116 新たな力と非道なる筋書き
ベルは自らの漆黒の瞳を指差してティーナの質問に答える。
「————左眼だよ」
『左眼?』
ヤンアルとティーナが同時に繰り返すとベルはゆっくりとうなずいた。
「どういった理屈かは分からないけど、この左眼の方だけ魔力が色づいて視えるようなんだ」
「魔力が色づいて? 私には全く視えなかったが……」
「うん。なんとなく、だけどね。なんとなく灰色っぽく視えたんだ」
「……視えていなければ避けられるはずもないか。しかし、何故ベルにだけ……」
「うーん……、やっぱり考えられるとしたらアレかな」
「ええ、私もそう思います」
眼鏡のツルを持ち上げながらティーナがベルの言葉に同意した。
「あくまでも仮説ですが、ヤンアルの『氣血』が体内に入り込んだことによる影響だと思われます」
「確かに考えられる原因はそれしかないですけど、だったらヤンアルが視えないのは何故なんでしょう……?」
「おそらく、ヤンアルには魔力が無いからでしょう」
「む……」
分かっていたことだが、改めて『無い』と指摘されたヤンアルが不満げに口を尖らせた。
「えーと……、つまり俺の体内に『真氣』と『魔力』が流れているから視えるようになったと……?」
「ええ。この世界でその二つの力を持ち合わせているのは、ベル。貴方ひとりだけです。もしかすると、その力が我々の突破口になるかも知れません」
「俺の力が……⁉︎」
ティーナの言葉にベルが自らの左胸に手を置いた時、地面に倒れた男が恨めしそうな声を上げた。
「魔力の色が視えるだぁ……⁉︎ ふざけた眼しやがって……‼︎」
「レオナルド、呪文の詠唱を始めたら即座に『沈黙』を掛けますからね」
「……裏切りモンのアバズレ女がぁ……‼︎」
「女性にそんな汚い言葉を使うものじゃあないよ、レオナルド」
「————うるせえッ! 馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶんじゃねえ、クソボケダメ息子がぁッ‼︎」
「クソボケダメ息子……」
新たに頂戴した不名誉な呼び名にベルが閉口していると、レオが地面に横たわった姿勢のまま睨め上げてくる。
「俺たち二人をマグレでぶっ倒して調子に乗ってんだろうが、余裕ぶっこいてられんのも今の内だぜ、ボンクラぁ……!」
「分かってるよ。ルカとカルロだっけ? キミたちと同程度のレベルの魔術局員も俺たちを追っているんだろう? 悪いけど、キミたちが乗ってきた馬は拝借させてもらうよ」
なんとか撃退できたとはいえ、レオとクリスはかなりの高レベルの魔術師であった。その仲間が駆けつけてくると非常に厄介なことになる。しかもティーナの隠れ家を燃やされて、見つけてくださいとばかりに狼煙を上げてしまってもいる。一刻も早くここを離脱しなければならないのだ。
「……クックック、分かってねえなあ。てめえはもう詰んでんだよ、クソボケダメ息子……!」
聞き捨てならないレオの台詞に背を向けていたベルが振り返った。
「何が『詰んでる』と言うんだ?」
「————ベルティカ=ディ=ガレリオだったっけか? てめえの本名は……?」
「……それがどうしたんだ……!」
「終わりだよ、てめえはもう……!」
「だから、何が終わりだって言うんだ!」
勿体ぶるレオに苛立ったベルが声を荒げると、地面に突っ伏すレオの表情が歪んだ。
「今頃、てめえの名前と似顔絵が描かれた手配書がロムルス中にバラ撒かれてることだろうぜ……!」
「なんだって……⁉︎」
「…………!」
驚きで眼を丸くするベルと共にヤンアルとティーナも足を止めて聞き入る。
「罪状はこうだ……! 〈弱小領主のダメ息子・ベルティカ=ディ=ガレリオ卿は無謀にも国王暗殺を企み夜間に王宮へ不法侵入したが、宮廷魔術局長であるフランチェスコ・ナヴァーロ氏の活躍で敢えなく失敗に終わり、魔術局員の女性を人質に取って逃走した。さらにはロセリアに伝わる『伝説の竜姫』を言葉巧みに騙して、その神秘の力を自らの欲望を満たすために利用しようとしている〉ってトコか……‼︎」
「————ふざけるな! どうして俺が国王を暗殺するだなんて考えるんだ‼︎」
「てめえはいつまでも弱小領主の地位に封じられてんのが我慢ならなかったんだよなあ……⁉︎」
「そんなこと……ッ‼︎」
あらぬ疑いを掛けられ怒りで言葉が続かないベルに変わってティーナが口を開く。
「レオナルドにいくら弁解しても無駄です。そういう筋書きが書かれてしまった以上、どうすることも出来ません……」
「くっ……、フランチェスコ……! ここまでやるとは……‼︎」
「ベル、ティーナ。厄介なことになったが、今はこの場所を一刻も早く離脱すべきだ。今後のことを考えるのはとりあえず身を隠してからにしよう」
「そ、そうだな。ヤンアルの言う通りだ。そうしよう!」
同意したベルが馬を迎えに行くと、ヤンアルは倒れ込むレオの元にしゃがみ込んだ。
「……殺んならさっさとやりやがれ、ネグロ女が……!」
「いい覚悟だ。望み通りにしてやろう」
「————待って、ヤンアル! 命までは取らないであげて!」
ティーナが懇願するが、ヤンアルはその声に耳を貸さず二本指を立てた。
「甘いな、ティーナ。かつての仲間だろうと、この二人は強力な術者だ。折角捕らえた獅子を放つことなど出来ない————!」
言葉と共に眼にも止まらぬ速さでヤンアルの指が走り、レオの後頭部を突いた。
「————カッ! …………ッ、…………ッ⁉︎」
「な……、何をしたの……⁉︎ ヤンアル……」
「『唖穴』という経穴を突いた。強めに突いておいたから数年間は言葉を発せられないだろう」
「…………!」
驚きで言葉を失うティーナを横目にヤンアルは気絶しているクリスにも同じ処置を施した。
魔術師にとって呪文が唱えられないということは死と同義である。命は助かったが、これでレオとクリスは当分戦力にはならないだろうと思われる。
「ありがとう、ヤンアル……!」
「いや、そんなことより身を隠す場所を探さなければ」
「……ええ、そうね……」
「————二人とも乗ってくれ! 早くここから離脱しよう!」
ベルが二頭の馬を連れて戻ってきた。三人は無力となったレオとクリスを置いて、いまだ燃え盛るティーナの隠れ家を後にした。




