077 アリーヤの過去
「————あー……、アタマ痛い……!」
ビアンコの背に揺られるアリーヤが頭を押さえて言った。その褐色の体を支えながら手綱を握るベルが呆れた様子で答える。
「そりゃあ、あれだけシャンパンをガブ飲みすれば二日酔いにもなるさ」
「……うるさいわね……。ベル……、アタマがガンガンするから、ビアンコに揺らさないように走るように言って……」
「無茶を言うな。馬っていうのはどうしたって揺れるものだ」
「はうう……」
アリーヤは妙な呻き声を上げて眼をつぶった。ベルはやれやれといった様子で水筒を取り出して栓を開ける。
「ほら、水だよ。たっぷり飲むんだ」
「……ありがと」
「出来る限り揺らさないように走らせるから、キミは俺にもたれて寝てていいよ」
「……なんか、いつもより優しいわね。やっぱり、愛しのヤンアルさんに再会出来ると思って機嫌が良いの……?」
「どうしてキミは人の厚意を素直に受けられないんだ。それじゃあ、コレも没収だな」
ベルに水筒を引ったくられたアリーヤが慌てて手を伸ばす。
「わあっ! ゴメン、ゴメンってば! 謝るから返してえっ!」
「……まったく……」
口ではそう言いながらもベルは微笑を浮かべて水筒を再び差し出した。
◇
————サラサラという心地良い音が耳朶を打ち、アリーヤは眼を覚ました。
「…………ここは……?」
まだボーッとする頭で辺りを見回せば、視界にオレンジ色に染まった大きな河が飛び込んできた。
「……河……」
次第に頭がハッキリしてくると背中に暖かいものを感じ、振り返って見れば自分がビアンコの身体にもたれかかっていたことが分かった。
「……ビアンコ、アンタがあたしのベッド代わりになってくれてたの?」
ビアンコは身体を地面に倒してリラックスしているようで、アリーヤの言葉に「ブルル」と返事をする。
「————やあ、眼が覚めたかい?」
声のした方に顔を向けると、ベルが薪を持って近付いてくるのが見えた。
「アリーヤ、二日酔いはどうだい?」
「うん。ベルのおかげで大分良くなったわ」
「どういたしまして」
ベルは微笑んで薪を地面に下ろした。
「ベル、ここは……?」
「俺も初めて見たが、これが有名なベリス河みたいだ」
「ベリス河っていうと、首都・ロムルスを流れている……?」
「ああ。ここまで来たということは、着実にロムルスに近付いているということだね。ただ、もう陽が落ちてきているから今日はここで野宿をしようと思う」
「そう。あたし、顔を洗ってくるわ」
「俺はその間に火を起こしておくよ」
————夕食を終えた二人は焚き火を囲ってボツボツと話を始める。
「ねえ、ベル。アンタはどこで魔法を覚えたの?」
「俺? 俺は子供の頃に外から雇った家庭教師の先生に基本魔法をチョロっと教わったんだ。と言っても、まともに覚えたのは焚き火を起こしたりするのに便利な『火』だけだけどね」
「ふうん、家庭教師ね……。さすが腐っても領主サマね」
「腐ってもは余計だろ。そう言うキミはどこで魔法を覚えたんだ?」
「あたしは…………」
言い淀むアリーヤに対しベルが身を乗り出す。
「おいおい。人には訊いておいて自分はダンマリかい? それはルール違反ってものじゃないか」
「————分かったわよ! あたしも子供の頃、あるバアさんから習ったの!」
「それはどういった経緯で?」
「どうもこうもないわよ。たまたま盗みに入った家がそのバアさんの家で、見つかったあたしは『緊縛』の術で捕まっちゃったの」
「キミは子供の頃から強盗まがいのことをしてたのか⁉︎」
驚いた様子のベルにアリーヤは声を荒げて返事をする。
「仕方ないでしょ! あの頃のあたしはチンチクリンで自分の力で稼ぐことなんて出来なかったんだから!」
「……そ、そうだな……。移民の女の子がどこかで働くというのも難しそうだ。すまない、俺が無神経だった」
真摯な表情で謝るベルを見て、アリーヤは大きく息を吐いた。
「……もういいわよ。悪いことをしてたのは確かだし。とにかく捕まったあたしは憲兵に突き出されるのを覚悟したけど、バアさんはあたしに身の回りを世話させる条件で家に置いてくれたってワケ」
「なんだ、家族みたいな人がいたんじゃないか」
ベルの意見を聞いたアリーヤは腕を組んで分かりやすくそっぽを向いた。
「フン! あのバアさんが家族なもんですか! あたしが逆らえないことをいいことにこき使って……!」
「でも、そのお婆さんはキミに衣食住を提供して魔法まで教えてくれたんだろう? 良い人じゃないか。それなのにどうしてまた、一人で旅暮らしをしてたんだい?」
「アンタみたいに机に座ってお上品に習ったわけじゃないわ。バアさんの暇潰しに身体で覚えさせられたのよ。給金だってまともに貰った覚えもないし、十四歳になった時に喧嘩してそのまま飛び出しちゃったってオチよ」
「……そうだったのか」
ここまで聞いた限りだと、一人暮らしの偏屈な老婆がたまたま家に盗みに入ってきた孫のような年齢のアリーヤを憎からず思い共同生活を送っていたように思えたが、それは飽くまでも自分の想像でしかなく、アリーヤの複雑な心境を慮ってベルは口に出すことを控えた。
そんなベルの表情を見たアリーヤが問い詰めるように口を開く。
「……なによ。言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」
「いや、今日はもう遅い。そろそろ寝ようか」
「フン。夢の中で愛しのヤンアルさんに逢えると良いわね」
「ああ、そうだね。おやすみ」
ベルはアリーヤの皮肉にも反応せず就寝の挨拶を交わす。しかし、アリーヤは返事をせずにベルに背中を向けて寝入ってしまった。




