099 遥か昔に存在していた国
————宵闇に包まれたロムルスの街を飛ぶように駆ける二つの影があった。
並んで走る銀髪の若者に褐色の美女が驚いた様子で話しかける。
「……ベル。ロンジュから逃げていた時も思っていたが、私の走る速度に付いて来れるなんて、この数ヶ月でいったい何があったんだ?」
尋ねられたベルはヤンアルに感謝するように左眼をつぶって見せる。
「キミのおかげさ」
「私の?」
「ああ。キミの『氣血』が流れ込んだことで、どうやらキミの力の一部が俺の身体に宿ったようなんだ」
「……そんなことが……! 気になっていたが、その左眼も私の影響なのか?」
「多分ね」
ベルが再びウインクして見せると、ヤンアルは走りながら思案顔になった。
「だが、いくら身体能力が向上してもそれだけではロンジュと手を交えても数手と保たないはずだが……」
「身体が回復した後にファビオに師事したり、キミがミキに教えていた『騎馬式』を毎日やったりしていたんだ」
「そうだったのか。以前はミキにトレーニングに誘われてもなんだかんだと理由をつけて断っていたのに、どういう風の吹き回しなんだ?」
意外そうな表情でヤンアルが問い掛けると、ベルは左胸に手を触れて答える。
「少しでもキミに追いつきたいと思ったからかな……。でも、ロンジュの発作が起きなければ危うく殺されるところだったけどね」
ベルの返事を聞いたヤンアルは少し嬉しそうに眼を細める。
「……そうか。だが、ロンジュは私でも勝てるかどうか分からないほどの使い手だ。気に病むことはない」
「ありがとう、ヤンアル。ああ、後は『神州国』の武術に関する書物を読んだ成果もあったかな」
「…………!」
不意に黙り込んだヤンアルをベルは不思議に思った。
「どうしたんだい?」
「……あ、ああ、今ベルが口にした『神州国』という言葉だが、フランチェスコも言っていたんだ」
「フランチェスコが?」
「奴は『神州国』の研究をしていると言っていた」
「…………」
代わりに黙り込んだベルに今度はヤンアルが声を掛ける。
「ベル?」
「————ヤンアル、『スザク・ハ』という言葉に聞き覚えはないかい……?」
「……『スザク・ハ』……⁉︎」
「『スザク・ハ』とは『神州国』に実在した女性武術家のみで構成されるグループで、構成員は皆同じ姓を名乗り、赤い衣装がトレードマークだったらしい」
「……待て、ベル。それは————」
「————彼女らの最大の特徴は、空を駆けることだと言われている」
「…………⁉︎」
驚くべきベルの言葉にヤンアルは眼を見開いて足を止めた。
「……ベル。私がその『朱雀派』の一員だったと……⁉︎」
「…………」
ヤンアルの質問にベルは黙してうなずいた。
「正直に言って、その可能性は高いと俺は思っている」
「……どうして、お前が『神州』だとか『朱雀派』だとかを知っているんだ?」
「俺もキミのルーツが東洋にあると踏んで少しずつ調べていたんだ」
「…………」
「確証の無い話を急に聞かせてもキミが混乱すると思って黙っていた。すまない……!」
頭を下げるベルに対しヤンアルは首を横に振る。
「……頭を上げてくれ、ベル。お前が私のためを思って、色々と考えてくれていることは良く分かっている」
「ヤンアル……」
「足を止めてすまない。今はアリーヤの捜索が先決だったな。私のことはひとまず置いておいて先を急ごう」
「ああ、そうしよう」
先に駆け出したヤンアルの後をベルが追うが、その胸中にはある疑念が渦巻いていた。
(……気になるのは『神州』とは遥か昔に存在していた国だということだ。となると、ヤンアルは————)
「————ベル! 何を立ち止まってるんだ⁉︎」
「あ、ああ! すまない、いま行くよ!」
「…………ベル様」
振り返って出発を促すヤンアルにベルが返事をした時、背後の路地裏から聞き覚えのあるしわがれた声が響いてきた。




