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2-2

 ☆ ☆



「雪弥、ちょっといいか?」

 翌日昼休み、別のクラスの三森遥斗(みもりはると)が雪弥の教室にやってきた。遥斗は雪弥と同じ夕暮れ地区に住んでおり、子ども会ではサブリーダーをしているので何かと一緒に行動することが多い同級生の一人である。

「ああ、遥斗どうした?」

「うん、ちょっと……」

 教室では話しにくいことなのか、促されるままついていくと、教室階の端にある階段まで連れて行かれた。そしてそこには、夕暮れ地区に住む三年生・浅野太一(あさのたいち)が、着ているシャツの裾をギュッと握りながら、どこか不安そうな顔で立っている。

「よぉ、太一じゃん。どうかしたのか?」

「……りぃーだぁー、どうしよぉぉぉおおお」

 雪弥が話しかけると、糸がプツンと切れてしまったかのように、太一がボロボロと大きな涙をこぼして泣き始めた。

「えっ、なんだ? どうした?」

 ちなみに『リーダー』というのは雪弥のことで、同じ地区の下級生たちの殆どが『困り事』を聞いてくれる雪弥を、親しみを込めてそう呼んでいる。

 今回困っているのはどうやら太一本人らしいのだが、しゃくりあげるばかりで話をするのは難しそうだ。雪弥はやれやれと息を吐いて、三年生の中でも小さい太一の頭を優しく撫でる。

 その様子を見ていた遥斗が、困ったように頭を掻きながら口を開いた。

「あー、えーっと。雪弥は『マリナさんの手紙』って噂、知ってるか?」

「ん? ああ、それなら同じ班の宮橋から、昨日得意げに聞かされたばっかだぞ」

 雪弥は昨日の給食の時間を思い出しながら、ウンザリしたように答える。

「知ってるなら話がはやい。なんかあれさ、本当らしいんだよね」

「……は?」

 分かりやすく困惑した顔をする雪弥に、本人の性格をよく知る遥斗はどこか申し訳なさそうな顔で、一つの赤い封筒を差し出した。

 それを見た途端、雪弥の眉間には皺が増える。

「げっ。まさか、コレって……」

「その『まさか』だ」

 差し出された封筒を受け取ると、雪弥は嫌そうな顔をしつつもまじまじと観察した。

 どこにでも売っていそうな、ハガキサイズの暗い赤色の紙でできた封筒。表と裏と見てみるが、宛名や差出人らしきものは書かれていなかった。

「何日か前に、太一の家に届いたんだって。コイツ、俺と同じマンションだから、今朝来る時に一緒になったんだけど、その時に相談されてさ」

 封筒を開けて中を見ると、白い便箋が半分に折りたたんで入っている。取り出して開くと、薄いグレーの罫線の上に赤いペンで書かれた拙い文字が並んでいた。


『タイチくんへ

 あなたはマリナさんのお友だちに

 エラばれました。

 ○月×日、△時におむかえにいきます』


 少し角張った、サイズの安定しない文字で書かれた内容は、噂の通りに理不尽なもの。

 雪弥は口をへの字に結びつつ、ようやく落ち着いてきた太一に尋ねる。

「太一って、留守番多いのか?」

「う、ううん。でも最近、おばあちゃんが病気になったからお母さんがお見舞いにいったりしてて、たまにお留守番してる……」

 手の甲で涙を拭いながら、太一が沈んだ顔でそう言った。

 慣れない留守番で不安なところに、噂の怖い手紙を受け取ってしまったのだから、心細そさは人一倍だろう。

「……そうか。じゃあこれ、親には話したのか?」

「うん、でもぉ……」

「言ったけど、ただのイタズラだろうって言われて、相手にしてくれなかったんだってさ」

 しょんぼりしながら口篭る太一の頭を撫でながら、遥斗が代わりに答えた。

 遥斗の話によれば、この手紙はマンションの出入り口にある郵便ポストではなく、玄関ドアのポストに入っていたらしい。

 つまり相手は、明確に太一の家を把握しており『タイチ』とカタカナで書かれた宛名も、太一自身を差していることになる。

 気持ち悪いのと怖いのとで、指定された最初の日は友達の家に遊びに行ったらしい。しかしその次の日、また手紙が入っていたのだとか。

「えっ。じゃあこれって二回目の手紙?」

「そうらしい」

 遥斗が難しい顔をして頷くのを見て、雪弥は改めてもう一度封筒を見つめた。

 最初は噂を知った誰かのイタズラだろうと思ったのだが、銀星小学校で『マリナさんの手紙』の噂が話されるようになったのはここ数日のこと。話を聞く限り、それよりも前に太一の元へ一回目の手紙が届いているので、この地域の人間がイタズラでやった可能性が消える。

「……厄介だなぁ」

「時期を考えると子どものイタズラじゃなさそうだし、大人がそれっぽく作っただけだとは思うんだけど……」

 しかし、手紙の文字は低学年の児童か、それより下の年齢の子どもが書いたように見える。

「うーん。じゃあ、虎太郎に聞いてみるか? あいつ、こういうの詳しいだろ」

「そうだな」

 雪弥の提案で、三人は夕暮れ地区の隣にある、月夜地区のリーダーである夜野田虎太郎(よのだこたろう)のいる六年四組の教室へ向かう。するとちょうど教室から、丸いメガネを掛けた虎太郎が大きな本を抱えて出てくるところだった。

「あ、雪弥くんに遥斗くん。どうしたの?」

「虎太郎!」

「ちょうどよかった、来い来い!」

「え、なになに?」

 図書室に行くつもりだったらしい虎太郎の袖を引っ張って、階段の近くまで戻ると、困惑する虎太郎に例の赤い封筒を見せつける。

「お前これ、何か知ってるか?」

 最初はポカンとしていた虎太郎だったが、目の前にあるのが噂の封筒と同じ色だと気付くと、すぐに顔を真っ青にした。

「赤い、封筒……。え、もしかしてあの『マリナさんの手紙』!?」

「実はちょっと前に、太一の家に届いたらしくてさ」

 雪弥と遥斗は、驚愕の表情で固まった虎太郎に、一緒にいた太一の肩を叩きつつ事情を説明する。

「──まぁ、そういうわけで。大人が作ったやつかどうか、虎太郎なら分かるかなーって思ってさ」

「お前、そういうパソコンのこととか詳しいじゃん」

「わ、わかったよぉ」

 虎太郎は不安そうな顔を浮かべる太一をチラリと見ると、おっかなびっくりで手紙を受け取り、中身を確認しはじめた。

 丸いメガネをずり上げつつ、紙を鼻先まで近づけて、じっくりと見ていたが、しばらくして、虎太郎は大きく息を吐く。

「……たぶんこれは、本当に子どもか、少なくとも人間が手書きしてるものだと思うよ」

「えっ」

 虎太郎の説明によれば、もしもパソコンを使って作るなら、同じ文字はまったく同じ形になるはずだが、手紙の文字は同じ文字でも全部字形がバラバラ。そのうえ、書かれている文字の滲み具合から、印刷用のインクではなく、マジックペンか何かを強く押し付けながら書いているように見えるそうだ。

「てことは、めちゃくちゃ字の汚い大人が書いてる、とか?」

「まぁ、その可能性もあるかな」

 そうなるとこれはやはり、噂の『マリナさん』本人からの手紙なのかもしれない。

 しかし、本物であるなら、投函した何者かは留守番中の子どもを狙う、誘拐犯ということになる。留守番中の子どもを狙うような犯罪者が、筆跡の分かる物証をその家に送るというのは、あまり合理的とは言えないが。

「犯罪者がそんなことする?」

「それなんだよなぁ」

 怖がらせるのだけが目的のイタズラなら、指定の日にいなかったからと二通目を投函する意図が分からない。

 そしてもう一つ、本物である場合の問題点。

 この指定の日時に誰かが『迎えに来る』可能性があるということだ。

「なぁ太一。手紙に書かれてるこの日は、留守番を頼まれていたりするのか?」

「ううん、頼まれてはいないけど。でも、おばあちゃんの具合次第だから……」

 心配そうな顔で首を振る太一をじっと見ていた雪弥は、ああそうだ、と思いついた顔で大きく頷く。

「よし。じゃあ、その日はオレたちが遊びに行くから、一緒にいてやるよ」

「え、いいのぉ!?」

 雪弥の言葉に、太一が嬉しそうな顔を上げた。

「もし留守番することになった場合、一人でいたら危ないかもなんだろ? それなら他にも子どもがいれば安全だと思うんだ」

 犯人は子どもが一人で留守番しているところを狙っている。ならば一人きりにしなければいいのだ。

「なるほどな。もし留守番にならなかったり、何も起きなかったとしても、それはそれでただの悪戯だったで終わるし、いい考えだな」

 遥斗が雪弥の提案に頷くと、虎太郎がハッとして顔を上げる。

「え。ちょっと待って!『オレたち』ってことは、ボクも!?」

「いーだろ! 人数多い方が誘拐犯にも対抗できるだろうし」

「そうそう。相手が何人で来るかわかんねーんだし、虎太郎も来てくれよ」

「ええー……」

 困ったような顔をして、虎太郎は図書室に返しに行く予定の本を両手でぎゅっと抱きしめた。ちらりと下級生である太一を見ると、キラキラと期待いっぱいの眼差しでこちらを向けている。

 月夜地区のリーダーもしている虎太郎としては、困っている下級生を見過ごすことは出来ないので、はぁ、と大きく息を吐きながら頷いた。

「仕方ないなぁ、わかったよぉ……」


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