012 決闘宣言
食堂を出て行ったレベイアはベルの予想した通り、自室へと戻っていた。
「レベイア様、せめてパンだけでも召し上がってください」
「…………いらないわ」
追いかけてきたカレンが心配そうに声を掛けるが、レベイアはベッドに顔を埋めて素気ない返事をした。
「…………」
カレンはパンの入ったカゴをテーブルに置くと、ベッドの脇へと歩み寄った。
「旦那様には後ほど私から謝罪を致しておきます」
「…………自分でする……」
小さな声でレベイアが答えるとカレンはうっすらと微笑み、慰めるようにレベイアの銀髪を優しく撫でた。レベイアはやめさせるでもなく、そのまま続けさせる。
「……カレン」
「はい」
「私……、本当はあんなことを言うつもりじゃなかったの……」
「承知しております。信じられないようなことが色々と重なって、お心が乱されてしまわれたのですね」
「…………」
「無理もありません。正直、私もかなり戸惑っております」
カレンが同調すると、レベイアはベッドから顔を上げた。
「カレン。あなたはあのヤンアルって女、どう思う……?」
「……本当に『伝説の騎士』かどうかは分かりません。ですが、あの紅い翼は————」
「そうじゃないの」
「はい?」
「この辺りじゃ見かけない顔立ちだけど、綺麗だったわよね……?」
「…………」
カレンが質問の意図を考えていると、レベイアは半身を起こして続ける。
「だからって、お兄様のあの顔を見た⁉︎ デレデレしちゃって本当にみっともないわ!」
「……確かにお綺麗だと思いました。ベルティカ様に関しては私の口からは申し上げられません」
「してたわ! してたのよ!」
「一般論ですが、殿方というものは魅力的な女性を眼にすると、どうしても表情が緩んでしまうものです」
「ええ、そうね。あの堅物のミケーレだって緩んでいたもの!」
「————…………」
レベイアの口からミキの名が出ると、カレンの細い眉がピクリと動いた。
「……ミケーレも、ですか……?」
「そうよ。なんだか元気がなさそうだったけど、チラチラとあのヤンアルって女を横眼で見てたもの!」
「そうですか…………」
氷のような表情でカレンがつぶやいた時、ドアがノックされた。
「————レベイア。機嫌は直ったかい?」
ベルの声である。レベイアは仏頂面で答える。
「お兄様、どうなさいましたの?」
「さっきは俺も言い過ぎたよ。中に入ってもいいかな?」
「……お好きになさってください」
相変わらず仏頂面のままのレベイアだったが、声のトーンは幾分か丸くなっていた。
「ありがとう」
声と共にドアが開けられ、ベルが部屋に入ってきた。兄の顔を見たレベイアの表情がパッと明るくなりかけたが、その後ろに続いて足を踏み入れたヤンアルの姿を眼にすると、先ほどにも増して仏頂面になった。
「……何か御用ですか、お兄様」
「うん、お前がちゃんと食事を取っているか心配になってね」
ベルはテーブルの上のパンのカゴにチラリと眼を向けた。
「別にお腹は空いておりませんので、ご心配には及びませんわ」
レベイアが顔を背けながら答えた時、盛大に『例の音』が鳴った。
「ハハッ、意地を張るな。成長期なんだ、しっかり食べろよ」
「お、大きなお世話ですわ! 構わないでくださいっ!」
トマトのように顔を真っ赤にしてレベイアが叫ぶと、ヤンアルがカゴを寄越してきた。
「レベイア、この『ぱん』は美味いぞ。空腹時なら尚更だ」
「あ、貴女に馴れ馴れしくレベイアと呼ばれる筋合いはありませんわ! それにお腹は空いてないと言っています!」
「なぜ嘘をつく? 私の時より大きな音が鳴ったじゃないか」
「う、うるさい! うるさい‼︎」
「そうだぞ、レベイア。領民たちが額に汗して育ててくれた小麦から作られたパンだ。しっかり味わって食べなさい」
「————ッ」
意図したものではなかったが、またしても説教のようになってしまったベルの言い方にレベイアは眉を吊り上げた。
「————お兄様っ!」
「ど、どうした、レベイア? 急に立ち上がって……」
「いくら兄妹とは言え、このような侮辱は許せませんわ! 私、決闘を申し込みます!」
「————け、決闘⁉︎」
ベルの素っ頓狂な声が室内に響き渡った。




