112 レオとクリス
突然、窓の方へ顔を向けたヤンアルをベルは不思議に思った。
「ヤンアル?」
「……ベル。以前にも言ったが、もう少し気配を感じる能力を伸ばした方がいいな」
「え……」
ヤンアルの言葉を聞いたベルは眼を閉じて窓の方向へ意識を集中させた。
「…………————! ティーナさん、この建物の周囲には人除けの魔法を張ってあると言ってましたよね……⁉︎」
「え、ええ……」
「……一人————いや……二人、馬を引いて真っ直ぐここに向かって来る者たちがいます……!」
「…………!」
ベルの言葉にティーナは涙を拭いて立ち上がった。
「魔術の心得のある冒険者が一晩の宿を求めて来たと考えたいところですが、用心した方が良さそうで————」
不自然に言葉が途切れたティーナにベルが尋ねる。
「ど、どうしました⁉︎」
「周囲に張ってある結界に接触されました。しかも、破ろうとしています」
「えっ⁉︎ 絶対、冒険者じゃない!」
「ここは放棄しましょう。着替えや保存食を詰めたバッグを用意してあります。破られるまで数分は掛かるはず————」
ここでまたしてもティーナの言葉が詰まった。
「ティーナさん……?」
「…………!」
「破られたか。ここで迎え撃つしかなさそうだな」
自らの施した結界に意識を集中させていたティーナの代わりにヤンアルが答える。
「む、迎え撃つ……? ここを放棄するんじゃ……」
「相手が結界の破壊に手間取ってくれていたならそれもアリだったが、今慌てて逃げ出しても尻に食いつかれてしまうだろう。相手は二人、こちらは三人。報告されて続々と援軍を呼ばれる前に倒してしまった方がいい」
「なるほど……!」
記憶が戻ったからなのか、ヤンアルの戦況を読む能力が以前よりも鋭さを増しているように思えた。
「確かに……。ヤンアルの言う通り、ここで迎え撃つのが最善のようね」
「ティーナ。お前には後方支援を頼みたい」
「了解よ」
ティーナが力強くうなずくのを確認したヤンアルはベルへその美しい顔を向けた。
「ベル。お前と私が直接追手と当たるぞ。覚悟はいいか?」
「お、俺も⁉︎」
「ああ。私は私よりも強い男が好きなんだ。精々失望させないでくれ?」
「…………!」
そう言って不敵に笑うヤンアルにベルはわずかな違和感を覚えた。
(ヤンアル、性格が少し変わった……? ……いやそう言えば、まだロセリアに来て間もない時にミキに「弱い男は嫌い」とも言っていたな。記憶が戻って、元の性格に戻りつつあると言った方が正しいのかも知れないな……)
「————ベル、聞いているのか? グズグズしている暇はないぞ」
考え込むベルの顔を覗き込むようにしてヤンアルが声をかけた。
「……あ、ああ! 分かった、任せてくれ!」
「よし。それじゃあ、外に出よう。開けた場所の方が私も戦いやすい」
言うなりヤンアルは先陣を切って入り口へと向かって行った。ベルはその美しい後ろ姿を眺めながら思案する。
(……隣に立つのを許さないどころか、前に立てだって……? 随分厳しい要求をしてくれるじゃないか、ヤンアル……!)
覚悟を決めたベルはヤンアルに置いて行かれないよう、足早に外へ走り出した。
ベルとティーナが外へ出ると、ヤンアルが足を止めて二人の男と向かい合っている姿が見えた。
「————へぇーえ。あのイカれた仮面の下がこんなイイ女だったなんてなあ……!」
ティーナが着ているものと同じ紫色の制服を身に纏った二人組————その左側に立つ薄いグリーンの短髪の男がヤンアルの顔を拝んで舌舐めずりして見せた。その下卑た言動にベルが口を開きかけた時、背後のティーナが口火を切った。
「……レオナルド、貴方とクリスティアンが追手だったのね」
「よぉ、マルティーナ。俺たちだけじゃねえよ。宮廷魔術局員総出で、裏切りモンのオマエと『伝説の竜姫』をとっ捕まえるようフラーの野郎に言われてんだよ」
緑髪の粗野な口調な男————レオナルドが凶悪な笑みを浮かべて続ける。
「こっちの方に当たりをつけた俺たちゃあツイてるぜ。ルカとカルロの野郎に先越されちゃ笑い話にもなんねえ」
「……なるほど、二人組で王都付近の潜伏できそうな建物をしらみ潰しに当たっていたというわけね? そして自信過剰で強欲な貴方は功を焦って、応援を呼ぶこともしていないと……こういうことでいいかしら?」
「…………!」
冷静なティーナの分析にレオナルドが歯噛みすると、隣に立つシルバーというより灰色に近い長髪の男が面倒臭そうに溜め息をついた。
「……はぁーあ。レオ、キミは頭が悪いくせに喋りすぎなんですよ。敵に無用な情報を与えてどうするんですか……」
「————うるせえッ! クリス! てめえ、先にくたばりてえのか⁉︎」
「……本当に残念なオツムをしていますね。標的すらもまともに覚えられないのですか?」
「ああ……⁉︎」
勝手に一触即発の雰囲気を漂わせた追手二人を横目にベルがティーナにコソッと尋ねる。
(……ティーナさん、あの漫才師みたいな二人は宮廷魔術局員でいいんですか……?)
(ええ、緑髪の粗野な男がレオナルド・サルトル。灰色の髪の気怠げな男がクリスティアン・マウリ。ああ見えて二人とも魔術局員の中でも指折りの使い手です)
(あの二人が……⁉︎)
信じられないといった様子でベルが再びレオとクリスへ眼を向けたところ、ティーナが口を開いた。
「————レオナルド、クリスティアン。私はフランチェスコ様を裏切ったつもりはないわ。あの方は今、正気を失われている。私はあの方を救って差し上げたいの。ここは黙って引いてくれないかしら……!」
『…………』
ティーナの頼みを耳にした二人は喧嘩を止めて顔を見合わせた。
「……フラーの野郎がトチ狂ってるだあ……?」
「ええ。貴方たちにまで力を貸してとは言わないわ。その代わり、ここで私たちを見つけたことは黙っていてほしい」
「ティーナさん……」
ベルはティーナの心境を慮った。フランチェスコを救うために袂を分かったけれども、ティーナは同じ魔術局員の仲間であった二人を傷付けたくないのだと。普段は冷静沈着に見えても、心の奥底では情に厚い彼女にベルはますます好感を持った。しかし————、
「————イヤ、だね……!」
「レオナルド……!」
「フラーの野郎がトチ狂っていようがいまいが、俺にとっちゃあどうでもイイんだよ。命令されんのは癪だが今は黙って言うことを聞いてやって、いずれ野郎の地位を俺が奪いとってやる……! それに、オマエを捕らえた暁にゃ俺の好きにしてイイって言われてるしな……‼︎」
ティーナの頼みを拒絶するようにレオが舌を出して答えると、隣のクリスも右に同じとばかりにうなずいた。
「マルティーナ。私はただ平穏に自分の研究をしていたいだけなんですよ。面倒なので、そちらこそ大人しく投降してもらえませんかね?」
「クリスティアン……!」
かつての仲間の説得が失敗に終わったティーナが肩を落とした時、今まで黙っていたヤンアルが初めて口を開く。
「ティーナ。同じ派に属していても皆が皆、同じ方向を見ているとは限らないものだ。そう肩を落とすな」
「ヤンアル……」
ティーナを励ましたヤンアルの背中に紅い粒子が集まりだし、身体を覆うほどの翼を象り始めた。
「……当初の予定通り、ここでお前たちを倒させてもらう……!」




