100 意外すぎる再会
路地裏から声を掛けてきたのは一人の老人であった。
そのシワだらけの顔を眼にしたベルの驚きは尋常ではない。
「————マ、マッシモ……爺さん……? な、なんで、ロムルスにいるんだ……⁉︎」
「久しぶりじゃのう、ベル様」
遥か遠方のガラテーアに住んでいるはずのマッシモ爺さんはベルの質問には答えず、いかにも地元で再会したかのように軽く挨拶をする。
「あ、ああ、久しぶり————じゃない! どうしてここにいるのかって訊いてるんだ!」
「旅行じゃよ。『ロムルスを見ずして死ぬことなかれ』と、よく言うじゃろう? 妻のところに逝く前に一度は来てみたかったんじゃ」
マッシモ爺さんは数年前に妻を亡くしており、それからは独り者だった。
「旅行……独りでかい? ジュゼッペ爺さんと一緒だとか……?」
「いいや。ジュゼッペは店があるし、ワシはホラ、妻に先立たれて自由の利く身じゃからのう」
「……それじゃあ、こんな時間に路地裏で何をしていたんだ……⁉︎」
「慣れないホテルで眠れなくてのう、散歩していたらベル様の姿が見えて声を掛けたんじゃよ」
「…………」
マッシモ爺さんの話す言葉にベルは言い知れぬ違和感を感じ取った。矍鑠としていてもマッシモ爺さんは80近い高齢のはずである。そんな老人が数百キロも離れている王都まで、たった一人で訪れるなど考えにくい。馴染みの果物屋にふらりと散歩に行くのとは全くワケが違うのだ。
「……マッシモ爺さん————」
「————ベル! さっきからいったい何をしているんだ⁉︎」
その時、いつまでも後を追って来ないベルに焦れてヤンアルが戻ってきた。
「ヤンアル……、見てくれ。意外すぎる人と再会したんだ」
「なに……?」
ベルは狐に化かされたような顔つきでマッシモ爺さんをヤンアルに引き合わせる。
「おお! 『伝説の竜姫』さま! 相変わらずお美しいな!」
「マッシモ爺さん、だからヤンアルはそんなんじゃないと以前に言っただろう」
「そうじゃったか? じゃあ、ヤンアルちゃんと呼ばせてもらうぞい」
マッシモ爺さんに馴れ馴れしく呼び掛けられたヤンアルは警戒する眼つきになった。
「……お前は————」
「ワシじゃよ、ワシ! 以前にガラテーアで会ったじゃろう⁉︎」
「————お前は何者だ……⁉︎」
「えっ?」
ヤンアルの突然の詰問に思わずベルは素っ頓狂な声を上げた。
「ヤンアル……? 一度きりだったから忘れちゃったのかい? ガラテーアの街で会ったマッシモ爺さんだよ」
「ベル。腕は上がっても、相手の『氣』を探知するのはまだまだだな」
「……それは、どういう……?」
ヤンアルはベルの言葉には答えずマッシモ爺さんを指さした。
「————姿形はよく似せていても、中身が伴っていなければ怪しいことこの上ないな。以前会った老人とは『氣』の質が全く違う」
「…………」
急に黙りこくった老人をベルは改めて上から下まで眺めて見たが、どう見てもよく知っているマッシモ爺さんである。頬の大きなシミの位置まで全く同じで、とても偽物とは思えない。
「ヤンアル……、何かの冗談かい……?」
「下がってくれ、ベル。……正体を現さないのなら、敵意ありと判断してこちらから行くぞ……!」
ヤンアルが構えて見せると、無言を貫いていたマッシモ爺さんが口を開いた。
「…………さすがだな、燕児……!」
「————! 貴様、正体を見せろッ!」
怒号と共にヤンアルが上段右足刀を繰り出したが、マッシモ爺さんはアゴに当たる寸前で華麗にトンボ返りを決めて見せた。
「————⁉︎」
「な……!」
とても老人とは思えぬその俊敏な動きにヤンアルが眼を見開きベルが唖然とする中、マッシモ爺さんは軽やかに着地した。
「……やれやれ、仮にも老人の姿をしているのに本気の蹴りを見舞うとはヒドい奴だな」
「————声が……⁉︎」
マッシモ爺さん?の声は先ほどまでとは全く違うものに変わっていた。その声色は男性のようにも女性のようにも聞こえる不思議なものであった。老人の姿に中性的な声質————この不釣り合いな組み合わせにベルは眉をひそめた。
「本当に……マッシモ爺さんじゃないのか……⁉︎」
「ああ、お前たちと面識がある者なら誰でもよかったんだ。本物のマッシモはガラテーアの自宅でぐっすり眠っているから安心してくれ」
「……だったら、さっきの三文芝居はなんだったんだ⁉︎」
「それについては、ちょっとした茶目っ気だな。悪かった。なにしろ暇なもので」
「暇って……!」
「————いい加減に正体を明かしたらどうなんだ……!」
一歩踏み出してヤンアルが凄みを利かせるが、マッシモ爺さん?はゆっくりと首を横に振った。
「私のことはいずれ分かるさ。それじゃあ、そろそろ質問に入らせてもらおうか」
「質問……⁉︎」
マッシモ爺さん?は骨張った指を2本立てて見せる。
「————この先、お前たちには二つの行路がある。どちらを選ぶのか答えてもらおう」




