117 逃亡
追っ手のレオとクリスを辛くも退けたベルたち三人は、彼らが乗ってきた二頭の馬を拝借して闇夜を北へと駆けていた。
先を駆ける栗毛色の馬にはティーナとヤンアルが騎乗しており、その後ろに続く黒毛の馬の背では意気消沈といった表情のベルが手綱を握っていた。
「————ああー……、指名手配されるなんて、父上やご先祖様に顔向けが出来ない……!」
「ベル……」
落ち込む様子のベルにさすがのヤンアルも掛ける言葉が見つからない。ヤンアルは馬上で手綱を握っているティーナへ顔を向けた。
「ティーナ。このまま北に向かうと『ロムルスの七丘』に入ってしまうぞ。何か目的でもあるのか?」
「七丘を越えた先のフェリーチェ州のペッサーラという街に向かっているわ」
「————ペッサーラって、あの冒険者ギルドがある?」
聞き覚えのある街の名前にベルが馬を近づけて尋ねる。
「ええ。ペッサーラには親戚の別荘があります。ひとまずそこで今後の方策を練りましょう。ロムルスと同じラヴェッキオ州よりは手配書が回るのが遅いはずです」
「手配書……!」
ティーナの言葉に再びベルが落ち込むと、何かを閃いたようにヤンアルが口を開く。
「そう落ち込むな、ベル」
「ヤンアル……!」
慰めの言葉を期待したベルの顔がパッと明るくなった。
「神州では手配書が出回るだなんて武術家にとっては勲章みたいなものだぞ。それだけ腕が上がったと言うことだ」
「…………うん、ありがとう……」
精一杯慰めようとしてくれているヤンアルに「それは賞金首だろう」とは、とても言えないベルであった。
————ロムルスの七丘に到着した三人は馬を降りて、徒歩で丘越えをすることになった。
「ここまでありがとう、キミたち。暗いところ悪いけど、キミたちのご主人様の所へ戻ってくれ」
栗毛と黒毛の馬たちはベルの言葉を理解したのか、来た道をパカパカと戻って行った。その背を見送りながらベルが寂しそうに口を開いた。
「……さてと、これから丘を越えるとして一つ気になるのは宿に残してきたビアンコのことだな……」
「ビアンコ? 誰だ?」
敏感に反応したヤンアルが尋ねると、ベルは寂しげな表情で答える。
「ああ、馬だよ。母上から借り受けてロムルスまで一緒に旅をして来たんだ。真っ白な毛並みで俺によく懐いてくれていたんだけど、こんな事態になってしまって、今ロムルスには戻れないから心配だ……」
「白馬……。その馬は脚の先から火を吹いて空を飛んだりするのか?」
「————し、しないよ! ビアンコは普通の馬なんだ」
「そうか。私が神州にいた時、妖怪の血を引いた空を飛ぶ白馬に乗ったことがあったからつい思い出してしまった」
「ヨウカイ? こっちで言うところの魔物みたいなものか……」
アゴに指を当ててつぶやくベルにティーナが声を掛ける。
「ベル。お母様からと言うと、ヴィレッティ家の?」
「ええ、そうですが」
「では馬具にヴィレッティ家の紋章などが刻まれていたのでは?」
「……ああ、そう言えば鞍にありましたね」
「であれば、きっとそこから持ち主へと辿ってくれますよ」
厳しい状況にも関わらず優しく慰めてくれるヤンアルとティーナにベルは微笑を浮かべて感謝の気持ちを述べる。
「……ありがとうございます、ティーナさん……! さあ、グズグズしてはいられない。行こう、ヤンアル!」
「ああ!」
「————キャッ⁉︎」
ベルの声に元気よく返事したヤンアルがティーナを抱えて跳躍した。ベルも全身に真氣を巡らせてその後を追った。
◇
————東の空が白む頃、七丘を越えたベルたちはペッサーラの街へと到着した。
明け方ということもあり街をゆく人の数はまばらであるが、ベルの姿を見ても足を止める者はいない。
「やはり今のところはまだベルの手配書は回ってはいないようですね」
辺りを警戒しながらティーナが言うと、ベルも感慨深げにつぶやく。
「……以前この街に滞在してた時には、まさかお尋ね者になるとは思っても見なかったな……」
「なんだ、ベル。この街に来たことがあったのか?」
「ああ、うん。ロムルスに向かう旅行者は丘を越える前にここでよく準備を整えるらしいんだ。俺も路銀が尽きかけたから、ここのギルドで冒険者登録して数日稼がせてもらったよ」
「ほう」
「…………」
関心したようにヤンアルがうなずく中、ティーナは眼鏡のツルに指を添えて何やら考え込む仕草を見せる。
「ティーナさん? どうかしました?」
「……いえ、目的の別荘はこちらです。ついてきてください」
そう言って歩き出したティーナの後をベルとヤンアルは周囲に気を配りながら追って行った。




