115 「視えているのか…!?」
身構えるベルにクリスの放った不可視の魔力が降りかかる————。
怠惰な性格ゆえに計算高いクリスは脳内で次の行動予定を巡らせていた。
(ダメ息子を始末した後、マルティーナに『神経衰弱』を掛けて任務終了ですね。彼女らを馬まで運ぶのは脳筋のレオにしてもらいましょうか————)
そんな皮算用をしていると、当のダメ息子がヒョイっと『筋力低下』の魔力を躱してしまった。
「————は?」
ポカンと口を開けたクリスだったが、すぐに気を取り直して乾いた笑みを浮かべる。
「……フ、フフ、当てずっぽうで躱したのが、たまたまタイミングが合ったというわけですか……。悪運が強いというかなんというか……」
「…………?」
乱れた心を落ち着かせるように話すクリスに対し、ベルは無言で左眼をゴシゴシと擦りあげていた。
「……しかし、貴方の悪運の強さもこれまでです。マグレは二度も続きませんよ————『筋力低下』!」
再び放たれた『筋力低下』の魔力がベルを今度こそ包み込むかと思われたが、ダメ息子はまたしてもスイっと難を逃れてしまった。
「————な! 何故、二度までも躱せる⁉︎」
「…………」
今までの落ち着き払った態度を一変させてクリスが声を荒げたが、ベルは眼をパチクリとさせるばかりで何も答えない。そんな折に、レオのドスの効いた罵声が飛んできた。
「————クリス! てめえ、なぁにチンタラやってんだ! いくら俺様の魔力量がハンパねえっつっても、『獄炎』の垂れ流しは疲れんだよ! 二の矢が躱されたんなら三の矢、四の矢を放ちやがれ! この糸眼野郎‼︎」
「くっ……!」
先ほど自らが与えた助言を返されてクリスの眉が吊り上がった。
「……屈辱です……! この私が、脳筋のレオなんぞに説教されるとは……‼︎」
独りごちたクリスは細い眼を開かせてベルを睨みつける。
「……二度躱せた程度で図に乗るんじゃあない! 『筋力低下』、『筋力低下』! 『筋力低下』‼︎」
「…………!」
立て続きに放たれた『筋力低下』の魔力をベルはサッサッサッと俊敏に躱してみせる。先ほどまでは大きく身体を動かして躱していたが、今度は必要最低限な動きである。この信じられない光景にクリスは満面に汗を浮かべて指を突きつけた。
「————き、貴様……まさか、視えているのか……⁉︎」
「…………」
「視えているのかと訊いているのだ! 弱小領主のダメ息子がッ‼︎」
「……さあてね。もう撃ってこないのなら、今度はコッチから行かせてもらうよ……!」
そう言ってベルが両腕を上げた姿勢を取ってズンズンと近寄ってくる。焦ったクリスは両腕をかざして次々と呪文を唱えた。
「————く、来るな! 『筋力低下』‼︎ 『筋力低下』、『筋力低下』! 『筋力低下』、『筋力低下』‼︎」
それはまるでアウトボクサーの突き放すジャブのようだったが、ベルは身体を小刻みに揺らすインファイターさながらの動きで着実に外し、間合いを詰めてくる。この様子にクリスはますます恐慌をきたした。
(————コイツ、絶対に視えている! 視えていなければ、速度も威力も違う弱中強の『筋力低下』の乱れ撃ちをこんな風に躱せるわけがない‼︎)
「『筋力』————」
至近距離で超特大の『筋力低下』を喰らわそうとしたクリスだったが、気付いた時には手の届く距離までベルの侵入を許してしまっていた。自らの得意距離に入ったベルはニッと白い歯を見せた。
————ドズンッ————
「師父直伝のフィニッシュブローだ……!」
「…………カッ……」
ファビオに嫌というほど叩き込まれた肝臓打ちをまともに喰らったクリスは泡を吹いて足元に崩れ落ちた。
「……悪いね。手加減はしたけど、数日は食事が喉を通らないかも知れない」
「————クリス! てめえ‼︎」
「うわっ⁉︎」
相棒がやられたのを横眼に収めたレオが『獄炎』の照準をベルに向けた瞬間————、
「————『結界捕縛』……!」
「しまっ————」
ティーナの持ち得る最強捕縛魔法を受けたレオは光輝く縄に身体の自由を奪われ、芋虫のようにその場に倒れ込んだ。
「……クソッタレ! 放しやがれ、マルティーナッ‼︎」
「冗談言わないで。貴方みたいな狂犬を野放しになんかとても出来ないわ」
「クソがッ……‼︎」
呼吸を乱しながらティーナがズレた眼鏡を持ち上げると、ヤンアルに肩を貸したベルが嬉しそうに近づいてきた。
「ティーナさん、助かりました!」
「それはこちらの台詞です。もう少しで魔力が尽きてしまうところでした……。本当にありがとう、ベル」
「い、いえ、そんなこと……」
頭を上げたティーナは物珍しそうにベルの顔を覗き込む。
「……それにしても攻撃魔法とは違って、不可視である能力低下魔法をどうしてああも見事に躱せたのですか……⁉︎」
「あ、ああ、それなんですけど、もし出来るなら先にヤンアルに掛けられた能力低下を解除してあげられませんか?」
「ごめんなさい、気付かなくて。————『状態初期化』」
ティーナが手をかざして呪文を唱えると、それまで息苦しそうに身体を屈めていたヤンアルがスッと背筋を伸ばした。
「————凄いな、魔法とは……! さっきまでの強烈な疲労感が嘘のように消えた……!」
「落ちていた筋力と精神力を元に戻しただけよ」
「そうか……」
状態が戻ったにも関わらずヤンアルは何故かうつむいてしまった。
「そんな暗い顔をしてどうしたんだい? ヤンアル」
「……いや、戦闘前にあんなにも息巻いていたのに、戦力になるどころかお前たちの足手まといになってしまった……」
珍しく落ち込んだ様子のヤンアルを励まそうと、ベルが殊更に明るく振る舞う。
「気にすることないさ! 俺だってティーナさんの足を引っ張ってしまったし!」
「その辺りにしましょう。私ももっと的確な動き方があったと思いますし、それより先ほどの質問に答えてもらえませんか、ベル?」
「はい。それなんですが————」
ベルは頬を掻きながら口を開いた。




