた。
ピーーンポーーン。
甲高く鳴り響く、玄関のチャイム音。
四人が驚いて一斉にドアモニターを見ると、そこには肩で息をする大学生くらいの青年の姿──肇が映っていた。
急いで雪弥が玄関に走り、開錠してドアを開けると、額に汗を滲ませた肇が立っている。
「は、肇兄~~!」
「みんな大丈夫!?」
ひとまず中に招き入れ、リビングでぐしゃぐしゃに泣いている太一と虎太郎を落ち着かせながら、雪弥は肇に先ほどまでの出来事を説明した。
「え~~~~! なにそれ! こわい~~~~!」
話が終わるや否や、肇が顔を真っ青にして叫ぶ。
「もー、僕はてっきり、なにか事故でもあったのかと……」
「はは、ごめん。説明してる余裕なくてさ」
給食の時間、愛蘭が話していた『マリナさんの手紙』にあった、解放される方法は『大人が帰ってくること』だ。
なので、とにかく『大人』を呼ぶことだけを考えていたので、肇への状況説明は全くできず、なんだか悪いことをした気持ちになる。しかし、お化けがいるから来て、なんて言ったら来てくれなかったもしれないので、今回ばかりは良かったのかもしれないな、と雪弥は思った。
「あ、そうだ。肇兄がここに来る時って、外には誰もいなかった?」
「う、うん。そんなに大きな声と音がしてたなら、エレベーターで上がってきた時点で気付くだろうけど。そんな音も人影も、なかったよ」
肇の言葉に、四人はそれぞれ顔を見合わせる。
あんなにはっきりと、四人全員が玄関ドアを叩く音と叫び声を聞いたのに。
「……やっぱりあれって、お化け、だったのかなぁ」
虎太郎が呟くように言った言葉に、太一がすっかり怯えてしまったので、雪弥たちは太一の母親が帰ってくるまで一緒に待つことにした。
☆ ☆
翌日の昼休み。
教室階の階段近くで、雪弥と遥斗、虎太郎の三人は顔を合わせると大きく息をついた。
「昨日は大変だったなぁ」
「本当、こわかった……」
結局、太一の母親が帰ってくるまで肇も交えて一緒に留守番をし、変な訪問者があったことを一応伝えた。ドアモニターの録画も一緒にチェックしたところ、誰も映っていないのにインターホンを鳴らされたという記録がしっかり残っていたので、マンションの管理会社にこの件は連絡はしてくれたらしい。
「そういや、また手紙がきたりはしてなかったか?」
雪弥が尋ねると、遥斗が安心しろ、という顔で頷いた。
「ああ、今朝会った時に聞いたけど、新しい手紙は来てなかったみたいだぞ」
一回目の手紙が来た時、指定の日時に留守にしていたら、翌日には二回目の手紙が来ていたそうだが、来なかったということは、これで終わりということだろう。
「じゃあこれで諦めてくれた、と思いたいな」
「だな。まぁこれでひとまず、噂の手紙の件は解決か」
「よかったぁ」
三人で一緒に胸を撫で下ろすと、虎太郎がちょっとだけ楽しそうに笑う。
「……ふふふ」
「どうした?」
「すっごく怖かったけど、なんだか僕たち『三日月少年探偵団』みたいだねっ」
「あー、子どもの悩み事をズバッと解決、っていうアレ?」
「そうそう」
最近小中学生に人気のアニメで、男の子三人組が巻き起こるさまざまな難事件を解決していくという推理作品だ。夕方にやっているので、雪弥も時々見た記憶がある。
「別に、俺たちは謎解きしてるわけじゃないじゃん……」
「でも困ってた太一を助けて解決したぞ?」
「うんうん! それに『マリナさんの手紙』が本当にお化けからの手紙だったって、真相も見つけちゃったしねぇ」
妙に楽しそうな遥斗と虎太郎に、そういえばこの二人、あのアニメ好きだったな、と雪弥は思い出していた。
「でも今回は、肇兄のおかげでなんとかなったようなもんだろ」
「じゃあ、肇お兄さんもメンバーってことで」
「『少年』じゃねーだろ」
確か『三日月少年探偵団』は、有名探偵を文字ったような名前の三人の小学生が活躍する話で、大人のキャラはいなかったはず。
「じゃあ顧問とか」
「もしくは、いつも手伝ってくれる刑事さん的な?」
「あとは名前かぁ」
「……名付ける必要あるのか?」
虎太郎と遥斗が妙に盛り上がり始めている。
「『三日月少年探偵団』にちなんで『夕暮れ少年探偵団』とか?」
「なんで夕暮れ……」
「雪弥くんと遥斗くんが、夕暮れ地区のリーダーとサブリーダーだからだよぉ。前回も今回も、結局夕暮れ地区の子の悩み事だったしさ」
「『夕暮れ少年探偵団』か。まぁ悪くないんじゃね?」
「……もう、こういう体験はいいよぉ」
ワクワクする虎太郎と遥斗をよそに、雪弥は一人、大きな息を吐いた。




