107 死地からの脱出
教会の地下へと続く階段を降りながらベルはティーナへ声を掛ける。
「マルティーナさん、このまま下って行って大丈夫なんですか⁉︎ 逃げるにしても入って来た入り口から出た方が良かったんじゃ————」
「教会の外は宮廷魔術局員たちに包囲されています」
「……やっぱり教会は罠だったのか……!」
ベルが冷や汗を流しているうちに長い階段が終わり、三人は開けた空間へとたどり着いた。
「ここは————?」
キョロキョロと辺りを見回したベルの瞳に飛び込んできたのは、なんと人の頭部と思われる無数の骸骨である。
「————な、なんだ、あのガイコツは⁉︎」
「落ち着いてください、ガレリオ卿。ここは地下納骨堂です」
「納骨堂……?」
ティーナの言葉に平静を取り戻したベルは改めて壁の骸骨を見遣る。
落ち着いて見てみると、それらはまるで何かの芸術作品のように規則正しく壁一面に配置されていた。
「……それじゃあ、あの頭蓋骨は————」
「あれらは教会の修道士たちの遺骨です」
「修道士の……」
「ええ、この納骨堂を抜ければ王都の城壁の外に出られます。降りながら階段に何重もの結界を張っておきましたので多少は逃げる時間が稼げるでしょう」
ベルはぐったりとした様子のヤンアルをティーナから引き取った。
「……外に出たところでフランチェスコの手下が待ち構えている可能性は……?」
「ここは宮廷魔術局員たちにも知られていません。私も偶然知ったに過ぎませんから。だからこそ、フランチェスコ……も易々と私たちを行かせてしまったのです」
「……すみません。貴女を信じると言ったのに疑うような物言いをしてしまいました」
ティーナの返事を聞いたベルは申し訳なさそうに頭を下げた。
「構いません。急に信じろという方が無理があります」
「……マルティーナさん。どうして貴女は俺たちを————」
「————!」
ベルが尋ねたと同時にティーナの顔色が変わった。
「どうしました?」
「————グズグズしている暇はありませんね。いま教会に張った結界が破られました……!」
「えっ⁉︎ あんな強力そうな結界がもう⁉︎」
「急ごしらえだったので長くは保たないと思っていましたが、やはり彼らは侮れません。急ぎましょう! こちらです!」
「はい!」
先導するティーナの後をヤンアルを背負ったベルが続いた。
◇
————納骨堂を抜けた先は王都の地下用水路へと続いており、さらに進んで行くとやがてレンガ造りの通路が終わりを迎えた。
外に出てみると夜が明けかけており、東の空が幾分か白んでいるのが見えた。王宮に滞在していた時間は数時間ほどであったが、こうして再び外界の空気を吸うと隔世の感がベルの全身を包み込む。
「……なんとか生きて出られたな……」
「感慨に浸っている時間はありませんよ、ガレリオ卿。フランチェスコも納骨堂の抜け道は知っています。今頃、配下の者をここへ差し向けているはずです」
「は、はい。マルティーナさん!」
どこか母・サンドラを彷彿させるティーナの喋り方にベルは背筋を伸ばした。
「……しかしマルティーナさん。逃げると言っても、ここは王都のどの辺りですか?」
振り返れば堅固な城壁がそびえ立っており、無事に王都の外に出られたのは確かであるが、方角などは全く分からない。
「ここは王都の北の端ですね。付いて来てください。少し行った先に使われていない農家の家屋があります。そこで休息を取りましょう」
「えっ、今は少しでも王都から離れた方がいいのでは……?」
「向こうもそう思うでしょう。それを逆手に取るのです」
「ですが……」
「ガレリオ卿。背負っている人は貴方の大切な人でしょう?」
「あ……!」
ティーナに指摘されたベルは背中のヤンアルへ顔を向けた。
「すまない、ヤンアル。まだ痛むかい……?」
「…………」
ベルの声がけにヤンアルはゆっくりとうなずいてくれたが、その顔はいまだ激しい頭痛に苛まれているのか大きく歪んでいた。
「ヤンアルは私たちの要です。彼女が本調子に戻らなければ、いくら逃げたところで意味をなさないでしょう」
「……その通りですね……」
神妙な面持ちでベルが言うと、ティーナはその眼を真っ直ぐに見つめて口を開く。
「今は覚悟を決めて休みましょう。私たちにも睡眠は必要ですし、夜に動いた方が連中にも見つかりにくいと思います」
「はい……!」
◇ ◇
————少し北に走ると、ティーナが言っていた通りに農家のものと思われる家屋が見えてきた。
母屋に納屋、そして馬小屋らしき小屋もあり、建物自体はさほど痛んでいる様子は見られない。
先ほどのティーナの口振りから勝手に、使われなくなって久しい廃墟のようなものを想像していたベルは拍子抜けしてしまった。
「マルティーナさん、これは……中に住民がいるのでは……?」
「いえ、ご安心ください。ここは私がもしもの時のために用意していた隠れ家です。中に非常食などもありますので入りましょう」
「……フランチェスコに知られている可能性は……?」
「大丈夫です。念のために私とは別の名義で購入しましたから」
「…………!」
ベルは驚きで眼を見張った。このマルティーナという女性は実に思慮深く、そして用意周到である。孤立無援とも言えるこの状況で、そんな彼女が味方になってくれるのは本当に心強い。
「ありがとうございます、マルティーナさん。お世話になります」
今度は感謝の気持ちでベルが頭を下げると、ティーナはわずかに微笑み母屋の扉を開けた。




