114 『能力低下』
力なげにつぶやくヤンアルにベルが駆け寄って訊き返す。
「力が湧いてこないって……まさか真氣が尽きたのか⁉︎」
「いや……、そうじゃない。だが、何か別の力に疎外されているような感じだ……」
「…………!」
眉根を寄せたベルはハッとした様子でクリスへと顔を向けた。
「————お前の仕業だな⁉︎ ヤンアルに何をした!」
「……聞きしに勝るダメ息子ぶりですね。そんな面倒になることを私がご丁寧に答えるとでも?」
「……クッ!」
気怠げなクリスの返事にベルが歯噛みした時、背後からティーナの必死な声が掛けられる。
「————ベル! クリスティアンは能力低下魔法の使い手です! おそらくヤンアルは『筋力低下』と『神経衰弱』を重ね掛けされています……!」
「能力低下魔法……⁉︎」
ティーナの言葉をベルがおうむ返しすると、クリスが額に手を当てて面倒くさそうに溜め息をついた。
「……マルティーナ、言ったそばからバラさないでくれませんかねえ……」
「ティーナさん! 『筋力低下』と『神経衰弱』とはどんな魔法なんですか⁉︎」
「…………ッ」
ベルが問い掛けるが、ティーナは前方に両腕を掲げたまま答えようとしない。
「ティーナさん……⁉︎」
「あまり無茶な要求をするものではありませんよ。彼女はレオの『獄炎』を防ぐことで必死なのですから。しかし、いつまで耐えられるか見物ですねえ」
「どういうことだ⁉︎」
「先ほど彼女も言っていたでしょう。レオはド低能ですが、魔力量は大したものです。先に力尽きるのは十中八九マルティーナのほうでしょう」
「…………‼︎」
ベルが色違いの瞳を見開くと、それまで無表情だったクリスがわずかに口角を持ち上げた。
「私たちにとって一番厄介だったのはヤンアルではなく、魔法に精通しているマルティーナだったのですよ。そんな彼女は何処ぞの弱小領主のダメ息子をかばったがためにレオに釘付けにされてしまった。彼女が自由に動けていれば、易々とヤンアルの能力低下など許さなかったでしょうねえ……!」
「————‼︎」
クリスの指摘にベルは己の戦闘経験の未熟さを悔いた。
ヤンアルの『氣血』が入ったことにより身体能力が向上し、ファビオとの訓練で個人での格闘能力は確かに増したが、一瞬の判断力が求められる戦闘においては自分はダメ息子のままだったのだ……。
気落ちする様子のベルにクリスが畳み掛ける。
「ヤンアルに能力低下が成功した時点で、もう貴方がたは『詰んでいる』んですよ。無駄な抵抗をされても面倒なので、さっさと逃げるなり、自殺するなりしてもらえませんかねえ?」
「…………逃げる……?」
「ええ。貴方のことはフランチェスコ様からは始末するよう言われていますが、尻尾を巻いて逃げるなら私は追いませんよ(レオは逃してくれないでしょうがね……)」
「…………」
クリスの提案を聞いたベルは隣に佇むヤンアルへゆっくりと顔を向けた。
「ベル……」
ヤンアルは酷い衰弱感に襲われているのか、顔を青くして呼吸を乱していた。どうやら立っているのがやっとなようである。普段の姿からは想像も出来ないその儚げな様子を見たベルは覚悟を決めたように強気な笑みを浮かべた。
「……もう逃げたりはしないさ。これ以上、母上やアリーヤに『顔だけハンサムの小心者』だの『ヘタレ童貞』だの言われたくないからね……!」
「え……?」
「いつまでもキミに守られているわけにはいかない。これからは俺がキミを守るんだ……!」
ベルは戸惑う様子のヤンアルを背中にかばって、クリスへと向き直った。
「————クリスティアンと言ったな。申し訳ないが、キミの提案には『NO』と言わせてもらうよ」
「……では、どうすると……?」
クリスに尋ねられたベルは力強く指を突きつけ、大きく口を開いた。
「決まっているだろう? 俺がお前ら二人をブッ倒すのさ!」
「……ブッ倒す……? これは大きく出たものですね。それでは面倒ですが、私が直々に手を下してあげましょうか……!」
そう言うとクリスは右手をベルへかざして見せた。
「後悔しますよ? レオに一瞬で消し炭にされていれば……とね。私の魔法を受けたら苦しいですから」
「どう苦しいんだ?」
「……予め知っているほうが恐ろしいかも知れませんね」
クリスは糸のように細い眼をわずかに開かせて続ける。
「これから貴方にはヤンアルに掛けた『筋力低下』を最大出力で掛けてあげます。『筋力低下』はその名の通り、対象の筋力を低下させる魔法。軽めに掛けた場合は運動能力の低下程度で済みますが、重く掛けるとまず自重を支えられなくなり脚が折れ、その後は呼吸すらも出来なくなりやがて窒息死します。苦しいですよ? 窒息死は……‼︎」
「……苦しいのは嫌だ。そんな悲惨な死に方は御免被りたいね」
「もう後悔しても遅いですよ————『筋力低下』!」
言葉と共に不可視の魔力がベルへと向けて放たれた。




