081 ロンディーネとロンジュ
逃げるようにベルの元から離脱した燕面の女————ロンディーネは、同じく竜面を着けた少年————ロンジュの手を引いて丘を疾走していた。一足飛びで十数メートルを跳躍するその姿は、その名の通り華麗に蒼穹を駆ける一羽の燕を彷彿させた。
「————ヤンアル」
背後から突然呼び掛けられたロンディーネは跳躍を止め、音も無く地面に着地した。
「……ロンジュ。今、なんと言った?」
「ヤンアルって言ったよ。ロンディーネがヤンアルなの?」
「…………」
ロンジュの問いにロンディーネは黙して答えない。
「さっきベルに訊かれたんだ。ヤンアルって女の人を捜してるって」
「……べ————あの男といつの間に知り合ったんだ?」
「いつの間にっていうか、さっきの大きな石のところでたまたま会ったんだよ? でも僕の名前がキレイだとか、『ベル』って愛称で呼んでいいとか言ってくれて、とてもいい人だった!」
「…………」
再び黙り込むロンディーネにロンジュは問い直す。
「ねえ、ロンディーネがヤンアルなの?」
「……私はロンディーネだ」
「そうだよね! ロンディーネはロンディーネだ!」
ロンディーネの返事にロンジュは手を叩いて喜んだ。
「ロンジュ。今後、もしあの男が訪ねて来ても会っては駄目だ」
「えっ、どうして?」
「……あの男は私を知り合いだと勘違いしているんだ。そんな粗忽者の話を聞く必要はない」
「粗忽者って?」
「あ、ああ、そそっかしい奴ということだ」
「そうなんだ。でもベル、ヤンアルって人とスゴく会いたいみたいだったし、話くらいは聞いてあげても————」
「————ロンジュ」
ロンディーネはロンジュの両肩に手をかけて真っ直ぐにその双眸を見つめた。
「お前は自分の記憶を戻すことに専念すればいいんだ。他のことを気にかけることはない」
「でも……」
「頼む、ロンジュ。私の言うことを聞いてくれ……!」
「……うん、分かった」
ロンジュが小さくうなずくと、その頭をロンディーネが優しく撫でる。
「————ありがとう、ロンジュ」
「うん」
「さあ、フランチェスコが待っている。帰ろう」
ロンディーネは再び手を差し出したが、ロンジュは握ろうとした手を何故か引っ込めてしまった。
「どうした、ロンジュ?」
「手を繋がなくても大丈夫だよ。僕は小さな子供じゃないんだ」
「……そうか。では、しっかり付いてこい」
ロンディーネはうっすらと笑みを見せて跳躍した。その背をロンジュが意気揚々と追いかける。
「ロンディーネ、負けないよ! 僕が先に着くからね!」
◇
————30分後、ロンディーネとロンジュは歴史を感じさせる建物が立ち並ぶ街へと辿り着いた。
「……あーあ。やっぱり軽功だとロンディーネに敵わないな」
ロムルスの正門前でロンジュが残念そうに言うと、先に到着して待っていたロンディーネがジロリと視線を向けた。
「その言葉は聞き捨てならないな。まるで軽功以外は自分が上だと言っているように聞こえるぞ」
「そ、そんなことないよ。……でも、アレを使ったら僕の方が強いかもね……?」
「————駄目だ。あの技は二度と使うな、ロンジュ……!」
「わ、分かってるよ、ロンディーネ……」
真摯な口調で話すロンディーネにロンジュはたじろいで答えた。
「……よし、では行こう」
「うん」
二人はロムルスの街の中に向かって並んで歩き出した。
街の正門は二つに分かれているが、そのどちらにも門番が立っており、行き来する人や荷馬車などを厳密にチェックしていた。ロンディーネとロンジュが横を通り抜けようとすると、門番の一人が声を上げて止めにかかる。
「おい! お前ら、通行証を————あ! こ、これは失礼いたしました!」
二人の服装を眼にした門番は慌てた様子で門を通してくれた。
滞りなくロムルスの街に入った二人は目的の場所へと進んでいくが、その姿を眼に収めた住民たちは黙って道を開けて、何やらヒソヒソ話をする者もいた。
「……やっぱり僕たちの仮面って目立つみたいだね」
「そうだな。だが、どこかの街では参加者が皆仮面を着けて踊る祭りがあるそうだぞ」
「————ホント⁉︎ 僕、行ってみたい!」
「ああ、いつかな」
無邪気に笑うロンジュにロンディーネもわずかに口角を上げて答えた。
二人はその後も肩を並べて歩いていたが、やはり通行人の視線が気になるのか、ロンジュは隣で歩くロンディーネを見上げる。
「————ロンディーネ」
「どうした?」
「僕は慣れてるからいいけど、やっぱりロンディーネは仮面を外した方がいいんじゃない? 無理に僕に付き合わなくてもいいよ。————そうだ! ベルにも素顔を見せてあげれば別人だって分かってもらえるよ!」
「……あの男のことはもういい」
「でも……」
「何も私はお前に合わせているわけではない。余計な気遣いは無用だ」
「……ゴメン」
先ほどまではうっすらと笑みを見せてくれていたロンディーネの口調が突然強くなったことで、ロンジュはシュンとなった。その様子に気付いたロンディーネはロンジュの髪をクシャクシャする。
「————な、何するの、ロンディーネ……?」
「すまない。言い方がキツかったな。私は自分の顔を他人に見せたくないんだ。だから心配しなくていい」
「……そうなんだ。でも、勿体ないね」
「勿体ない? 何がだ?」
「————ロンディーネ、スゴい美人なのに!」
そう言うとロンジュは照れた様子で駆け出した。その背を見ながらロンディーネがポツリとつぶやく。
「……それが問題なんだ……」




