105 送り込まれた二人
ヤンアルは黒真珠のような瞳を丸くして訊き返す。
「……私の記憶だと……⁉︎」
「そうだ。私が個人的に東洋の錬金術を研究していることは以前話したな? ベル」
不意にフラーに話を振られたベルは苦虫を噛み潰したような顔でうなずいた。
「……ああ」
「突然だが、錬金術の最終目標とは何か分かるかね?」
「卑金属を貴金属に変えることじゃないのか……?」
「ふむ。よく勉強しているじゃないか。だが、宮廷錬金術師が王から厳命されているのはそれだけではない」
「————『仙丹』を作り出すこと……」
その時、ヤンアルが虚空を見つめて独りごちた。
「フフ、そうだ。ヤンアル、少しずつ思い出してきたようだな」
「…………」
フラーに話しかけられたが、ヤンアルは何かを思い出そうとしているのかブツブツとつぶやいて答えない。
「センタン……? 何だ、それは……?」
「ベル。キミに分かりやすく言うと、『エリクシール』のことだ」
「————『エリクシール』……確か、御伽話に出てくる不老不死の薬……」
「そう。つまり、歴代の宮廷錬金術師は王から伝説の不老不死の薬を作り出すことを命じられているというわけさ」
「何故そんな馬鹿げたことを……⁉︎」
ベルがつぶやくと、フラーは顔を覆って大笑いする。
「————ッハハハ! 率直な意見で結構だが気をつけることだ。王の前でそれを口にしたならキミの首は永遠に胴体と離れ離れになってしまう」
「…………」
「古今東西、金と権力を手にした者たちが行き着く先とは相場が決まっていてね。連中は手に入れたものを永遠に保持しようと考えるのさ」
「そのために永遠の命を……」
「ああ。馬鹿げたことだが、分からなくはないだろう? 人の欲望とは底が見えないものだからな」
「…………」
「————話を戻そう。『エリクシール』を作り出すことに行き詰まっていた私はある時、実験に失敗して大怪我を負った。死を覚悟した私の前に一人の人物が現れた」
「一人の、人物……?」
回りくどいフラーの言い回しに思わずベルは訊き返した。
「人物と言ったのはその者が明らかに老婆の容姿にも関わらず、男とも女ともつかない不思議な声をしていたからだ」
「————‼︎」
フラーの言葉にベルは色の違う双眸を見開いて絶句した。そのあまりの驚きようにフラーが尋ねる。
「どうした?」
「……まさか、その人物は自分のことを『老師』と名乗っていなかったか……?」
「…………!」
ベルの返事に今度はフラーが言葉を失った。
「……フ、フフフ。そうか。アレはお前たちの前にも現れていたのか……!」
「…………」
ベルの沈黙を肯定と取ったフラーはうなずいて続ける。
「その人物————『老師』は瀕死の私に手をかざした。すると、不思議なことに私の傷はみるみるうちに塞がり、数十秒後には何事もなかったかのように回復してしまった。私が礼を言うと、老師はこう答えた。『不老不死の薬を作り出したくば、遥か東洋の地「神州」に伝わっていた錬丹術を研究しろ』とな」
「レンタンジュツ……。し、しかし、神州とは遥か昔に存在していた国だろう。その国が滅びているということは、結局不老不死は完成しなかったということじゃないのか……⁉︎」
「鋭いな。その通りだ。いまだ不老不死が完成していないことは歴史が証明している」
「だったら————」
「————しかし、私は老師の不思議なパワーから、神州に伝わる内功に突破口を見出した。キミも体験したように内功のパワーは凄まじいものだ」
「…………」
ベルは左胸に手を当てて考え込む。貫かれた心臓を癒してしまうなど途方もない力であることは確かである。
「そこで私はこう結論づけた。西洋の錬金術と東洋の錬丹術を融合させることで、人類の歴史上いまだ誰も成し遂げていない不老不死を完成させることが出来るはずだと……!」
「……俺たちはお前の研究を邪魔したりはしない。アリーヤとロンジュを解放してくれ。罪を償った後、存分に研究を続ければいいだろう」
「急に白痴になるな。内功が必要になると言っただろう。いま現在、この世界で内功に長けた者は老師を除けば、ヤンアルとロンジュだけだ」
「つまり、ヤンアルとロンジュを解放する気はないと……⁉︎」
「そういうことだ。ヤンアルと逃げていれば束の間の幸せを味わえていたというのにキミは彼女を連れてのこのこと戻ってきた。そういう意味では感謝しているよ」
「……残念だが、逃げていたらヤンアルに見捨てられていたよ」
「何?」
フラーが首を傾げると、そこまで話に加わっていなかったヤンアルが口を開いた。
「私とロンジュが神州の人間だとでも言うのか……⁉︎」
「そうだ」
「……だが、神州とはすでに滅亡しているんだろう⁉︎ それが、どうやって————」
「————お前たちは老師に『送り込まれた』のさ」
「……送り込まれた……⁉︎」
おうむ返しするヤンアルに構わずフラーは続ける。
「あの時、老師は私にこうも言った。『いずれお前はロムルスの七丘でロンジュと名乗る竜の仮面を着けた少年と出会う。そして、遅れてもう一人————このロセリアの地の何処かに神州の仙士・朱雀派の朱燕児という褐色の肌を持つ女を送り込む』とな……!」
ここでフラーは言葉を区切り、動揺するヤンアルに指を突きつけた。
「————つまり……、お前たちは老師の手によって時空を越え、このロセリアに送り込まれた人間なのだよ。ヤンアル……!」
「————ッ‼︎」
突如、ヤンアルは苦痛に顔を歪め出した。
「————ヤンアル! どうした⁉︎」
「……あ、頭が……割れるように、痛む……ッ‼︎」
「落ち着け。脳の奥底に追いやられていた記憶が津波のように押し寄せているんだ。情報処理をするのに手間取っているのだろうが、いずれ治まるはずだ」
あくまでも冷静に振る舞うフラーをベルはオッドアイで睨みつけた。
「お前の話を信じるのなら、ロセリアに伝わる『伝説の騎士』とは何だと言うんだ……⁉︎」
「朱雀派の仙士は皆、真氣で生み出した翼で宙を駆けたと言われている。こう言っては身も蓋もないが、ロセリアの御伽話にたまたまヤンアルが符号したと見るべきだろうな」
「……転送魔法は遥か昔に失われていると聞いたことがある。老師はどうやって二人を……、それに何故ロセリアに送り込んだんだ……⁉︎」
「さあな。私も興味がないと言えば嘘になるが、その件については機会があればアレに直接訊いてみてくれ。それよりも私にとって重要なことは記憶を取り戻したヤンアルを手中に収めることにある」
「貴様————ッ‼︎」
ベルは全身に真氣を巡らせてティーナの『結界捕縛』を破りに掛かるが、いくら力を込めても身体を拘束する光の縄は解けない。
「無駄だ。『結界捕縛』は捕縛系魔法の最上位。ヤンアルですら手に余るというのに、キミのにわか仕込みの内功ではとても破れないだろうよ」
「————ロンジュ! 俺のことは好きにしてくれていい! だが、ヤンアルを————ロンディーネを助けてやってくれ!」
ベルはフラーの後ろに控えるロンジュに懇願するが、ロンジュの返事は残酷なものであった。
「……フラー様。あいつ何を言ってるの? ロンディーネは今フラー様がくれた薬で元気になってる途中なのに」
「ロンジュ……‼︎」
万策尽きたベルがうなだれた時、祭壇の上で横たわるアリーヤがゆっくりと上半身を起こし始めた。その様子を眼にしたフラーの双眸に狂気の色が宿る。
「気分はどうだ? ロンディーネ……?」
「…………」
フラーに呼び掛けられたアリーヤだったが、それには答えず身体の様子を確かめるようにしきりに腕や首を動かしている。
しばらく動作を続けていたアリーヤは確認を終えたようにうなずいて祭壇から降り立った。
「…………ロンディーネ? 私の名は『インヴィディア』よ」
燕面によって素顔は秘されていたが、その艶めいた声色は間違いなくアリーヤのものであった。




