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2-3

 ☆ ☆



 三日後。授業が終わると雪弥は、遥斗と虎太郎を伴い、太一と一緒に彼の自宅マンションへと向かう。遥斗も同じマンションなので、遥斗は一度自宅に戻ってランドセルを置いてから太一の家にやって来た。

「お邪魔しまーす」

 部屋はよくある2LDKのファミリー向けマンション。玄関から伸びる短い廊下の先にすりガラスの中扉があり、開けると広いリビングになっている。リビングの奥にはキッチンと、さらに奥の部屋に通じる廊下が伸びていた。

 リビングはきちんと片付けられていて、冷蔵庫に貼られたホワイトボードにオヤツの場所と、何時ごろに帰るかの伝言が書かれている。

 遥斗の家に遊びに行ったことのある雪弥は、同じ間取りでも住む人で雰囲気は変わるのだなぁと感心していた。

「それで今日は結局、留守番することになったんだな?」

 リビングのソファにランドセルを置きながら雪弥が尋ねると、太一は玄関の鍵とドアチェーンを掛けた後、暗い顔で頷いた。

「今朝、おばあちゃんの具合が急に悪くなっちゃって、放課後は一人で留守番しててって」

「俺たちが来ることはちゃんと言ってあるか?」

「うん! リーダーに一人でお留守番するの怖いって相談したら、その時は遊びに来てくれるって言われたよって、言ってある」

「よし、偉いぞ!」

 太一の両親にあのイタズラのような手紙が誘拐犯からのものかもしれないという話をしても、別の意味で心配をされるかもしれないので、太一には『慣れない留守番が怖い』という分かりやすい理由を伝えさせておいたのだ。

 子どもだけで犯罪者を捕まえる気はない。大人にはもう少し具体的な証拠を掴んでから、あの噂話と一緒に相談するつもりだ。

「しかし一番分かんないのは、なんで太一のお祖母さんが今日具合が悪くなるって知ってたか、だよなぁ」

 冷蔵庫のホワイトボードに書かれた伝言を見つめながら、遥斗がうーんと考え込む。

 手紙が投函されたのは何日も前。それなのにどうしてピンポイントで、一人になる日を予測できたのだろうか。

「やっぱ、盗聴器とかがあって、大人同士の話から推測とかしてるんじゃねーの?」

 病院からの電話など、大人同士の会話を盗聴できれば、そういった具合の悪そうな日も予測できるのではないだろうか。

「よっし! 時間までに見つけてやろうぜ。虎太郎、調べる奴もってきたか?」

「う、うん。一応……」

 雪弥に言われ、虎太郎はランドセルの中から妙に大きくて四角い物体を取り出した。見た目はなんだか黒いトランシーバーのように見える。

「これは?」

「盗聴器発見器だよ」

「なんでそんなの持ってんの?」

「昔、お姉ちゃんがストーカーされてるかもって騒いだ時に、買った奴で……」

 虎太郎の言葉に、遥斗は一度だけ会ったことのある虎太郎の姉の姿を思い出していた。おっとりした虎太郎と違い、意見をハッキリと言う、とても美人な女性だったので、そういうこともあるかもなぁと納得する。

 電源を入れると、盗聴器発見器は、ジジ……ジジ……と短いノイズを発し始めた。盗聴器から出る特殊な電波を拾うため、このような音が出るらしい。

「よし、じゃあまずリビングから!」

 盗聴器発見器を持って歩く虎太郎の背中に残りの三人がくっついて、家中の部屋を回り始める。

 テレビのあるリビングや、キッチン。太一が普段過ごしている子ども部屋に、ご両親の寝室もこっそりと入って巡ってみたが、盗聴器発見器は一定のノイズを発し続けるだけで、大きく反応はしない。

「うーん、見つからないもんだな……」

「あとどこだ?」

「えーっと、たしかお風呂場やトイレにも設置されてることがあるって聞いたよ」

 虎太郎の言葉に、お風呂場やトイレも見て回ったが、結果は変わらなかった。

「やっぱりない、みたいだね……」

「壊れてんじゃねーの!?」

「お、お姉ちゃんの時はコレで見つかったもん!」

「マジかよ、こわ……」

 話を詳しく聞いてみると、姉の時はプレゼントでもらったぬいぐるみの中に盗聴器が入っていたらしい。

 美人な姉がいると大変だなぁ、と同情しつつ、家中に置かれたぬいぐるみもチェックしてみたが、太一の家のぬいぐるみには入っていなかった。

「しかし、盗聴器もないってなると、どうやって知ったんだろうな?」

 雪弥が腕組みして息をつく。

 盗聴器発見器を見つめながら、虎太郎はポツリと呟くように言った。

「あんまり考えたくないけど、もしかしたら『マリナさん』って本当に……」


ピーーンポーーン……。


 言葉を遮るように、唐突に玄関のチャイムが大きく鳴り響く。

 慌ててリビングの時計を見ると、盗聴器探しに夢中になっていたせいか、いつの間にか指定された時間になっていた。

「……きた!」

 四人は慌ててリビングの中扉近くにあるドアモニターを見る。

 しかし、そこには誰も写っていなかった。

 玄関前の誰もいない外廊下の様子を画面に映したまま、インターホンは鳴り続ける。

「……誰もいないのか?」

「もしかして、背が低くて映らないだけ、とか……」

 設置されているインターホンの撮影範囲的に、大人の膝くらいから下は死角になってしまうのだ。なので、小さな子どもが背伸びなどして押した場合、映らない可能性もある。

 投函された手紙の、子どもが書いたような文字を思い出していた。

 悪戯をして誘拐するのだから、てっきり差出人は大人だと思っていたが、差出人が子どもなら、迎えにくるのも子どもだという可能性があってもおかしくはない。

 チャイムの音が室内に鳴り響くなか、廊下だけを映し続けるドアモニターを見つめたまま、四人は動くこともできずに固まっていた。

 もう十回以上は鳴らされただろうか。不意にチャイムの音がピタリと鳴り止んだ。

「……諦めてくれた、のか?」

「なんだ、それなら……」

 もしかしたら、たまたま宅配の人が見えない位置にいたのかもしれない。もしくは、鳴らしていた人が間違いに気付いたのでは、などと前向きなことを一瞬だけ考えたのだが、ドアモニターの画面はまだついたまま。

 このマンションのインターホンはチャイムを鳴らした時にセンサーが反応するタイプで、音を鳴らした何かしらが居るかぎりは、ドアモニターがつきっぱなしで録画され続けるタイプだ。

 ということは、まだその『なにか』は玄関ドアの向こう側にいる。

 静まり返ったリビングで固まったまま、四人が息を飲んでいると、今度は玄関ドアのほうから小さな音が聞こえてきた。


 トントントン、トントントン


 四人は一斉に閉じたままの中扉に視線を向ける。

 すりガラスの向こうは薄暗く、玄関ドアがあるだけ。その玄関ドアの外側から、小さな握り拳が一生懸命ノックしているような音がしていた。

 そっと中扉を開けて、四人は玄関ドアを窺う。

 ノックの音の聞こえてくる位置が、妙に低い。

 そして何か、ノックの音の隙間で、こちらに話しかけているような声が聞こえる。

「ねぇ、なんか言ってない……?」


 トントントン、トントントン

〈むかえにきたよ〉

 トントントン、トントントン


 よくよく耳を澄まして聞いてみると、小さなノック音と呼び声が交互に続いていた。

「ほ、本当にきたぁ……!!」

 太一と虎太郎は小声で叫びながら腰を抜かし、リビングの床に二人、抱き合うようにして座り込む。

 遥斗は誰もいない外廊下を映したままのドアモニターをじっっと見つづけていたが、ふと画面の端に何かがちらついてるのに気付いた。

「雪弥、なんか映ってないか?」

 言われて、玄関ドアを見続けていた雪弥もドアモニターに眼を凝らす。画面の下の方、端のほうで赤い何かが揺れている。

 チラチラと映り込むそれは、帽子の縁のようにも見えた。

 やはり玄関ドアの向こう側には、背の低い子どもが確実にいて、間違いなくドアを叩いているのだ。


 トントントン、トントントン

〈むかえにきたよ〉

 トントントン、トントントン


 しかし、相手が子どもとはいえ、気味が悪い。

 何もできないまま玄関ドアを睨みつけていると、次第にトントントン、という軽やかなノック音が、ドンドンドン! と拳を力任せに叩きつけるような音になってきた。

 さらに「迎えに来たよ」という声も、小さくて優しい呼びかけだったのが、まるで叫んでいるような大声になってきている。

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