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3-4

 ☆



 ぐっすり眠っていた雪弥は、体が大きく揺れる感覚で目が覚めた。

「……んぇ?」

「ゆ、ゆ、雪弥く〜〜ん! 起きてぇぇ!」

 自分の体を揺すりながら、か細くどこまでも情けなく呼びかける肇の声の後ろで、ピーンポーン、と甲高いインターホンの音が鳴り響いている。

 そのことに気付いて、雪弥はハッと一気に覚醒し体を起こした。

「……まじか」

 室内にある時計を見ると、時間は深夜の2時を回っている。聞いていた通り、なんとも非常識な時間の訪問者だ。

「ど、ど、どうしよう……」

 隣にいる肇は、雪弥の腕にしがみついてオロオロとするばかり。

 本当にこいつは二十歳を超えた大人なのだろうか。

 肇があまりに狼狽えているので、雪弥は逆に冷静になってしまっていた。

「……まぁ、出るしかないでしょ」

 これは聞いていた通り、お化けのなかでのセオリー通りの行動である。不可思議なこの現象をなんとかするには、彼らのルールにこちらがある程度合わせるしかない。以前、赤い封筒の手紙を送りつけてくるお化けと対峙した時に、嫌と言うほど思い知ったことだ。

 ただ今回は、以前のように居なくなってもらう方法が分からないので、ひとまず会ってみるしかない。

「ほ、本当にいくのぉ?」

「だって、こんな時間にずっと鳴らされてたら、近所迷惑じゃん」

「そうだけどぉ……」

 インターホンを鳴らしているのがお化けと分かっているので、やっぱり嫌なのだろう。

 ただ肇の中では恐怖と良心が戦っているようで、いつになく眉の辺りがこんがらがっていた。

「嫌ならオレが出てくるから、肇兄は待ってなよ」

 雪弥がそういってベッドから降りて立ち上がると、肇が慌てたように抱きついてくる。

「やだぁ! 一人はやだぁ!」

「じゃあほら行くぞ、もう!」

 今にも泣き出しそうな、情けない大きな幼馴染を連れて、雪弥は部屋を出た。

 いつも泊まる時に寝ている肇の部屋は、天崎家の二階の、それも奧のほうにある。腕を掴まれたまま部屋を出た二人は、薄暗い廊下を階段のある端までゆっくり移動した。

「ゆ、ゆきやくん、明かり……」

「はいはい」

 怖がる肇に急かされ、廊下の端にある階段周辺の明かりをつけるスイッチを押す。しかし視界が明るくなることはなかった。

「……あれ?」

 カチッカチッ、と何度も押してみたが変化はない。

「どしたの?」

「つかない……」

「えぇーー!」

 就寝前、各部屋の戸締りをして回った時は普通についていたはずなのに、こんなに急に切れるとは思えない。

 よくホラー映画なんかでは、お化けのせいで明かりがつかないシーンがあるけれど、あれは本当なんだなぁと雪弥はぼんやりと実感していた。

「つかないならしょうがないよ」

「うぅ……」

 玄関のある階下に繋がる階段の先が、いつも以上に真っ暗に感じる。

 そうこうしてる間にも、インターホンは一定の間隔で変わらず鳴り続けていた。

「ゆっくり降りるからな」

「はいぃ……」

 壁や手摺りに手を沿わせながら、雪弥と肇は一段ずつゆっくりゆっくり階段を降りる。一階に近づくにつれ、やはり室内が異様に暗く感じた。

 電気を消し、カーテンを閉めていても、外に立つ街路灯の灯りなどで室内も多少は明るいものだが、そういった光の一切が遮断されているのではないだろうか。

 一階につき、すぐに廊下の明かりもつけてみようとスイッチを押したが、やはりここもつかなかった。

 暗いままの廊下から玄関のほうを見ると、ドア周辺のすりガラスの向こうがぼんやりと明るい。人感センサーで点灯する玄関照明が点いているようだった。

 つまり、そこに人がいる。

 雪弥と肇は顔を見合わせると、玄関から一番近いキッチンに入り、すぐ横の壁に貼り付けられたドアモニターを覗いた。

 小さな四角い画面の中に、玄関照明の黄色い光に照らされた、グレースーツ姿の女性が立っている。

「商店街で声かけてきたひと?」

「う、うん……」

 聞いていた通り、きっちりしたスーツ姿なのに、髪の毛はボサボサで奇妙だ。照明で影ができているせいか、表情はよく分からない。

 一定間隔で鳴るチャイムの隙間で、モニターマイクから何か言っているらしい声が聞こえた。


〈……すみません、うちの子そちらに行ってませんか?〉


 ボソボソと呟くような声で、同じ言葉を繰り返している。

 雪弥はハッとして辺りを見回した。

「ど、どしたの雪弥くん」

「……やっぱ、だれもいないよな?」

「今うちには僕と雪弥くんしかいないよぉ!」

 雪弥の言葉に、肇が情けない声でさめざめと言う。

 遥斗の話では、女性が何と言っているのか聞いた後、すぐに探されている男の子が現れたと言っていたのだが、やはり二人もいると現れないのだろうか。

 それとも、女性に話しかけられていない自分が対応するという、お化けの出るセオリーを破ってしまったからか。

「……しゃーないな」

 雪弥は頭を掻くと、玄関の方へ向かう。

「ま、待ってどうするの!?」

 慌てた肇が雪弥の腕にピッタリと抱きつきながらついてきた。

「いやぁ、いないもんはいないし。『うちにはいません』って教えようと思って」

「ええ……お化けと話すの?」

「だってしょーがないじゃん」

 この家に女性が探してる男の子はいない。

 雪弥が腕にしがみつく肇を引きずりながら玄関ドアを開けようとした、その時だった。

 ぴったりくっついていたはず二人の腕を、第三者の小さくて骨ばった手がぎゅうっと握りしめて。


〈いないって言って!!〉


 いつの間にいたのか、二人の間に見知らぬ男の子がいた。

「ぎゃーーーー!!」

 ポスターで見た通り、ボーダー柄の半袖Tシャツに紺の半ズボンを履いた、痩せ型の男の子。大きな特徴のない平凡な顔も、猫背気味な姿勢も、何もかもポスターの写真通りである。

「だぁーーーー! うるせーーーー!!」

 肇が恐怖で絶叫するのと対照的に、怒り任せた声色で雪弥は叫んだ。

 それから自分の腕を掴んでいた細い手を逆に掴み返し、そのまま引きずるようにして、雪弥は勢いよく玄関ドアを開ける。

「ここにいます!!」

 怒りのままに叫ぶようにそう言うと、女の人も男の子も、まるで煙のようにふっと消えてしまった。



 ☆ ☆



 翌日の昼休み、雪弥は昨晩起きた出来事を、遥斗と虎太郎にげっそりした顔で報告した。

「まさか、肇お兄さんが遭遇してたなんて」

「やつれてるけど、大丈夫か?」

「もしかして、怖くて眠れなかったとか?」

 おずおずと虎太郎に聞かれるが、雪弥は疲れた顔で首を横に振る。

「ちげーよ。肇兄に抱きつかれたままで寝たから、全然寝た気がしなくってさ」

 二人の幽霊が消えたあと、怯える肇を宥めつつベッドに戻ったのだが、まるで抱き枕よろしくがっつり抱きつかれて眠ることとなり、体はちっとも休まらなかった。

「お前と肇お兄さん、逆じゃね?」

「オレもそう思う」

 筋金入りの怖がりと分かってはいたが、まさかここまではとは。

 今日だって、雪弥の母親が家にいるので天崎家に泊まりに行かなくてもよいのだが、自宅に一人になってしまう肇が『夜が怖いから』という理由で、雪弥の家に泊まりにくることになっているのだ。

 通っている大学も少し遠いはずなのに、一人暮らしをしていないのはこの怖がりが原因なのではないだろうか、と八歳も年下なのに雪弥は肇の今後が心配になる。

「ま、でもこれでもう出ることはないだろ」

「探してるお母さんに引き渡したんだもんね」

「そういや、通学路のポスターも綺麗さっぱりなくなってたな」

 まさか一晩であれだけ大量にあったポスターが消えるとは思わなかったが、それこそ女性が男の子を探す必要がなくなったからと思えば、納得がいく結果だ。

「まぁでも、引き渡してよかったのかは微妙だけどな」

 どうしてあの男の子は、女性から逃げ回っていたのだろうか。

 男の子の腕を掴み返した時にチラリと見えた顔や腕には、まるで殴られたようなアザがあったのが印象に残っている。手には未だに、妙に細すぎる骨ばった腕の感触と一緒に、小さな後味の悪さが残っていた。

 しかしもう、男の子が逃げていた理由について、知る方法はない。

「でもさでもさ!」

 虎太郎が妙に楽しそうな声を上げる。

「『夕暮れ少年探偵団』としては、なかなか良いスタートなんじゃない?」

「たしかに! 今回はちゃんと解決できたもんな」

「……いやもう勘弁してくれ」

 妙に楽しげな遥斗と虎太郎を見ながら、雪弥は疲れ切ったように大きな息を吐いた。


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