110 精神に巣食うもの
決意めいた表情のティーナへ、ベルとヤンアルがうなずいて口を開く。
「お願いします、ティーナさん……!」
「私も聞きたい。フランチェスコの側近中の側近だったお前が、ヤツの元を離れる気になった理由もな」
ベルとヤンアルに視線を向けられたティーナはクイッと眼鏡を持ち上げて答える。
「————その前に一つハッキリとさせておきますが、私はあの方を裏切ったつもりはありません」
「ティーナさん……?」
何やら不穏なティーナの言葉にベルが眉根を寄せると、否定するようにティーナは首を横に振った。
「早とちりしないでください、ベル。私はあの方を正気に戻して差し上げたいのです」
「正気に……⁉︎ そう言えば、教会でも『私の知っているフランチェスコ様ではない』と言われていましたね……? まさか、フランチェスコも何者かに操られていると……⁉︎」
「ええ」
『…………』
迷いなくうなずくティーナにベルとヤンアルは無言で顔を見合わせた。
「……ティーナさん、それは単に『人が変わってしまった』ということでは……?」
「違います。性格が変わったとか考え方を変えたとか、そんな単純なことではありません。長くあの方にお仕えしていた私には分かります。姿形は変わらずとも中身は全くの別人です」
「別人……⁉︎ もしや他人が顔を変えて入れ替わっているとか……⁉︎」
「いえ、私はあの方の精神に『別の存在』が巣食っていると考えています」
「『別の存在』……⁉︎」
にわかには信じ難いティーナの言葉をベルが繰り返すと、代わりにヤンアルが尋ねる。
「お前の言葉を信じるならフランチェスコの肉体には二つの気配があるはずだが、私が見たところそんな様子はなかったぞ?」
「明確に入れ替わったと感じたのは、貴女がロンディーネになる少し前くらいだからよ」
「成程……つまり、今はもう一つの存在がフランチェスコ本来の精神を抑え込んでいると……?」
「私はそう考えているわ」
「————ちょっ、ちょっと待ってくれ、二人とも!」
とんでもないところに向かおうとする美女二人の会話を止めようと、ベルが身を乗り出した。
「……ティーナさん。貴女は、一人の肉体に二つの精神が入っているとでも言いたいのですか……⁉︎ そんなことあり得るわけ————」
ベルの台詞を堰き止めるようにティーナが白魚のような手を突き出した。
「————ベル。あなたも目撃したはずですよ?」
「え?」
「あのアリーヤという女性が、まるで人が変わってしまったのを忘れてしまったのですか?」
「あ————!」
ティーナの指摘に胸を突かれたベルはストンと椅子に腰を下ろした。
「……そう言われれば、あの時のアリーヤもまるで人が変わったような————いや、人格が入れ替わったみたいだった……!」
「私は強烈な頭痛であの時のことはあまり覚えていない。そうなのか、ベル?」
「あ、ああ……。声はアリーヤのものだったが、仕草や喋り方が全く変わっていた。それに俺のことも全く覚えていないみたいで、自分のことは『インヴィディア』と名乗っていた……」
「インヴィディア……?」
「……その名前、どこかで聞いた覚えがあるんだよなあ。どこだったっけなあ……」
腕を組んでベルが唸っていると、隣の席から凛とした声が響いてきた。
「『ロムルスの七丘』です」
「————そうだ! ロムルスの街が造られる前に跋扈していたという七匹の魔獣の一匹の名前が確か『インヴィディア』だ!」
興奮した様子で眼を見開いたベルだったが、すぐに落ち着いたように色違いの瞳を伏せた。
「……いや、でもただの偶然か。そんなこと……」
「私もあなたと同じ考えですよ。ベル」
「ティーナさん……。いや、でもですよ? ロムルスの魔獣の魂がアリーヤに乗り移ったなんて突拍子もなさ過ぎます……」
「フランチェスコが彼女に注入したモノ……、気になりませんか……?」
「あ……! そう言えばフランチェスコに何か注射されて眼を覚ましてから、アリーヤの様子は変わってしまった……!」
あの時の場面を思い出しながらベルがつぶやくと、黙って聞いていたヤンアルが口を開く。
「知っていることを話してくれ。ティーナ」
ヤンアルの言葉にティーナはゆっくりとうなずく。
「……フランチェスコ様は聖ロムルスの血脈を受け継ぐ方なのです」
「————えっ⁉︎」
突然のティーナの告白にベルが素っ頓狂な声を上げた。




