072 お宝返却大作戦
ベリーシャ——デルニ間の街道を、一頭の白馬が若い男女を背に乗せてゆったりと歩を進めていた。
「————全く……、一人で馬に乗れないとは今までどうやって旅をしてきたんだ……」
手綱を握る銀髪の若者がため息混じりに独り言を漏らすと、その前方で銀髪の若者に寄り掛かるようにして横座りしている褐色の肌の女性が足をブラブラさせながら答える。
「どうやってって、乗合馬車とか商人の荷車に乗せてもらったりに決まってるじゃない」
「……そんなことは分かってる。別に今のは質問したわけじゃない」
「あら、そう? あたしには質問に聞こえたんだけど」
「…………」
銀髪の若者が黙り込むと、褐色の女性が話題を変えた。
「————ねえ、ベル。ホントに返しに行かなきゃいけないの?」
「当たり前だろう。キミを雇う際に盗んだ物を返すことが条件と言ったはずだ」
「それでわざわざデルニまでトンボ帰りするの? 偽名を使って郵便で送ればよくない?」
褐色の女性が腕を広げると、銀髪の若者————ベルがジロリと一瞥をくれた。
「……高価な宝石や貴金属を郵便なんかで送れるわけがないだろう。万が一、配達時に紛失でもされたら責任が取れない」
「そうね。配達人がチョロまかす可能性もあるしね」
この他人事のような発言にベルは声を荒げる。
「————キミがそれを言うか⁉︎ そもそもキミが盗まなきゃ返しに行く必要もなかったんだぞ、アリーヤ⁉︎」
「はいはい! あたしが悪かったわよ。分かったから耳元で怒鳴らないで!」
褐色の女性————アリーヤとベルが言い合いをしていると、白馬が心配そうな視線を向けてきた。白馬の視線に気付いたアリーヤが優しくたてがみを撫でながら話しかける。
「ごめんね、ビアンコ? ベルがうるさかったよね?」
「いや、ビアンコは背に乗せる人が一人増えて、きっとそれが不満なんだ」
「……サイッテー。女の子の体重の話を持ち出すなんて……!」
「な、なんでそうなるんだ⁉︎ 物理的に人が増えたのは事実だろう!」
慌ててベルが弁解するが、アリーヤは構わずビアンコと会話を続ける。
「ヤだよねー、男ってすぐに現実的な話を持ち出すもんねー」
「……ビアンコも男だけどね……」
「…………」
ベルのつぶやきはアリーヤの耳にも届いていたはずだったが、その口からはなんの返答もなかった。
◇
「————えっ⁉︎ ちょっと前に新聞に載ってた『伝説の竜姫』って、ヤンアルさんのことだったの⁉︎」
街道沿いの木陰でパニーニをパクつきながらアリーヤが驚きの声を上げた。
「……ああ。『伝説の竜姫』かどうかは分からないが、伝承にある紅い翼は本当のことだよ」
「へえー、いいなあー。きっと綺麗なんでしょうね!」
指を組んで想像を膨らませるアリーヤにベルが同意する。
「ああ! 本当に綺麗なんだ。ヤンアルのあの翼を広げた姿は……!」
虚空を見つめながらベルが答えると、途端にアリーヤが不機嫌そうな表情を浮かべる。
「……ふーん、そうなんだ。でも、そんな目立つ特徴があるんだったら、もっと目撃情報があってもいいんじゃない?」
「そう言われればそうだな。ということは、ヤンアルは空を飛んで移動したわけじゃないのか……?」
「そうなんじゃないの? 知らないけど」
なおも不機嫌そうにアリーヤが言うが、ベルはその様子に気付かず独りごちる。
「……でも、だったらどうしてアンヘリーノの街の門番に見つからなかったんだ……?」
「さあね。『伝説の竜姫さま』だったら街の外壁を乗り越えるなんて朝飯前なんじゃない?」
「……そうなると結局、次の手掛かりがないな……」
気落ちするベルにアリーヤが励ますように声をかける。
「まあ、ここで考えていても仕方ないわよ。今はとりあえずあたしが盗んだ物を返しにデルニに戻るんでしょ?」
「……そうだね————あっ」
突然何かを思い出したようにベルが端正な顔を上げた。
「急にどうしたのよ?」
「いや、そういえばベリーシャで盗みに入る前、キミが俺の部屋を探っていたのはどうしてだかずっと訊きたいと思っていたんだ。あれがなければ俺に捕まることもなかったはずなのに……」
「…………!」
ベルに尋ねられたアリーヤは残っていたパニーニを急いで口に放り込み、立ち上がった。
「————はい、休憩終わり! ホラ、さっさと行くわよ! ベル!」
「え? 俺はまだ食べ終わっていないぞ……」
「そんなもの、ビアンコに乗りながら食べればいいでしょ!」
「お、おい……」
アリーヤはベルの手を引っ張って強制的に立ち上がらせた。
◇ ◇
————その夜、アリーヤが盗んだ物を無事返し終えたベルは覆面を剥ぎながらため息をついた。
「……はあ、いくら弱小とはいえ領主の息子が盗人のような真似をする羽目になるとは……。母上に知られたら八つ裂きにされてしまうな……」
「だから、アンタはどこかで待っていればいいって言ったじゃない」
「そうはいかない。キミが本当に返したか確認しなきゃならなかったからね」
「フン。信用されているようで何よりだわ。それで、これからどうするのよ?」
不満げに鼻を鳴らしたアリーヤが尋ねると、ベルが顔を上げて答える。
「ああ、ひとまず今夜はバルディ卿へ報告に行こうと思う」
「バルディ卿って?」
「デルニ辺りを治める領主さ。以前、デルニを訪れた時にお世話になったんだ」
「ふーん、領主ね……」
あまり気乗りしない様子でアリーヤはベルの後に続いた。
————再びバルディ卿の邸を訪ねると、知らせを受けたバルディ卿が諸手を挙げて歓迎してくれた。
「おお、ベル殿! 例の彼女は見つかったのか⁉︎」
「……いえ、残念ながら目撃情報は空振りに終わってしまいました」
「そうか……。だが、ちょうど良いところに戻って来てくれた!」
「…………? 良いところに、とは……?」
バルディ卿はベルの両肩に手をかけて大きくうなずいた。
「うむ! ベル殿のご母堂から手紙が届いたのだ!」
「————母上から、手紙……?」




