014 代理決闘開始
ガレリオ家の中庭では年老いた庭師が伸びた庭木の剪定作業を行なっていた。一寸の狂いもなく切り揃えられた庭木からは老庭師の丁寧な仕事ぶりが窺える。
「————やあ、ニコロ爺さん。元気かい?」
「…………」
背後から声をかけられたニコロと呼ばれた老庭師は、手を止めてゆっくりと振り返った。
「これは、ベルティカ坊っちゃま。ええ、この通り元気ですとも」
「それは良かった。でも、いい加減『坊っちゃま』は止してくれないか? 俺はもう二十二だぞ」
苦笑いを浮かべたベルが言うと、ニコロ爺さんは首を振りながら答える。
「いえいえ、あなた様がお産まれになられた時からお仕えしておるのです。ワシにとってはいつまでもベルティカ坊っちゃまですじゃ」
「ふーむ、それは困ったな。でも、言われてみればニコロ爺さんは初めて会った時から爺さんだったな。おあいこと言うことで手を打つしかないか」
「ハッハッ、そうですな…………」
朗らかに笑ったニコロ爺さんはベルの後ろに立つ女たちの姿に気付いた。
「レベイアお嬢様、またお美しくなられましたな」
「ありがとう、ニコロ」
レベイアが小さく微笑み返事をすると、ニコロ爺さんは後方へと眼を向けた。
「それにカレン嬢ちゃんも相変わらず綺麗じゃな————おや、そちらの褐色のお嬢さんは新しい使用人ですかの?」
「私はヤンアル。メイドという名前ではない」
真面目な表情で答えるヤンアルに対しニコロ爺さんは首をひねる。
「はあ、それではお嬢さんは————」
「————すまない、ニコロ爺さん! 今からちょっと中庭を使うんだ。休憩でもしてきてくれないか?」
「はあ、ですがまだ剪定が終わっておりませんが…………」
「いいから、いいから! なんなら明日でもいいから、ゆっくりお茶でも飲んできてくれ!」
「はあ……」
ベルに背中を押されてニコロ爺さんは使用人が暮らす離れへ向かって行った。
「さてと……、本当にやるのか? レベイア」
「……一度、口にした以上仕方ありませんわ」
「しかしなあ…………」
「————ベルティカ様! レベイア様!」
ベルが困り顔で頬を掻いた時、背後から男の声が聞こえてきた。振り返ると、小走りでこちらに向かって来るのは使用人のミキである。
「ミケーレ、どうしたんだ?」
「はい。レベイア様から中庭に来るように申し付けられまして」
「レベイアに?」
ベルとミキが同時に顔を向けると、レベイアが小さな指を伸ばす。
「ミケーレ、あなたには決闘の審判を務めてもらいます」
「け、決闘⁉︎ ……の、審判ですか……⁉︎」
「ええ。これからお兄様と私で決闘を行います」
「————‼︎」
ミキは眼を丸くして、ベルへ『説明しろ』という表情を向けた。
「……すまん。どうしてだかこうなってしまった」
「し、しかし、何故ご兄妹で決闘などと……」
「理由は俺にもよく分からないんだが、闘うのは俺たちじゃないんだ」
「————は?」
「闘うのはカレンとこちらの方ですわ」
レベイアがカレンとヤンアルに手を伸ばし、ミキはカレンとヤンアルの顔を交互に見遣る。
「カレン、本当か……⁉︎」
「ええ。代理決闘ということです」
「……ヤンアル様……」
「ああ。そういうことだ」
「…………」
絶句したミキは再びベルの方へ向き直った。
「ミケーレ、すまないがよろしく頼む……」
「…………承知しました」
申し訳なさそうにベルが頼むと、諦めたような表情でミキが返事をした。
「……それでは、これよりベルティカ様とレベイア様の代理決闘を行います。お二人は後方へお控えください」
ベルとレベイアが脇の方へ下がると、中庭の中央へヤンアルとカレンが進み出た。
「確認するまでもないとは思いますが、殺し合いではありませんので、そのことはご承知おきください。危ないと思えば私が止めに入ります」
「分かった」
「承知しました」
返事をしたカレンはスカートの裾から一振りのレイピアを取り出した。
「ヤンアル様、私はこちらを用いたいと存じますがよろしいでしょうか?」
「おい、カレン! 俺の話を————」
鈍色の輝きを眼にしたミキが血相を変えたが、ヤンアルがしなやかな腕で制した。
「私は構わない。だが、刃引きした剣でいいのか?」
「……さすがでございます」
カレンは薄く笑みを浮かべて返事をすると、美麗にレイピアを構えて見せた。だが、ヤンアルは身体を斜にするでもなく棒立ちのままである。
「いつでもいいぞ」
「それでは……、参ります————!」




